2017.09.21 里芋残照
IMG_20170909_205623.jpg
先日の窓の外、夜空に花火が輝いた。何処で上げているのか分からない。
今日の写真は東京在住の同級生から昨日送られてきた絵の写真の予定だった。
朝からパソコンをいじっているが、その写真が容量オーバーとかで掲載不可。
170KBとあるが、それがどんな容量なのかも、どうすれば良いかも分からない。
まま、もうあきらめた次第。然しながらその絵の名前に味がある。
「里芋残照」、70越えて今だ現役デザイナーのお洒落な絵と名付け。
まま、芸術の秋を伝えて来たのであろうと斟酌、嬉しくなった。
ところで、私が「●の会」に入らず京都歌会を退会となった話を先に書き込んだ。
「新聞あかはた」や「西京革新懇ニュース」を受け取らなかったのが遠因。
黙って受け取り、元日教組歌人の政府批判も聞き流す度量が私に不足した。
とか何とか、自戒と反省をしていたところ、奈良歌会から違う話が来た。
奈良歌会は同じ「●会」系列の歌会ながら、「●会」入会は問わないとか。
そして、折角のお付き合いだから奈良歌会には参加してください、と。
これが京都と奈良の違いやなと感じ入り、早速詠草歌二首を送る。
自由詠。
ホルンの音 空に響きて 駆け来る 鹿の群れなす 飛火野の夕
題詠(色)。
夏過ぎて なお艶やかに 百日紅(さるすべり) その名悲しき 唐土の恋

私の東京時代に居た下宿の娘(私より一学年上)が私のブロクの歌を見て、
「物静かな文学青年だったのに落ちたわね、歌に感じるものがない」とか。
やはり東京女、ズケズケと物申す。私は少々気が腐る。
スポンサーサイト
2017.09.20 秋明菊の蕾
IMG_20170919_073117.jpg
野牡丹とシロバナ桜蓼に囲まれた中で、秋明菊(しゅうめいぎく)の蕾が見え隠れし出した。
秋明菊、別名を貴船菊とも秋牡丹とも云われるが、菊でも牡丹でもなくアネモネ科の花。

今朝の産経一面にビルマ政府の最高顧問であるスーチ女史の写真があった。
詳細は5面とあるので開いてみると国連調査団の受け入れ声明を出したとか。
ビルマの少数民・ロヒンギャへのビルマ政府軍の非道な弾圧の話である。
人権活動家としてノーベル平和賞を受けたスーチーはん。
彼女は英国人の妻となり子を産んで、その子らは英国籍で英国に住んでいる。
ビルマ軍政下で人権が蹂躙とか云々で欧州の支援団体の後押しでビルマ入り。
彼女の父親がビルマ独立の英雄であったことで人民から人気を博したというオナゴはん。
私の先のブログで、このスーチーはんの偽善性について記した。
http://houan7010.blog.fc2.com/blog-entry-1072.html
そのスーチーはん、この度ようやく国連調査団を受け入れるとは云うたものの、
ロヒンギャという名も謝罪という言葉も一言も口にしないままの声明であったとか。
私の前のブログで日本ユ偽フ協会大使・アグネスチャンの二重規範の偽善を記した。
同類のオナゴとして、偽善性の権化・スーチーと併記したが、案の定馬脚露呈。
今回の国連調査団受け入れ声明記事を見て、この二人のオナゴの偽善を確信。
秋明菊がアネモネ族でありながら、菊や牡丹と云うているのは可愛いものである。
2017.09.19 借金
IMG_20170918_164614.jpg
近鉄学園前駅の切符売り場に日章旗が掲げられていた。
はて?と思ったら今日は「敬老の日」。
友人が開いた「活版印刷の店」へ私用一筆箋を頼みに近鉄奈良駅まで出掛けた。
元朋庵塾生で大学の後輩でもある伝統窯の陶工が八代目窯元を襲名した祝い品である。
帰路、三条通りの「かえる庵」に顔を出すと庵主曰く「今あなたの話をしていた最中」だと。
見ると以前ここで会ったことがある高校の後輩という御仁が居なさった。
同席して昔話をしていると私の部活の後輩と小中高が一緒で親友だったと云う。
「だった」?と私が聞き返すと、御仁曰く「彼には金で迷惑を掛け疎遠になった」云々。
御仁は不動産事業をしていて、親友である私の後輩と一緒に土地を買ったとか。
その土地は値下がりをして御仁の会社も数億の負債を抱えて倒産。
親友と一緒に買った土地も叩き売って御仁の運転資金に変えたが駄目だったらしい。
親友は退職金の半分近くを失うことになり、御仁は月々一万円を親友へ返済していた。
ある時、御仁が飲み屋に居るところを親友に見つかり、親友は怒ったということだった。
それ以来、一万円の返済金も払っていないし、音信も途絶えたと云う。
私が「月一万円の返済とは、悪徳弁護士が使う手で、払う振りだけの罪逃れやな」
部活の後輩が公務員だったことを知る私は、本人よりも奥さん子供が気の毒に思えた。
よく「借りる時のエビス顔、返す時のエンマ顔」というように、借金をする相手は考えもの。
親子間なら諦めもつくが、兄弟間ではそうもいかない、伴侶が居れば尚更である。
まして友人関係での借金はご法度。親友であればその友だけには借金をしないこと。
御仁も辛いものがあったとは思うが、後輩のことを思えば腹立たしくなった。
そんな私の気配を感じたのか、御仁は途中で帰って行った。
飲み代は私が払った、一応私は御仁の先輩になることであるし。

帰路はⅠ時間にⅠ本だけ学園前行き470円のバスが出ている国鉄奈良駅へ出た。
ナンセ今日は敬老の日、私はⅠ路線100円の老人カードを持っている。
下の写真は、そこのバス待ち場の長椅子。
ゆったりとししていて、詰めれば4人は充分に座られる幅で子供ならもっと座られる。
誰が何を考えてこんな木棒を長椅子に打ち付けたのかと、妙に腹が立って来た。
やはり、酒は気分よく飲まんとうっぷんが溜まって来るものだ。
IMG_20170918_154157.jpg
2017.09.18 台風一過
IMG_20170918_080824.jpg
台風一過の今朝、窓を開けると青空が広がっていた。

地震、大雨、台風と日本は災害の多い国だと改めて感じさせられる。
米国もハリケーン災害に見舞われ、商店の略奪が多かったと聞く。
日本人が連綿と繋いで来た災害時の対応姿勢、それは文化と云えよう。
天災であれ人災であれ、はたまた戦争災害であれ立派なものだと思う。
人への思いやりを自分と同じ様に出来る精神風土を育んで来た賜物である。
それは同時に、虚喝の民に狙われるお人好しな実直の民となる危険性を持つ。
前回の続きになるが「財団法人日本ユ偽フ協会」、正に虚喝の連中である。
「可哀相な子たちを放って置くのか」云々と善良な日本人の心を虚喝する。
実直の民・善良な日本人は済まなさそうに虚喝の寄付金募集に応じる。
国連機関のユネスコと日本ユネスコ協会とは全く別者、別組織だと云った。
では、名を僭称する日本ユネスコ協会を何故に国連ユネスコは咎めないのか。
「黒猫白猫」の話、寄付金を持って来る猫は白でも黒でも良い猫ということ。
年間二百億円近い金を集めるなら、三割そこらをピンハネしようが良い猫とする。
金さえ来れば黙認というのが国連ユニセフ、欧米白人世界の思考回路である。
国連ユニセフの大使・黒柳徹子はんの個人口座へ寄付すると全額国連へとか。
因みに、私は敵国条項を残した国連を信用出来ずにいる、黒柳はんにもチョィト。
この辺り、なかなか台風一過の爽やかさとは行かぬ様だ。
世の中は秋風から台風、そして解散風と何かと風が喧しい。 まま、 風翁譚。
images02YXCINA.jpg
相も変わらずこの手の写真がUNISEF(ユニセフ)の名で映し出されている。
寄付金を募る団体、財団法人日本ユネスコ協会の宣伝活動である。
これでもかと悲惨さ哀れさを見せつけ、日本人の善意の隙間に触手を伸ばす。
私も以前に定期募金に参加していて、ネームシート等を貰っていた。
それがアグネス・チャンの協会大使云々やらで胡散臭く感じて止めた。
アグネスは香港の市民運動支援を口にしながら赤支那に媚びる二重規範を持つ。
ある時、テレビ番組でアグネスは金美鈴に「貴女の国籍は?」と尋ねられた。
一瞬口をつぐんだアグネスは、金の問いに気圧されて答えた「英国籍です」。
金は云う、「香港のことを大事に思うなら、何故あなたは英国籍にしたの」と。
アグネスを香港人だと思っていた私は、そのことを知りアグネスに興覚めした。
前にも書いたが、あのノーベル平和賞をとった偽善性の権化・スーチーと同類。
日本ユニセフ協会とは日本国内の財団法人で、国連機関のユニセフとは無関係。
国連機関のユニセフは東京渋谷区に東京事務所があり、親善大使は黒柳徹子。
日本ユニセフ協会は東京港区に20数億円の自社ビルを持ち、協会大使がアグネス。
両者は組織的には全く無関係であり、日本ユニセフ協会の名は僭称と云えるもの。
ただ、日本ユニセフ協会は集めた金の7割程度を国連ユニセフへ寄付をするという。
つまり、集めた年間二百億円近い金の約三割の金を経費とやらで中抜きをナサル。
有態に云えば、自らは金を生み出すことはせずに寄付金を集めてピンハネする組織。
昨日のテレビでも悲惨な姿のアフリカの幼児を映し、流す文言・台詞の字幕テープに、
「平和で豊かな世界の実現こそが、この子らを救う」とか何だらヌカシくさる。
全く以って、詐欺師・ペテン師・悪徳宗教の安っぽい常套文句である。
ホモサピエンス(現生人類)が現れて20数万年、人類史は闘争と殺戮の繰り返し。
そもそも、「戦時と平時」という概念はあっても、「平和」などの概念はこの世にない。
悲惨な子供を今すぐ救うことは難しいが、くい止める策はある。暴言に聞こえるが、
貧困世界の出生率を抑えること、極端に云えば「去勢と避妊」の処置を進めること。
その方向にユニセフ資金を配分すれば、やがてユニセフの功績が大きいものとなろう。
当然、日本人の善意に巣喰らうダニ・財団法人日本ユニセフ協会なんぞ叩き潰す。
前に書いたが、友人の鮨職人が云った言葉、「人の為と書くと偽りになるんやで」。
なるほどに、「財団法人日本ユ偽フ協会」と書けば良く解る話であった。
実はこの話には伏線がある。先日来駕した友人と喫茶していた時の話である。
彼が40年ほど前に仕事でインドのカルカッタやスリランカに行った時の体験談。
彼は、貧困世界の悲惨さは人間性そのものの感覚がマヒしてしまうと語った。
携帯書き込みより、パソコン書き込みがズイブン楽であるとつくづく思う次第。