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私のブログのランキングが出ていた。
こんな高順位は初めてである。

風翁さんのランキング
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夕べは町内の盆踊り大会。娘が孫三人を連れてやって来た。
娘にとっては、小中高時代の想い出があり、懐かしい友人と出会う場でもある。
私の町内盆踊り大会は最近来場者が多くなり盛んになって来た。
恐らく半数は他の地区の住民であろうと思われる。見慣れない若者達もいる。
実は近隣の町内では盆踊り大会が衰退し,消えて無くなってしまっている。
比較的マメにというか町民自治会の運営体制がある私の町内は続けてきた。
そこで、盆踊りを失くした他の町内から来場者の流入が多くなった。
盆踊りの運営に加え、準備や後片付けは私の町内住民の方々が行なっている。
町内の住人に合わせた夜店出し物を用意し、各家庭に引換券を配っている。
勿論、現金も可としていたので他地区の来場者は現金購入をして楽しむ。
綿菓子50円、カキ氷100円と云った値段設定なので、早く売れ切れになる。
引換券を持って来た町内の親子連れが欲しいものが貰えない状況もある。
夜店の運営も町内自治会で分担して前々から準備している代物である。
町内の盆踊り大会が賑やかになるのは良いことだが、実情は少々気になる。
準備運営後片付けをやる人達にとっては、あくまでも町内行事のはず。
他の自治会が自身の盆踊り大会を衰退消滅させた結果のアオリとは・・?
終わったその日から来年のことを考え工夫を重ねる努力を続けてきた私の町内。
そのことには町内の皆さんに感謝をするところだが、どこかで疑問の声が出そうだ。
これも一元集中化現象であろう。

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まだ日のあるうちから踊り手の皆さんに混じって踊ってる子供達。
歌は河内音頭である。踊りも何処の踊りか知らないものである。
奈良の盆踊りは江州音戸で奈良独自の踊り方があったもの。
この町内も奈良の地下人は少なく、奈良弁、ふるさとの「そ」は聞かれなくなった。

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長い行列を作らないと人気の「綿菓子」や「かき氷」を手にすることが出来なくなった。
30分も並ぶと小さな子供には苦痛があり、親の出番となっている。

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出し物も専門性が高くなって来て、河内音頭の歌い手踊り手、和太鼓の打ち手も素人でない。
2018.08.18 修羅の頑張り
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早稲田高等学院ハンドボール部の写真借用。

夕べは窓を開けて寝たら夜中に寒くなり3時頃に目が覚めた。
何故か高校二年の時の体育授業の場面を思い出す。
我々の高校は高校アメフトの初代創設校であったが今は無い。
ラグビーやハンドボールの部も無かったが体育の授業ではやった。
ハンドボールは正式にはゴールキーパー1人とコートプレーヤー6人。
ところが50人学級の体育授業ではキーパー1人にプレーヤー10数人。
キーパーを任された友は次々と投げ込まれるボールに全身でゴールを守った。
小意地の悪い奴が彼を狙って投げ、友はまともに顔面で受けた。
しかし友は怯まず、懸命というか修羅の形相でゴールを守り抜いた。
結果、我々チームの勝利で終わり、私は彼の肩を叩いて奮闘を称えた。
友は腫れた顔面で笑顔を見せたが、まだ興奮冷めやらぬ表情であった。
半世紀以上前になるが、体育授業のグランドでの一場面、記憶に残る。
友は、昨日抗ガン剤治療を受けている。彼の頑張りを信じる。
今朝は外気が肌寒いぐらいであった。秋である。
月末水曜日は高校同級生と定例囲碁巴戦の日で夫々の家を持ち回って開催する。
先月は我が家で開催、やって来た同級生の一人がメダカ鉢を見て妙なことを云った。
彼、「アンタとこのメダカは色が黒いな、それにデカい、何でや」。
私、「これは日本メダカや、メダカは黒いもんやろう」
彼、「俺ところのメダカは赤とか白やで、それにもっと小さい」
彼は水産大学出身である、私のメダカ鉢に居るのはメダカではないのか?
その日の対局が済み、彼等が帰った後でメダカをネット検索して調べてみた。
>メダカ(目高、鱂(魚に将))またはニホンメダカは、ダツ目 メダカ科(アドリアニクチス科)に属する魚であるミナミメダカ Oryzias latipesと、キタノメダカ Oryzias sakaizumii2種の総称。体長 3.5 cm 程の淡水魚。ミナミメダカの学名である Oryzias latipes は『稲の周りにいる足(ヒレ)の広い』という意味である[1]。また、キタノメダカの種小名である「sakaizumii」は、メダカの研究に貢献した酒泉満への献名である。また、ヒメダカなど観賞魚として品種改良されたメダカが広く流通している<
我が家のメダカ鉢でメダカの大きさを測ってみたら、大きいもので3㌢余りあった。
日本メダカは琉球から本州に分布、北海道に自生種はいない、メダカにも津軽海峡がある。
メダカの方言名は世界中の魚類で最も数が多いとされる(4680の名が記録)。
そして、>日本メダカは生物学でモデル生物として用いられており、海外でも"medaka"という語が使われるほどである<、とあった。
私は理解した。日本メダカは生物学の対象魚だが、水産学の対象魚ではないのである。
水産学は食用魚の獲得と養殖その加工であって実務研究、生物学とは学者先生の学門研究。
水産大学出身の名に誤魔化されたが、彼は観賞用のメダカを飼う単なる愛好家であった。
生物学と水産学、似て異なるものと知った。

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日本メダカ、黒メダカと呼ぶことが多いが、黒カラスと云わない様に呼称違い。

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緋メダカ、江戸時代からの改良種で広く飼育されている。

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青メダカ、これも改良種。

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白メダカ、比較的新しい改良種だとか。

まま、友人は病院にPCを持ち込んでいると聞いたので、書き込んだ。
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玄関先の高砂百合が花を開かせた。今年は2㍍程度で例年より小ぶりだ。

お盆期間と終戦記念日が今年も来た。
今年はどうやら「お化け話」や「戦争話」の放映が無かったようだ。
子供の頃は蚊帳の中で「お化け話」聞かされ便所に行くのが心地悪かった。
中学高校時代にはテレビが普及し、色んなドラマ放映も盛んにであった。
そしてこの盆前後のテレビは必ず「お化け」「戦争」であった。
学徒出陣し、海軍の特攻隊員であった父親は戦争番組をよく観ていた。
見終わった父親がいつも独り言のように呟いていたのが記憶に残る。
「この役者は戦場を知っているな」
「この作者は戦争に勝手な思い込みが過ぎるな」
「大方は涙も泣き声も出さずに死んでいったもんや」
「ホンマの体験者は語らん、後で語る者は身勝手な連中や」
中学時代の私はこんな父親の独り言を黙って聞いていた。
小学校5年の時に、我が家に父親と同期であった特攻隊生き残り4人が集まった。
最初は愉快に語り合っていたが徐々に口数が少なくなり嗚咽が漏れた。
私は酒の運び役で横に居て4人の会話は聞いていた、今も記憶に鮮明に残る。
特攻隊生き残りの話を直に生で聞いた私は、その後の特攻話に違和感をもつ。
啓蒙されたとか、神国必勝を信じていたとか面白おかしく作られる特攻話。
父親達は、学徒出陣で海軍に入隊し、自ら特攻隊に志願した。
無理やり志願させられたとか云々とか悲劇のつくり話がまかり通っている昨今。
学徒兵は帝国大学や名のある大学の学生で、世界のことも良く学んでいた。
父親達の話では、多くの仲間は日本の敗戦を予感していたという。
特攻とは、日本人の戦い様・死に様を敵に見せてやるという意識があったという。
それに特攻隊に入隊後、辞退を申し入れることも可能であったとか。
実際に父の仲間では特攻入隊後に辞退して、他の部隊に配属転換した者も居たという。
戦争話や特攻話も少なくなった昨今、戦争や特攻は風化していくのであろうか。
風化させてならんのは天皇の靖国参拝。昭和50年11月が最期になっている。
今上天皇は一度も靖国神社に参拝されたことがない。
武器弾薬食料水が窮乏する劣悪条件の中で、戦い抜き死んでいった英霊。
その英霊が祀られている靖国神社に天皇陛下が参られずで何としょう。
平成が終わる、譲位されるまでに、今上天皇の靖国参拝を願い度。