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2019.04.18 犬の躾け
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盲目ながら物干しベランダで悠々自適の愛犬「ハナ」。
また悪カラスにやられた。近所から貰ったパック入りの草餅をやられた。
台所の炊事台に置いていたパックが床に落ちていて、中身の草餅が消えていた。
パックは突かれて穴があき蓋が開いていた。ハナには届かない炊事台である。
悪カラスはベランダに舞い降り、居眠りをしている「ハナ」の横を通って台所に入る。
この悪カラス、私の姿を感知すると私の顔を見てから逃げ出す。笑うしかない。
さて、犬のしつけ(躾)のこと、私は「身が美しい」とは思っていない。
お坐り、お手、待て、よし、臥せ、チンチン、見ていて可哀相で不細工である。
犬は人間の共生動物であって家畜ではない。共生の歴史は優に1万年を超える。
犬は猟犬、番犬、牧羊犬として人間と共生して来たが、愛玩犬は別物で家畜である。
犬が人間から餌を貰うために芸をするなんぞ共生の関係ではありえない。
人間との間で役割分担をして応分の分け前をもらうのが人間と犬の歴史であった。
私が子供の頃に聞いた奈良・吉野の猪犬(猟犬)の餌の話は分かり易い。
犬が獲物を見付け追い、雄犬が獲物に噛み付き雌犬が吠えて猟師に知らせる。
猟師が仕留めた後は、その場で獲物の腹を割き内臓を出して犬に与えるもの。
勿論、猟のない日々の餌は猟師が与えているが芸はさせない。猟への待ち時間。
私はハナに水と餌を定置・定時間に置いておくだけで勝手に食べさせている。
ハナに「しつけ」をしたのはただ一つ、畳の部屋・座敷に入るなということだけである。
板の間や廊下・ベランダ、そして家の周りはハナが自由に生活をする場としていた。
然しである、目が見えなくなったハナは臭いと接触だけが私の確認となってしまった。
そこで私が食事(飲酒)をする座敷に、ハナを上がらせ横に坐らせるようにした。
当初はオズオズして「ええのかな」という雰囲気であったが最近は当然顔で上がる。
だが愛玩犬の表情はない。媚もなく尻尾も降らない。私が手足をいじると唸り声を出す。
人間(じんかん)、企業間、国家間、須らく共生でありたい、愛玩化慎むべしと思う。
まま、朝鮮民族の歴史は愛玩犬の主人探しそのものの感あり。

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赤チンキ、いわゆる「赤チン」であるがネットニュースに出ていて驚いた。
この5月31に医薬品の規格基準書である日本薬局方から削除されるとあった。
そして来年12月31日をもって国内の製造も規制されるということである。
私が驚いたのは、「赤チンが未だあったのか」という思いからである。
実は、私は小学校の時に保健委員をしていた、というか教師にさせられていた。
そのため、遠足や写生会で出掛ける時には「薬袋」を持たされた。
薬袋には赤チンと征露丸が入っていた。つまり傷薬と腹薬。
傷薬にはヨーチンの方が効くが沁みるので、沁みない赤チンを使ったのである。
成人後、水銀云々で赤チンの製造販売が禁じられたという話を聞かされた。
報道では、かつて100社程あった赤チン製造会社も今は1社が残っているだけとか。
その一社は、規制される来年12月末まで製造を続けるという。
令和を前にして、昭和がまた一つ消えていくような気にさせられるニュースであった。
先日、大幸薬品の正露丸も商標から「ラッパ」を外すとかいう話を聞いたところである。
「征露丸」が「正露丸」になり、軍隊ラッパも消されて平和な薬になるのであろう。
因みに、「征露丸」と名付けたのは明治の森鴎外等の帝国陸軍医部で脚気の薬に用いた。
兵士に栄養を付けるため白米を食わせた為、多くの兵が脚気で死んだそうである。
ところが征露丸は脚気には効かない代物、しかし整腸剤としてはよく効いた。
戦後には「平和な腹薬の正露丸」となり国民的整腸剤として広まり多くの製薬会社が造った。
今以って「征露丸」として製造販売しているのは奈良の日本医薬品製造株式会社だけ。
私が持たされていた「薬袋」に赤チンと一緒にあったのはこの社の征露丸だったであろう。
それにしても森鴎外はん、文学者としては優れていたが医者としては?である。
脚気の処方薬に整腸剤を使うとは・・、今なら重大な医療ミスで特捜部が入ったかも。
まま、私にとっては想い出の「赤チン」と「征露丸」である。

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日本医薬品製造株式会社の「征露丸」。
2019.04.10 カラス
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カラスが侵入した跡である。ゴミ箱や食物の買い物袋が散らかされている。
若き日の愛犬「ハナ」は、カラスには敏感に反応し家へ寄せ付けなかった。
それが、「ハナ」の目が見えないと知ったカラスは傍若無人に家へ侵入するようになった。
最近では「ハナ」が日向ぼっこをしているベランダに降りて、ハナの横を通って入って来る。
私が行っても逃げずに、ベランダの手すりに留まって私の様子を窺っている。ヤレヤレである。
さて、古い茶友からメールをもらった。剣禅茶を体現している御仁である。
彼は「断捨離」や「終活」への思いと、満州に向かったある先達の言葉を記してあった。
>「古神道の精神から云うと、そんなことはどうでもいいこと。私は自分の体なんか 満州の寒風荒む原野の果てで息絶えて、身を白狼に食いちぎられ、鳥に啄ばまれて白骨を 野ざらし にして朽ち果てても、それで一向に構わないと思っている。」と言ったというのです。< とあり、そして自分の思いも書き添えてくれていた。
> いっそこんな風にアッサリと、「後は野となれ山となれ、たとえ死に恥を晒そうと、言いたい奴には言わせておけ。そ奴だっていつかは死ぬんだ。自分は 自分のやることを 出来る処までやってて果てるまで。」と思って 死の瞬間まで あっけらかんと生き抜くのが、結局、一番格好良いんじゃないかと、この頃 思うのですが どうでしょう?  九拝
返す私は、
「死の瞬間に何を思うかが、その人生の答えだと云う話を聞きました。
人生の答えなんかは要らない私の様な酔生夢死・無為徒飲の身の終活は消え方だけ。」
まま、カラス同様に喰い散らかしただけの人生だったような・・。と、云ったつもり。
2019.04.09 ルノー戦車
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昭和5年にフランスから輸入され満州事変や上海事変に出動したルノー乙型戦車。
旧日本陸軍の戦車開発と戦車運用の原形としてルノーの戦車が使われた。
昨日のニュースはゴーン解任と日本国際賞式典への両陛下臨席。
ゴーンに代わってルノー社から新役員が就任するとかである。
ルノー社の創業者・ルイ・ルノーは昭和19年10月に獄死している。
先の大戦で対独協力者としてフランス解放軍に逮捕されたのである。
そしてルノー社はドゴール大統領によって国営企業となり今に至る。
日本国際賞とは科学技術者を賞するもので松下幸之助の寄付で出来た。
「科学技術の進歩に大きく寄与し、もって人類の平和と繁栄に著しく貢献」云々。
私は思う。科学技術の発展とは須らく人類の戦争道具、武器の発明工夫の進歩。
先の敗戦とは、欧米との科学技術戦に日本の科学技術者が負けたものである。
貧弱な武装で戦い死んでいった日本兵士に懺悔すべきは日本の科学技術者。
その日本の科学技術者は戦後に日本科学技術者会議なるものをつくりノタマウ。
「科学の発展と成果を平和的に利用するよう社会に働きかけねばなりません」。
そして云う、兵器製造に関連する内容・施設・機関への協力は拒否する云々とか。
私はまた思う。日本の科学技術者が云うべき言葉は敗戦責任の謝罪と、そして、
「今度こそ敵に優る兵器を開発し、二度と兵士に戦地で悔しiい思いはさせない」、と。
ルノー創業者は泉下で思っているであろう。
「ドイツと日本に係わるとロクなことがない、ゴーンでなく戦車程度で済ませば良かった」。
2019.04.08 奈良府
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この土日は秋篠川土手の桜並木が満開となった。
地域の催事として「あきしの川さくら祭り」が行われた。
土曜の昼、買い物ついでに川土手を通ると舞台の設営中。
紅白幕に提灯飾りというのは何故か全国共通のようである。
日曜の夕刻は息子や娘家族が私の誕生祝をしてくえた。
この日は選挙日、奈良より大阪の選挙のことが話題となった。
大阪都構想云々で、昔は奈良も府だったという話をした。
東京府・京都府・大阪府と並んで奈良府や長崎府があった話である。
つまり、江戸幕府の奉行が置かれた地が「府」となったのである。
大阪都が実現するなら、奈良府の復活もあって良いと思うのだが、と私。
そのことを云う奈良の知事候補はいなかったのは寂しい限り。