2018.02.19 訃報を聞く
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切なくやるせない訃報を聞かされた。
故人は東京の大手卸売企業から関係小売企業に出向してシステム改善をこなしていた。
出向当初は小売業を勉強するために朝4時から市場に出勤して仕入を手伝っていた。
私もその卸売企業から頼まれて、埼玉にある当該小売企業の経営再建を手伝っていた。
実直に黙々と仕事に取り組む故人に対し、私は云ったものである。
「あのな、クソ真面目な人間がつくるシステムは使いづらいモンになるさかい、気つけや」。
故人は私の話をクソ真面目に聞くので、私は二の句が出なかった。
20年位前に一応の再建の目途もつき私はその仕事から離れ、故人も親会社に戻った。
10年位前に故人がひょっこり我が家を訪ねて来て、「妻が亡くなったので来た」と云う。
故人の奥さんの実家は奈良で、我が家から車で10分ぐらいのところだと初めて知った。
以後、故人は亡き妻の実家を訪れる度に我が家にも顔を出してくれるようになった。
昨春に来た故人は、「定年前だが会社を辞めることにしました」と云って私と碁を打った。
栃木の実家に一人で居る母君が老化で弱っており介護が必要ということであった。
故人は東京のマンションに子供と住んでいるので、行ったり来たりするとも云っていた。
「母君を東京に引き取ったら」と云うと、故人曰く「母は実家から動きたくないと云うので」。
そんな故人の訃報を昨日聞いた。昨年7月にガンが見つかったとの話だった。
妻の実家に来る時には寄りますので再た打ちましょう、と云ったのが最後の言葉となった。
母君はどうされたか思うと、何とも切なくやるせない訃報である。

蛇足ながら、シンガポール陥落で乾杯したアイルランド人(ケルト人)のビールのこと。
アイルランド人はクラフトビールにアイリッシュウィスキー入れるとか。
或いはアイリッシュウィスキーをクラフトビールで割るらしいとか教えてくれた人がいる。
私も焼酎のビール割りを好むので、再度ケルト人に親近感を覚えた。
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今は昔のこと、私は石川県の能登半島へ毎月通ったことがあった。
羽咋というところに折口信夫父子の墓があったので怪訝に思った記憶がある。
訊くと、折口信夫は大阪の人だが養子・春洋が羽咋の人だからという話だった。
折口は春洋の命日を昭和20年2月17日、米軍の硫黄島上陸日としている。

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もっとも苦しき たたかひに 最くるしみ 死にたる むかしの陸軍中尉 折口春洋  
                            ならびにその 父 信夫の墓

折口 春洋(おりくち はるみ、旧姓:藤井)は歌人で国文学者、國學院大學教授であった。
38歳で二度目の召集を受け、昭和20年7月に硫黄島に着任、戦死。
彼が残した歌集「鵠が音(たつがね)」から二首。

洋(わた)なかの島に とよもし来たる讐(あた) つくして来よと 切(せち)にし思ふ
さ夜ふかく 心しづめて思ふなり。一人々々 みなよく戦はむ

硫黄島では、総力10万を超える米軍相手に約2万の日本軍は一か月余り戦い抜く。
日本軍は玉砕、米軍の戦傷者は2万6千余り。
それにしても、今日この日の日本、羽生が勝った羽生が負けたと喧しい。
過酷な条件の中で、本土防衛ため戦い抜き死んでいった75年前の日本人。
このことを思い起しても今日は良かろうかと。なぁ、信夫はん。
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食品スーパーのレジ。客が混み出すと二人制をとる。
今のレジの二人制とはチェッカーとキャッシャーであり、商品スキャンと代金授受の二人制。
以前の二人制とはレジ打ちとサッカーで、レジ打ちは商品価格をレジに打ち込み代金を授受。
熟練レジ担当は片手ブラインドタッチで素早く計算し、代金授受も手際よくプロ技術だった。
サッカーとは英語でSacker、Sack(袋)という動詞にerがついて、袋詰めする人という意味。
米国では、バッガー(Bagger)と呼んだが、今は日米ともその業務は姿を消した。
替りに、レジ後ろにサッカー台なる袋詰め用の台が置かれ、セルフサッカーと称す。
サッカーが行われていた頃は紙袋であり、袋詰めの早さと的確さはやはりプロ業務であった。
紙袋がポリのレジ袋に変わって来たのは昭和40年代後半、水に強く破れにくいことが理由。
然し今、ポリレジ袋が石油資源の消費と環境汚染でその使用の再考を求められている。
役所や学者が試算した日本のレジ袋の消費量は年間約300億枚と云われたが、違う。
その値はスーパーでは使わない大型サイズの袋での換算値。実際は500億枚を超えるだろう。
私は10社程の中堅スーパーで作る共同仕入機構に居て、レジ袋の共同買付をしたことがある。
国内外のメーカーを訪問し、原料調達から製造工程まで調べて商談を行った。
石油樹脂(レジン)を溶かして円筒形に吹き出し、マチを入れて長い平面にして製袋するもの。
役所の統計ではレジ袋に消費する石油は60万klでレジ袋一枚が20㌘として300億枚。
実際にスーパーで使わうレジ袋は10㌘程度、よって石油は30から精々40万klということ。
役所や学者は自身の都合の良い統計を作り、世の中を騒がしてナンボという人達である。
まま、レジ袋の使用石油40万klとしても2ℓペットボトル20億本分、1人年間20本分。
やはり夕陽が丘三丁目商店街、昭和の買い物かごスタイルが良い。
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シンガポール陥落で日本軍に降伏する英連合軍将兵。

昭和17年2月15日、シンガポール陥落の日であった。
このことを喜ぶ国が英連邦にあったことは余り知られていない。
アイルランド共和国、エールである。
シンガポールでは約5万の日本軍の攻撃に12万余の英連合軍が降伏した。
山下中将がアーサー・パーシヴァル中将にイエスかノウかと迫る場面は有名である。
この英連合軍司令官のアーサー・パーシヴァル中将の前歴は余り知られていない。
アイルランド弾圧を行なった英陸軍の指揮官で、アイルランド人に憎悪されていた。
アイルランド、自語ではエールで漢字による当て字は愛蘭土である。
司馬遼太郎の街道をゆく愛蘭土編にも書かれているように親日国であるらしい。
それは、英国を嫌うことの敵の敵は友という感覚だそうな。
英連邦の国ながら日本には宣戦布告をせず、首都ダブリンには日本領事館があった。
シンガポール陥落の日、日本領事館でアイルランド人がビールで乾杯したとか云々。
先のラグビーワールドカップでも、日本チームを応援する人が多かったとも聞く。
来年のワールドカップは日本で開催、アイルランドと同枠となっている。楽しみである。
アイルランドは経済的にはEUに加盟しながら、軍事的には中立を保ちNATOに加盟せず。
シンガポール陥落をビールで乾杯とは、何となくおもろい国である。
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先日の売り出しには「辛子明太子とたらこ」とあった。
実は、「明太子」と「たらこ」は同じものであり、呼称の方言差である。
明太子とはたらこのことをいう北九州から山口地方の呼称であった。
スケトウタラは朝鮮で獲れ、朝鮮語で明太(ミョンタイ)なので明太の子と呼んだ。
また、たらことは真鱈の卵巣・真子のことで、江戸初期の茶の湯献立に記載がある。
明治期には北海道から朝鮮までの日本海沿岸でスケソウダラが多く獲れた。
スケトウダラの漢字は 佐渡鱈、介党鱈、助宗鱈が当てられるが其々に意味がある。
佐渡で獲れたので佐(すけ)渡(と)、漁に人手がかかるので助っ人鱈(スケットタラ)。
戦時中のNHK放送でスケトウダラをスケソウダラと誤報してから「助宗鱈」。
よって卵巣はスケトウダラの子で「助子・スケコ」、それが東日本の通り名となる。
助子を塩蔵すると赤くなるので北陸なんかでは「紅葉子・モミジ子」とも呼ぶらしい。
昭和に入って真鱈の不漁が続いた時期から助子が「鱈の子」として流通。
鱈の子が「たらこ」と呼ばれ出したのは昭和40年代からのことで意外と最近の話。
新幹線が開通して博多土産の「辛子明太子」すなわち「辛子漬け助子」が流通。
やがて、助子と鱈子と明太子の呼称区分が曖昧になって今に至った。
因みに、関西の御節料理の定番「鯛の子煮付け」は生助子の煮付けで僭称。
おそらく、昔は真鱈の子・真子であったように私は思っている。
私は特売の「辛子明太子・たらこ」を買わなかった。理由は塩分とコルステロール。