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コンビーフの缶詰は切り口に繋がって出ているベロ(舌先?)を付属の鍵で巻き取って開ける。
先日、「巻き取り鍵で知られるノザキのコンビーフの枕缶が70年ぶりに刷新」と知った。
新型は缶の底蓋を指で引きはがす今風の缶詰スタイルになるという話だった。
その話に、私は東支那海や南支那海での「瀬取り」洋上取引?を懐かしく思い出した。
22・3歳の頃のこと、私は南洋の木材を運ぶ船に乗っていた。
支那大陸近くの公海上には当時も支那の漁船が操業していた。
支那の漁船は日本船を見ると近寄って来たもので、日本船も暫時停船した。
目的は日本の品を彼等の持つ物と交換したいという洋上の「瀬取り」である。
慣れた船員は干しシイタケやリンゴ・日本タバコ等の支那人が好むものを用意していた。
支那漁船には色々な物があり、貨幣ではなく物々交換での取引交渉となっていた。
支那人がもつ日本タバコの価値観は面白いものでピースはホープの倍価格で取引。
私はコーンビーフの枕缶もどきを見付け、何箇かの缶とピース1カートンを交換した。
子供の頃、肉缶であるコーンビーフは贅沢な代物であった記憶からの衝動で交換した。
酒のツマミにと開けようとしたが巻き取り鍵がないペンチで摘まむと舌先が取れた。
訊くと、支那のコーンビーフ枕缶のベロは飾り付けているだけですぐ剝がれるとか。
その証拠に、缶には切り筋がない云うのでよく見ると無かった。つるつるの缶であった。
仕方なく私は普通の缶切りで開けて食した。味は普通のコーンビーフであった。
この時の思いは枕缶の空け口のベロを飾りと理解しているのを面白く思った記憶が残る。
今朝のネットニュースでは、三月末で販売停止になるコーンビーフ枕缶がすでに高値で通販。
まだ店頭で通常販売しているのに何故と販売している川商フーズの弁。これも面白い話。


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2020.01.13 撞き忘れ
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女房の病院では菜の花が咲いていた。やはり暖冬なのであろう。
11日の石州系茶道流派の家元初釜には大和郡山の赤膚焼窯元と同行。
我々は最終席で7人、正客は京都大徳寺の塔頭・芳春院の住職であった。
芳春院は加賀百万石の祖・前田利家の夫人・松子(まつ、芳春院)が建立。
法号をとって芳春院と名付け、前田家の菩提寺としたのは有名な話である。
石州系茶道流派の多くは芳春院と大和郡山の慈光院に参集して茶会や法事を行う。
慈光院は石州流茶道の祖・片桐石見守貞昌(石州)が父・貞隆の菩提寺として建立。
慈光院の名は父・貞隆の法名「慈光院殿雪庭宗立居士」から採られたもの。
よって、石州系流派が慈光院に集まるのは解るが、芳春院は何故にと住職に訊いた。
住職の話では片桐石州の墓は芳春院にあるという、今の前田家は神道だとか。
長年不思議に思っていたが芳春院での石州系茶道流派参集の意味が解せた。
赤膚焼窯元が例年あちこちから聞く除夜の鐘が今年は2ヶ所しか聞こえなかっと云う。
すると住職が私も撞かなかったと話す。私は騒音苦情の影響なのかと聞いてみた。
いや単に寝過した為と住職、皆はポカーン。私は笑ってしまった。
大徳寺の塔頭は20を超える。私が「大徳寺の除夜の鐘は凄いでしょうね」と云う。
すると住職、大徳寺の除夜の鐘は3ヵ所だけと決まっている、その一つが芳春院とか。
「それでは撞き忘れを隠せませんな」と私。住職は「そうです」と答えた。
2020.01.11 一汁一飯
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我が独居老人の朝餉、一汁一飯である。
根ぶかと豚肉を煮てから松山揚げを加え白味噌と麹味噌で仕上げる。
先年、知人と共に四国松山から高知へ抜ける山村まで出掛けた。
知人の母親はその土地の旧家の出で、その旧家に一泊させてもらった。
その時に「松山揚げ」という食物を知った、初めて食したが何とも旨い。
その松山揚げをあやめ池のスーパーで見掛けてからは購入するようになった。
今日の15時に石州系流派の家元から初釜の招きを受け参上することにしている。
一汁か二汁に五菜は出るであろから私は朝餉だけとし昼餉抜きで出掛ける所存。
独居老人の身では一汁一飯か精々一汁一菜に一飯、勿論主食は焼酎で好し。
最近思うに、人と食い物は四の五の理屈抜きに好きか嫌いかだけの話だと。
右も左も、成分栄養も何のその、付き合いたい人と付き合い、喰いたいものを喰う。
年齢通りに成長して来た所為か、昨日どころかさっき何を喰ったかも記憶が飛ぶ。
買い物から帰って仕舞う際、冷蔵庫の中に前の同じものが入っているのは毎度のこと。
まま、こういう日常が幸せと思えるようになって来たのも成長の証かも。

2020.01.09 筆足らず
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盲目の愛犬「ハナ」、湯上げタオルを被ってアチコチ食い千切った毛布に坐り込む。
よれよれの身ながら何とか正月を迎えた。あとひと月で満16歳の誕生日。
ハナの7日の夕飯はカツオのタタキを湯掻いたもの、私の腹下しの元である。
前の記事で「浸け鮭」の送り主からメールが入った。
私の腹下しの原因が「浸け鮭」にあるのではと心配されてのことである。
実のところ、腹下しの原因はカツオのタタキ、この季節ならと二日置いたモノを食した。
近頃の私は青物魚やカツオ・イカ・カキで腹を下すようになった。内臓の衰えであろう。
しかし、根が好きなもので懲りもせず食しては腹を下すパターンを繰り返している。
冷凍パックだったので解凍のつもりで台所に置いていたが二日は置き過ぎたようだ。
背身一本の半分を生で食し、あと半分は湯掻いてハナにやったのである。
私の記事を読み返すと、腹下しの原因は「浸け鮭」にあるように受け取れる。
真以って筆足らず、心配してくれた知人には恐縮の限り。

2020.01.07 腹下し