2016.05.31 国産鯖
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スーパーの売り場で見付けた鯖寿司のパック、「国産さば」と貼り紙があった

今の日本人は国産好きである、だからと云うて鯖に国産は無いだろうと思った
聞くと養殖鯖とか、若い頃に鮮魚担当だった私は養殖鯖を知らなかったので調べた
天然鯖の漁獲が激減したため、十年余り前から始まったそうだが未だ問題があるとか
養殖鯖の餌に天然鯖の幼魚を獲り与えているので、天然鯖の減少は続いているという
何か笑えぬ冗談というか、官民の水産関係者の浅はかさが情けなくなった
好い話もあった、地下海水で陸上養殖した生食できる「鳥取お嬢サバ」のこと
地下海水は澄んでいて、サバに寄生虫がつきにくく生食が可能になるという話である

似た話に「広島サーモン」がある
広島の山中でニジマス(サーモントラウト)の稚魚を育成し、後に海水養殖で大きくする
鮭も鯖も養殖ものは脂がのり寄生虫・アニサキスが付きにくいため生食出来る
以前には鯖も鮭も生食の習慣は無かったもの、有ったのはルイべで私の好物だった
元来はアイヌ料理の一種で、名称はアイヌ語の「ル・イペ」( ru・ipe  融けた食べ物)に由来
捕獲した鮭を雪に埋めて冷凍保存し、食べる際には凍ったまま小刀で薄く切って食べる
冷凍すると寄生虫が死滅することと、薄く切ることで寄生虫そのものを切り殺すという訳だ

昭和六十年代の頃からノルウェイの養殖サーモンが輸入され、生食が一般化して来た
今では、寿司ネタの王者と云われたマグロを超える消費量になっている
女房殿は生サーモンが大好物で寿司に刺身によく食べているが、私は全く食べない
嫌いではないが、何故か気が進まないのである、ルイべへの郷愁・義理立てのようなもの
鯖もそうである、私は柿の葉の鯖寿司が好物だが、生鯖は食べたくない思いである
だのに、何故「鳥取お嬢鯖」と「広島サーモン」のことを書いているのか
鳥取は女房殿の実家筋で故郷、広島は私達の新婚の地、少々想いが強いかも
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2016.05.29 ドクダミの花
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ドクダミの花、梅雨入り前になると彼方此方で見かける、古名は、之布岐(シブキ)とか
ドクダミの名称は「毒矯み」(毒を抑える)から来ている、別名・ジゴクソバ(地獄蕎麦)
ドクダミ茶は健康に良いとかで母親が作っていた、怪我をすると生葉をつぶして貼っていた

この一日二日、オバマ米国大統領の広島訪問の話題が大きく扱われている
「核廃絶」とか「原水爆禁止」とか云々、私には意味がというか趣旨が分らない話である
東京や大阪へ深夜の空襲で多くの女子度を含めた一般市民を焼き殺した焼夷弾はどうなのか
一般市民への無差別大量殺戮行為の廃絶・禁止を訴える話なら私にも良く分る
殺人道具が、槍剣であれ銃砲であれ焼夷弾であれ原水爆であれ、殺される側にとっては同じ
もし、後遺症のことを訴えているならサリン等の毒ガスや細菌兵器も核兵器と同じであろう

生物が生きていることは戦いであり、生きることとは争い奪うことが原点である
人類も同じで、戦いの道具が素手・こん棒から原水爆になっただけのことである
中学高校の時の喧嘩も戦いの原型だが喧嘩には「掟」があった
対々と素手、そして先生と親には云わないこと、それが暗黙の合意、つまり「掟」
ジュネーブ議定書や生物兵器禁止条約・化学兵器禁止条約の雛型のようなものだ
無論、私も核兵器廃絶には賛成であるが、被爆者団体というものには胡散臭さを感じている

学生の頃の話だが、「中共の原爆は美しい、米国の原爆とは違う」と声高に云う輩がいた
私は、成るほど原爆とは政治思想の争具なのかと思いを改めたことがある
そして、広島在住の時の話、周りには被爆者や被爆二世が多く居た
私は、米国ファーストフード店を広島に出店するチームリーダーをしていた
店舗に星条旗を掲げ、「アメリカ」を強調するのが当時の米国ファーストフード店であった
私は胸に引っ掛かりを覚え、耳にしていた「被爆者団体」を訪れた

連絡を入れていたので「団体の人」は私の話を聞いてくれた、先のテレビでオバマと写った人
その人は私の話を聞いてくれたが、どうも私の心中の思いが伝わらなかった記憶が残る
「星条旗?ああ結構ですよ、何故そんな話を?」という具合であった、私は拍子抜けした
奈良に米軍が原爆を落し、一族や知人が殺されていたなら、私は奈良で星条旗を見たくない
アメリカかぶれの店を出し、星条旗を掲げることへの広島市民の心はという私の思い
被爆者団体の人には通じなかった、後で聞くと共産党系や社会党系の政治思想で分裂云々
団体の人は「政治活動」に心を向けて行ったというのが、広島での私の回顧録
核兵器はドクダミと同じで毒に思えるが、薬の効用があるので廃絶に至らないと知ること肝要

私が原爆を知ったのは、「少年ケニア」でワタル少年が日本が負けたことを知る場面
小学校二年の頃だった、ワタルの台詞が「アメリカはそんな恐ろしい兵器を使ったのですか」
今から思うと、ワタルはどうして原爆というものを知っていたのかと少々疑問が浮かぶ・・
2016.05.28 今西家書院
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奈良福智院町、通称「奈良町」にある「今西家書院」の入口(上)と書院の縁側(下)

清酒「春鹿」の今西清兵衛商店が大正期に取得した書院造りの屋敷である
私の知人・有楽流の茶人の南都塗師が、十月の正倉院展期間に此処で展示会を開く
「百本茶杓と茶碗の展示会」なるもので、自分の本職の塗り物の作品は出さないらしい
彼は、銘木や竹材で作った茶杓と若い頃から集めた茶碗を展示し披露するとかである
奥さんは「折角やから、自分の漆芸作品も出したらええのに・・」と、こぼしてなさると聞く
彼は高校の後輩で美術部に所属、大学では哲学を専攻し、「考え過ぎた人」になったようだ
彼から、私に展示会で添え釜を懸けてくれという依頼があり、昨日二人で現地訪問した
やはりというか、案の定、炭火の使用は遠慮願いたいということであった
この書院屋敷は戦前は国宝であり、今は重要文化財であるとか、説明文を掲載

>今西家書院は永く興福寺大乗院家の坊官を努められた福智院氏の居宅を大正13(1924)年、今西家が譲り受けました。一説には大乗院の御殿を賜り移築したとも伝えられています。昭和12(1937)年8月25日、国宝保存法により、京都の二条陣屋、大阪の吉村邸と共に民間所有の建造物として初めて国宝の指定を受けました。
その後文化財保護法の施行に伴い、昭和25(1950)年、重要文化財となりました。室町時代における初期の書院造りの遺構です。<

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茶室の外側にある手水、立ち蹲踞(つくばい)で中程に彫り込まれた文様がある

今西家当主の奥方に、何故に立ち蹲踞なのかを訊ねた
奥方は、「そうなんです、以前から不思議に思っていました」と困惑気の表情に
昨今では、何処も千流の茶が羽振りを利かしているため、手水鉢は「蹲踞」が一般的
つくばって水を使うという「へりくだり心」から「蹲踞・つくばい」と云うとか何とかである
武家の茶は腰に大小を差したままで手水を使うので、つくばっては刀が邪魔になる
立ったまま使える蹲踞、まま、「立ち蹲踞」というヘンテコな名が付いたと云う話

奈良の地は元々武家茶が多い地である話をすると、奥方は興味津々という表情に
室町期の興福寺大乗院門跡所縁の豪族・古市播磨法師の茶の名残りかも
はたまた、織部や有楽、方桐石州も大和に所領があった云々とも話が進む・・
実は、今西家書院では見学者へ抹茶と和菓子の有料サービスが為されている
添え釜を懸ける身として、来客へ私の茶を出しても良いかどうか微妙
話の流れで私がユルリと尋ねると、さすが名家の奥方、「どうぞ、ご自由に」とハンナリ
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蛍袋(ホタルブクロ・桔梗科)が卒塾者宅の垣根から姿を見せていた
名の由来は、子供がこの花に蛍を入れて遊んだかと云われているが、もう一説
提灯の古名は「火垂(ほたる)」、その提灯に似ているのでとか、私はこの説を了としたい
メロンに似ていないとも云えないような・・

昨日は二つのニュースが目を引いた
一つは伊勢志摩サミットであり、もう一つが夕張メロンの落札価格である
サミットでは「持続的かつ力強い経済成長」に向けG7が協調行動を云々
夕張メロンの初競りで 尼崎のスーパーが二個三百万円の最高額で落札云々
この二つのニュースで、私が思い起こしたのは六年前に七十七歳で亡くなった小室直樹先生
彼は「知の巨人」とも「鬼才の学者」とも云われながら、奇人変人としても有名であった

彼の著書は平易で分かり易く、核心を突くところがあり、私も何冊かを読み納得したもの
その一冊の「国民のための経済原論 」にあったが話が妙に頭に残っている
まま、うろ覚えながら、「経済をよくするには皆でバンバン金を使うことである」
「酒を飲むなら焼酎のような安酒でなく、ヘネシーやシャンペンにしろ」のような論旨だった
焼酎を飲みながらその本を読んでいた私は、思わずグラスを置いた記憶がある

サミットで各国首脳が世界経済の向上への鳩首凝議をする中、「夕張メロン二個三百万円」
私には、故小室直樹大先生の言葉を思い出した今朝であった
2016.05.25 伝統工芸
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露地の竹皮草履と和装の本式草履の鼻緒の前紐(前壺に通す親指で挟む紐)

本式草履は前紐を通す穴(前壺)は裏側が蓋で覆われているのが普通
下駄の鼻緒が切れたと云って、手拭いを裂いて応急処置をしたのは中学高校時代
下駄の前壺は蓋の無い穴だけなので、抜けないように前紐を括ったものである
中高時代は下駄・草履が日常の履物、靴は学校用か他所行きのものであった
男は腰に平織り木綿生地の手拭いをぶら下げていたので、前紐修理は日常茶飯事

という訳で、私は露地草履の前紐が傷んで切れたものを修理しようと思っていた
奈良や伊賀の履物屋で竹皮の「鼻緒の紐」を探したがものが無かった
というより、竹皮草履の前紐が切れると草履そのものを交換するものだとか
写真でも分かるように、露地草履の竹皮前紐は細くて傷み易いのである
一万円近い草履である、本体がしっかりしているのに前紐が切れたら捨てろとは
私は諦め難く、履物屋を見ると竹皮前紐を探すのだが、京都高島屋でもついつい
和装履物の専門店「伊と忠」で前紐を尋ねると、そこの本店を案内してくれた

何のことはない、その本店は高島屋と四条通りを挟んだ斜め向かいにあった
店内に入り、次第を話すと女将らしき婦人が竹皮草履を手にして来られた
値札は九千円、前紐修繕は出来ないがと牙白色の前紐を見せてくれた
この前紐なら、色目が竹皮と違和感がなかろうということであった
店内とは暖簾で仕切られた奥に職人らしき人が台に坐って草履作りをしていた
傍まで行って次第を話すと、御仁「そうだんねん、もう職人が居りまへんわ」
「この紐は麻ポリ混合で丈夫やさかい、穴に通して外側で結ぶだけで宜しやろ」
私は五足分の十本を三千円で買う、高島屋の「日本伝統工芸展」何ぞやと思うた
あの履物屋の職人こそ、伝統工芸人であろうと嬉しくなった

素足の生活、鼻緒付きの履物を履くことが健康によいする学校の話がある
奈良県三郷町の学校では靴をなるべく履かせないようにという教育をしている
上履きとして、あるいは登下校用の履物として、素足に草履を履かせているとか
三郷町特産の健康草履、手作りの布ぞうり、わらぞうり、竹皮草履などである
これまた、嬉しくなる話
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昨日は「日本伝統工芸近畿展」の最終日、京都高島屋ま出掛けた
伝統工芸とは、経産省認定の産地で工芸士資格保持者が作った物と定義される
広義では日常民具の域を超越した、技巧的な産品という意味の工芸品だとか
役人が口を挟み出すと、必ずそれを受けた組織ができ、妙な言葉が生まれるもの

>伝統的工芸品産業の振興を図るための中核的機関として、国、地方公共団体、産地組合及び団体等の出捐等により設立された財団法人「一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会」は、全国の伝統的工芸品産業の振興を図るとともに、一般消費者、生活者が伝統的工芸品を正しく理解していただくことを目的として、国、地方公共団体、産地組合及びその他の機関の協力を得て各種事業を行っています。
また、「公益社団法人日本工芸会」は、無形文化財の保護育成のために伝統工芸の技術の保存と活用、伝統文化向上に寄与することを目的としています。<

笑ろてしまう
何十万円、何百万円の器や木工品が「一般消費者・生活者」の理解と支持を得る筈がない
ここの工芸士感覚とは、アートとクラフト、芸術と工芸、職人と作家となどの違い同様に
やがて「先生」と呼び合う世界に入り込み、「民芸・工芸」の職工の世界は失われていく

民芸思想家の柳宗悦が唱えた工芸とは、民衆の暮らしから生まれた美の世界である
民芸の価値を人々に紹介しようと、「民藝」という言葉を作ったのは大正十二年のこと
「用と美が結ばれるものが工芸である」、「器に見られる美は無心の美である」、そして
「工芸の美は健康の美、伝統の美である」と説き、伝統工芸の「民芸美論」を集約した

自作の品に何十万、何百万円の価格札を付けて展示する工芸作家の「先生」たち
宗悦が生きていたなら何と云うであろうか
まま、当流や有楽流の茶人仲間も陶芸やガラス工芸、そして漆芸で出品していた
私は会場でニコリと彼等に会釈、彼等もニコリ・・
昨日は卒塾茶事、蕎麦(そば)会席の後、立礼手前で茶を点てた
亭主が数日前から用意した心づくしの料理は、と云うても実質は奥方・・
向付がにしん煮、汁椀が蕎麦出汁、煮物が加賀胡瓜の海老しんじょう射込み
箸洗いが蕎麦湯、香の物が水茄子と柚子大根というものであった

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夏日ということで、席入り後に先ずは会席となる
蕎麦と蕎麦汁、そして薬味が膳で手渡しで出された

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飯器替えならぬ蕎麦の追加がザルで出た

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煮物は加賀胡瓜の海老しんじょう射込み(射込みとは中に具を入れ込む料理)
素人料理とは思えぬ出来栄えで、味も好評であった

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名古屋の青柳製菓のカエル饅頭が出され会席が終わる

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中入り後にカエルの鳴き声で茶席となる、先ずは灰をまき炭点前

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濃茶・薄茶と進むが、どういう訳かミスが連発
亭主の卒塾者曰く、「緊張で頭が真っ白」とか
まま、何とか無事に卒塾茶事が終わった

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後は「卒塾打ち上げ会」である、皆の持ち寄りの酒と料理が並べられる
よくぞ、三年の「男の茶の湯」稽古を続けられたもの、卒塾者に「乾杯」
2016.05.21 ヘビイチゴ
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伊賀越えの小屋で目にしたヘビイチゴ、毒は無い、こんな言葉がある
「世の中は 澄むと濁るで大違い 人は茶をのみ ヘビは人をのむ」

昨日、金曜日には一人で伊賀越えの小屋まで出掛けた
土曜日の朝から集まりがあるとの連絡をもらい、先日の救急車騒ぎの御詫びを兼ねてのこと
榊原温泉口駅で私はタクシーを四十五分待った、タクシーが一台しか居ないとの由
大分県警の警官がホームや改札口辺りに屯していた、サミット警備であろう
小屋に着くと早速、私は近隣に頭を下げに回る、ひたすらペコペコ
小屋に入って先ずは窓を開け空気を通す、塾生が部屋の片づけをしてくれていた
外は暮れなずみかけてきた、私はおもむろにビール缶を手にして、温泉に浸かる

翌日の集まりは午前中で終わって、近隣の方に駅まで送ってもらった
やはり、駅には警官が数人居たが今度は岐阜県警であった、全国から動員されているようだ
西大寺で昼飯ど晩飯を兼ねた食材を買うて家路に着く
明日は卒塾者の茶事の日である、頼まれた道具を揃えて青竹を削り箸をつくる
竹箸は中節が三膳と止め節が一膳の計四膳とした、切って洗っていた炭も良く乾いていた
まま、これで良しとして家の中に入って、買うてきたブリカマに塩をふりグリルで焼いた
疲れが出たので、焼酎のビール割りで喉を潤す、白鵬の優勝をテレビが伝えた

同じくテレビは舛添東京都知事に関するニュースも流していた
私は二十五年前とされる舛添氏の語る言葉を面白おかしく聞いた
>「公私混同は失敗の元」だと強調、「ビジネスがらみか、自分自身の楽しみのためかの区別ができない男はダメである」、「その費用は誰が出しているのか考えるべきだ、自前の金も出せない男に自由はないのだ」< とか

罪とは、分らないから犯すのではなく、分かっていて犯すものあろう
東大法学部教授から国会議員、都知事になった舛添はんへの「教育指導」とは・・
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卒塾者の方からまた山紫陽花を頂いた、「紅・くれない」というとか、向こうが「七段花」
もう少し経つと、この山紫陽花はその名の通り「紅・くれない」に色づくという、楽しみである

実は、先の写真・勧修寺の蓮の記事を見られて卒塾者は来られたのであった、仰るには
「我が家の蓮をお取り上げいただきありがとうございます。蓮は20年程前に山科の勧修寺へ参った折に『ご自由にお持ち帰り下さい』の札につられて貰って来たものです。私の滑舌が悪く山科⇒→山梨?申し訳ございませんでした。」
私は、「いえいえ、私の耳もボチボチ傷んできております故のこと、お気を煩わして恐縮です」
卒塾者が本貫の地・山梨へよく行かれることを知る私の「思い込み」による早とちりである

私は、自分の思い込みが強い方であり、これまでもよく失敗をする
先の記事にした他流を招いての茶会で自流当代家元の軸を床に掛けることの是非
とある流儀の高弟に聞くと、それなりの話であった
「自分が習っている流儀の師匠や当代家元の軸を床に掛けるのは弟子として当たり前、
その思いを他流の方々にも知ってもらうのが流儀の弟子の心得というものでしょう」

成るほど、そういう考えや思いもあるのかと、私は妙な納得(?)をした
然しながら、私の思いとは何かしら違うものがあり、心から納得はできないまま
よく云われる理解出来る(understand)と納得出来る(agree)の違いであろう
然しである、法要茶会副席で広島の先生方が当代宗家の軸を床に掛けたこと
その是非について、私は当代宛に手紙を出している、勿論「非」としての苦情である
どうも言わずもがなで良かったのかも・・、これで復々嫌われるハメになろう

因みに、勧修寺の寺名のこと
「かんしゅうじ」「かんじゅじ」などとも読まれることがあるが、寺では「かじゅうじ」
一方、山科区内に存在する「勧修寺○○町」という地名の読み方は「かんしゅうじ」、とか
2016.05.18 箱書文化
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金沢の茶友から頂いた「生落雁」と箱の中にある能書・添付文、ナカナカの美味である

菓子の添付文と似たものに、茶の世界には「箱書」というものがある
道具を納める箱に、その道具の由緒や出自を記したり、「銘」を入れたりしたもの
書き手は一角の御仁であり、多くは「茶道の家元」が書き手となっているのが相場
茶席に箱書を出し、客が有難がって「拝見」し、頭を下げるという茶道風習である
当流・上田宗箇流では、箱書を出したり見せたりするという風習は元々なかった
と云うか、茶室では道具話を控えめにする雰囲気があり、亭主は聞かれた道具のみ応えたもの
十数年前から京都の地で当流も茶席を持つようになったが、箱書を見たいという要望を受けた
そこで当代宗家は一箇所に箱書を並べ置くようにした、他流客のニーズに応えたのだ(^^)

私には、大枚の金が箱書の裏で流れるという業界の「箱書裏文化」というものが理解不能
不必要に箱書を重宝がらせることで成り立つ商売に他ならない、と私は思うがどうであろう
箱書を商売のネタにして蠢く輩には近付きたくはないというか、茶とは違う別の世界と見る
ところが、茶とは違う世界であるものが、実際は茶の世界そのものになっているとは、これ如何
私は上田宗箇流に入門して四十数年になるが、自流宗家の箱書は一個も持っていない
勿論、先代や当代自筆の銘入り道具は持っているが、それは箱書とは別の話である
臭気紛々の箱書文化に対し、その最中にある千流の人の書き込みを見たので転載
・・そこはかとなく哀れを誘う

>家元に納める箱書料は裏千家の場合、茶わんが4万円、抹茶を入れる棗(なつめ)で5万円。ゆかりの銘を頼めば1万円増しと決まっている。大流派の家元には全国から連日のように茶道具が持ち込まれるため、箱書料は許状料に次ぐ収入源ともいわれている。 だが、いったん道具商の手を経ると、箱書の価値はさらに高まる。地方に行けば、稀少価値も手伝って値段もつり上がる。 「20万円の茶わんでも箱書がつけば倍の値段で売れる。高麗茶わんのような骨とう品だと数万円が5倍、10倍にはね上がる のは珍しくない」と京都市内の道具商は打ち明ける。 箱書の威光を利用した偽物も多く、裏千家では折りにふれ会報で「ニセモノに注意を」と呼び掛けているほどだ。 箱書を申請してから出来上がるまで2、3カ月から半年余り。一方で、2年近く待たされたり、「このままお使いください」 と断られる場合もある。急な入り用などで無理を聞いてもらえるかどうかは、店の評判に響くだけに業者にとっては重大な関心事だ。それだけに普段から家元との密接な付き合いは欠かせない。家元や高弟が催す茶会や献茶式では、何人もの出入り業者が道具運び や掃除、受け付けの手伝いに汗を流す。 「家元に世話になっている立場上、ご奉仕は当然。ただ、店の繁忙期には勘弁してほしいと思うことも」とある老舗(しにせ) 業者は話す。 これほど箱書が重視されるのは、茶会での道具の比率が高く、茶器の由来や銘にまつわる逸話などの鑑賞も重要な要素とされるからだ。しかし、出された箱書の顔触れで茶会の評価が決まるような風潮もあり、「経済的負担が重すぎて、茶会を開くのが嫌になった人も多い」 (ある茶道教授)との声も聞こえる。利休が説いた「わび茶」の精神と、根強い箱書志向が生むぜい沢な茶の湯。二つの矛盾する茶の湯の姿は、解決できないジレンマにも見える。 <
2016.05.17 老舗
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卒塾者宅の玄関にあるメダカ鉢に蓮の花が開いた、京都山科の勧修寺の蓮の連枝、
この蓮は、卒塾者が本貫地・甲斐の勧修寺で頂いたもの、この時期の楽しみの一つ
多分、山科の勧修寺が本家・宗家・元祖とかであろう

千鳥屋総本家が民事再生へ」とあった、負債総額は債権者約180名に対して約23億円
「千鳥屋」は寛永七年(1630)、佐賀で創業した「松月堂」を出自とする菓子屋である
長崎の南蛮菓子の製法をいち早く学び、丸ボーロやカステラを専門に作っていた
福岡県の飯塚に松月堂の支店として「千鳥屋」を開き、昭和十四年に本店とした

数百年の歴史を持つ和菓子の老舗とは、奈良を出自とする「塩瀬総本家」とか
京都を出自とする「総本家駿河屋」や「虎屋」、大阪を出自とする「鶴屋八幡」が有名処
九州を出自として、老舗菓子屋で全国に事業展開している稀有な存在であった
先に駿河屋の倒産騒ぎもあったので調べると、グループ四社の一つの話であった
千鳥屋総本家株式会社 (東京都豊島区に本社)が昨日東京地裁に民事再生法の適用を申請

株式会社千鳥饅頭総本舗 (福岡県福岡市博多区に本社)
株式会社千鳥屋本家 (福岡県飯塚市に本社)
株式会社千鳥屋宗家 (兵庫県西宮市に本社)
以上の千鳥屋各社は本貫の九州や畿内で商統を守っておられるとの由
まま、東京でチャラけた話に浸かると商売は失敗する例になったようだ


老舗の名で思うこと
本舗・本家・宗家・元祖云々とはどう違うのであろうか、使い分けを聞きたいところ
それにしても、日本とは老舗が多い国である、ある調査では世界の中でも断トツである

>200年以上の歴史のある企業5586社の中、3146社が日本の会社だったそうです(全体の56%)。ちなみに、その他、多かった国は、873社がドイツ、222社がオランダ、196社がフランスとのこと。これは別の調査ですが、2009年に日本で行われた調査では、100年以上歴史のある会社が、日本には2万1000社以上ある<

数値によって日本という国体を表すものであろう、つくづく思うに日本はすごい国である
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大徳寺三玄院の前に立つ塾生

昨日は大徳寺塔頭三玄院で、流祖・上田宗箇の法要茶会が行われ参列
三玄院は桃山期の天正十七年に浅野幸長、石田三成、森忠政が創建したもの
幸長と三成は豊臣政権の五奉行、忠政は織田信長と共に本能寺で最期を遂げた森蘭丸の弟
開祖は春屋宗園(大徳寺百十一世)といわれる

この宗箇忌茶会は本席の濃茶は宗家、副席の薄茶は年毎に畿内勢と広島勢が交互に担当
今年の薄茶席は広島勢の担当であったため、私と塾生は客として席入りする
客の半数以上が他流儀の方々であり、私達は三カ所に分れ他流の間に挟まれて坐った
白と青の干菓子が五個づつ、或いは七個づつ菓子盆に入れて出され、客は一色づつ懐紙に取る
私の席で一盆分の初め、つまり前隣の席が先の盆の最終となったのだが、隣席二人がもじもじ
盆を見ると、白が二個と青が一個となっており、隣席二人が譲りあっておられたのだ
その時、私の反対隣の二人組の女性が私に耳打ち、「あちらの方が青干菓子を二個取られた」

その目の先は我が塾生の席、私はとっさに手を上げ、お運びの女性に「干菓子持って来て」
女性は「あれッ」という表情になったが、菓子盆を持ち帰り新たな盆を持ち出して前に置いた
水屋の菓子担当が応分の干菓子をセットにして準備しているので、過不足はないハズ
ワンセット分の菓子を持ち出してきたのは咄嗟の配慮、私はニコリとお運びの女性を見た
隣席の他流の女性たちに、「いっぱい来たから、お好きなだけもらったら」と声を掛けた
「私も貰おう」と私は云い、白青もう一個づづ取り、「耳打ち」をしてくれた人達へも勧める
これで一件落着、後で聞くと塾生一人の摘まんだ干菓子がくっ付いて二個来たとの由、まま
どういう訳か、薄茶の点て出しが私のところへ来た時、数茶碗でない好い平茶碗の茶が出た

この薄茶席では、私にはちょっと気になることがあった
床の軸に当代宗家の一行ものが掛かっていたことである
床の軸とは、客が「拝見」後に頭を下げる、それは軸へでなく揮毫者への礼である
従って、他流の客も招いた席では自流の人間の書を掛けないのが道理であろう
昔の人や故人となった人を偲ぶ場合なんかではこの限りではないとは思うが・・
他流では、これ見よがしに「当代家元」の書を掛けている茶席を時々見掛ける
私は内心でその席主を訝しく思い、その席を早々に退散したくなるのが本音である

拙宅の茶囲い「朋庵」の額の字を、私は当代宗家に頼んで揮毫してもらった
その書は軸に表具しており、時折床に掛けるが他流の方には庵名揮毫故との断りを入れる
「当代家元」の軸とは同流の茶で掛けるもので、他流の人を招く席には相応しくないと私は思う
その日の薄茶席を担当したのは、広島の比較的若い先生方達と聞いた
彼女たちは純粋無辜の方々であり、自分達の晴れ舞台に「当代の軸」と心から思ったのであろう
師範代には私の思いを云ったが伝わったかどうか・・

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大徳寺土産(?)の日本酒、まま、般若湯というのかも

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御丁寧に「おつまみ」付き、大徳寺納豆である、私は甘納豆を酒のツマミにする方が好きである
2016.05.14 七段花の生長
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この三日のブログに掲載した「七段花・シチダンカ」の蕾が色付いてきた

江戸時代に、シーボルトの「日本植物誌」でも紹介されているが、幻の花となっていた。
それが、昭和三十四年に神戸の六甲山に自生しているのを小学校の先生によって発見された
一般の山紫陽花との違いは、両性花が退化していて花が咲く前に落ちてしまうこと
そして、装飾花が重弁化していることであるが、まま、山紫陽花の一種ではある

卒塾者の方に頂いた切り花を挿し木したのは三年前のことになる
挿した枝は、しばらく鉢の中で青葉を付けていたが、やがて朽ち枯れた
それが、今年になって草が生えて来たをそのままにして置いたら、七段花であった
三年前に朽ち枯れた挿し枝は、どの様に鉢の土の中で命を繋いでいたのだろうか

挿し枝には葉が一枚以上ついていないと付き難い、葉の基部から芽が出ることが多いためとか
ただし、枝についた葉は半分くらいで切り取っておく、水分の蒸散を抑えるためだということ
挿し枝には根がないので、水分の吸収が悪いためということである
枝からの芽の伸長は体細胞分裂で、遺伝的な多様性は生じず、親木と同じ性質のものが生じる
挿し木栽培の技術は、今で云う「クローン技術」に他ならない、昔の人は理屈抜きで知っていた

さて、気になったのは「成長」と「生長」という言葉の使い分けである
新聞各社は「成長」で一本化している様だが、NHKではこの二つの使い分けを続けている
成長、「成体」を目ざして大きくなる動物学的「セイチョウ・成長」であり
生長、「生えた」後に大きく伸びていくのが 植物学的「セイチョウ・生長」である
この二つの言葉は、考え方の違いがあるとして、元々は使い分けがされていた
それが最近のマスコミ人間の「安直短」・「軽薄譚」書き込みの風潮で一緒にされた

実は、「生長の家」という宗教団体があり、私には忘れ難い想い出が残る
NHKテレビドラマ「おしん」は一世を風靡したが、主人公は実在の女性
静岡という地方から、世界各地に事業展開を果たす企業グループの基盤を作った方である
長男・次男は量販企業「ヤオハン」の社長・副社長、三男はブラジル、四男は香港へ
兄弟は、母親の教え「生長の家」の信徒で、兄弟でも敬語を使う礼儀正しい一家であった

「ヤオハン」が経営悪化に陥り、香港から四男が戻って社長となったが、時既に遅しで倒産
四男は命を絶った、自分一人で全ての責を負った形になった
私は、四男の御仁とは仕事の戦友として公私に亘るお付き合いを頂いた
御仁は慶応大学から伊藤忠商事に入り、あの瀬島龍三氏の部下として氏の薫陶を受けた
見識・人品に加え、大きな戦略眼を持った人であった、その死は今もって悔やまれる

「七段花」の挿し木が三年経って鉢の土の中から芽を出し生長、その「生長」という言葉
ほろ苦いものがある
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竹藪で見たスイカズラ(吸い葛)、常緑で冬場を耐え忍ぶ事から別名・ニンドウ(忍冬)

「吸い葛」の意は、古くは花を口にくわえて甘い蜜を吸うことが行なわれたことに因む
砂糖の無い頃の日本では砂糖の代わりにしたとか、確かに甘い香りがする
面白いことに英名が(honeysuckle)、honey・蜜、suckle・乳を吸う、洋の東西で似た名称
また面白いことに、米国では葛(くず)と共に日本から来た有害植物に指定されている
米国の地に合うたのか大きく育ち繁殖力も旺盛となり、植物生態系を荒らしているとか
米国から帰化したセイタカアワダチソウは、日本で異常繁殖し有害植物となっている
処変われば品変わる、人も置かれた環境で変化(へんげ)し、扱いも変わるのは世の常

私は何処へ行っても嫌われ者だが、まま、それも善しとする
2016.05.12 花の命
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伊賀越えをする六日の朝、まだ開いていない紅白の芍薬(しゃくやく)を床に活けて家を出た
昨日に女房殿のご帰還があり、五日ぶりに床の間に入ると花は萎れ、花弁が落ちかけていた
芍薬はその名の通り、根が消炎・鎮痛・抗菌・止血・抗けいれん作用がある生薬である
牡丹が「花王」と呼ばれのに対し、芍薬は花の宰相・「花相」と呼ばれ、茶花として重宝された
まま、「立てば芍薬、坐れば牡丹、歩く姿は百合の花」と云われるのはこの辺りの話であろう

震災地・肥後熊本には、武士のたしなみとして始まった「肥後六花.」云われる花がある
肥後菊、肥後椿、肥後山茶花(ひごさざんか)、肥後花菖蒲(ひごはなしょうぶ)、肥後朝顔
そして、肥後芍薬(ひごしゃくやく)の六つを「肥後六花」と呼んでいると県報にある
赤花を赤芍、白花を白芍としたり、野生品を赤芍、栽培品を白芍としたりするが、正しくは
外皮をつけたまま乾燥したものを赤芍とし外皮を取り去って乾燥させたものを白芍とするとか

床に活けた赤芍と白芍、その花の盛りを誰にも知られることなく、萎れ朽ちることになった
何か可哀そうなことをした気分になった、花の命の短さとは清少納言や小野小町が詠み
近くでは、林芙美子浮の「浮雲」の一節が有名どころ
「 花のいのちはみじかくて. 苦しきことのみ多かれど. 風も吹くなり. 雲も光るなり」

しかし思うに、男性より寿命が長い女性が「命の短さ」を嘆くとは合点のいかぬ話である
つまり、「花」とは妖艶・色香・魅惑を意味するののであって、女性そのものではないようだ
出戻り女房殿は、三色団子を昼飯にするとかで卓袱(ちゃぶ)台の上に置いてナサル
床の芍薬には目も触れず、「花より団子」ということである
2016.05.11 失神の功名
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秋篠川の支流で泳ぐ鴨夫婦、先に写した同じ鴨夫婦カモ・・

昨夜遅くというか、午前様の時刻に家出中の女房殿が戻って来た
玄関の音と電灯の明りで、私は目が覚めた
私「誰や?」
女房殿「私です、体の具合はどうですか?」
私「背中が痛い」
女房殿「さすりましょうか」
私「うむ」
結局、娘一家のところへ居たと云う話
誰しも思うところで、私にすれは「いちびり」の範疇
だが、まま、ここは何も云わずに、そのままとする

私の失神事件は、女房殿には家に戻るこれ幸いの口実となったようだ
その証拠に、昼過ぎにはカラオケマイクを握って一人で気分良さそうに歌っていなさる
この二月に、女房殿の誕生祝いとして私が買うたカラオケマイクである
我が家の愛犬「ハナ」も嬉しそうに女房殿の横に坐っている
成る程に、犬も喰わんという話か・・

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鴨夫婦の泳ぐ小川の岸辺に咲く「あやめ」、夏が来た
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スズメノエンドウかと思うがどうであろう、私の脳ミソは未だ失神状態

前の記事で私が気を失ったことを書いたら、早速何人から連絡をもらった
ある同級生は、自分も風呂上がりで倒れ、五分程失神していたが自分で生き還ったとか
少し年上の方は、自分も厠で倒れて救急車で運ばれたが血圧の上リ下がりだったとか
また他に、自分の叔母が同じ様な状態で亡くなったという慰めとも警告ともつかぬメールも頂戴
そう云えば、私の二つ上の従兄が風呂で死んで十年近くなる、彼は脳溢血ということであった

私は思った、あのまま死んでいたなら全く苦痛の無い、見事な安楽死であったろうと
偶々、居てくれた人が救急車で病院へ運んでくれたお蔭で助かったが、一人なら「孤独死」かも
私を看取ってくれるのは愛犬「ハナ」だけだったろう・・実際、ハナは私を気遣っていたとか
また思った、ある友人が云った言葉のこと、「人間の一生とは、死ぬその時に何を思うかだ」
私は、その時に何も思わないままで失神、私の人生は思いの締めくくりが出来ないままだった

人間を「ニンゲン」と読めば「ひと」であり、「ジンカン」と読めば「世の中」であるそうな
人間万事塞翁が馬とは、「じんかんばんじさいおうがうま」で、世の中結果は解らない云々
ほろ酔いで温泉に浸かり、新緑に包まれたせせらぎの音と鳥の鳴き声を聞いたのが最後の記憶
私の望む生き様は酔生夢死、よってあのまま死んでいたなら、正に酔生夢死で昇天したろうに
死に去るとは、「この世の中」から去るということなのか、
それとも、「この森羅万象」から消えゆくということか
私には、「世の中」ということより「森羅万象」との別れに思えるのが、今日この頃である

どうも、失神明けの脳ミソはつまらんことを考え出す





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温泉小屋の入り口に陣取る愛犬「ハナ」、番犬然とした姿が好ましい
昨日今日と伊賀越えの温泉小屋に出掛け、「淋間(淋汗)茶の湯」の稽古をした
茶祖・村田珠光の一番弟子・古市播磨が始めた茶事の原型といわれるもの
風呂に入り、酒と食事を楽しみ、連歌を詠み、茶を喫するということである

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小屋の茶囲いは自在を吊るした二畳の向う切り本勝手、まま、最小の茶室である
茶室は、炉四畳半・台目席・向う切り・隅炉の夫々に本勝手と逆勝手の八炉がある
殆どは炉四畳半と台目席で、向う切りと隅炉は余りない

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一風呂浴びた後の網焼き会席の様子
伊賀牛とイワナ・イカにトウモロコシ・玉ネギ・南京・キノコ・キャベツ等々
酒は、ビール・日本酒・焼酎・赤と白のワイン、塾生の所作は崩れ宴会の雰囲気となっている

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私が風呂に入り、事件となった
ここの温泉は榊原温泉郷と同じ源泉を引いており、肌にヌべヌべとして香りも好い
掛け流しにというか、溢れ注しながら順番に入ってビールで喉を潤したのである
私はほろ酔い加減で、ユックリと湯に浸かって出たのだが、それっきり記憶が無くなった
塾生たちの話によると、ドカッと大きな音がしたので駆け付けるとこの場に私が倒れていたとか
大きなイビキをかきながら意識不明になっていたので、救急車を呼び病院へ運んだという
私は救急車の中でも、病院でも「ここは何処や、ワシは何してんねん」と繰り返したらしい

看護婦が点滴をする時に「何処か悪いところがありますか」と問い掛け、私は応えて曰く
「ワシの悪いとこはアタマだけや」、意識不明の状態ながらナカナカの応答だったようだ
それを洒落の解らぬ当直医、ではと私の頭のCT検査をしたらしい、その画像を見て
「脳ミソは若々しい、大丈夫です」とのたまいなされ、聞いた私はニンマリしたとか
まま、何と云われようが、私には全く記憶の無いところ
翌朝は五時起きで炭をおこし鉄板をかけ、焼きそば朝食の後に濃茶と薄茶の向う切り本勝手点前
そして皆は連歌モドキを半紙に認めた、発句は私

せせらぎの 音静かなり 山小屋に
我ら集いし 伊賀越えの茶事
雨後の山 新緑に鳥 鳴き競い
夏待ちわびる 忍ぶ里山
新緑の 榊の原に 茶の湯して
我らの翁 風に舞う・・(?字足らず)

・・やれやれ
2016.05.06 姑息対局
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和歌山の朋友との囲碁対局、これまで九連敗を喫している私は「姑息」な手段に出た
薄茶を点てた後、相手の盆に飲み物を並べた、生茶・麦茶・紅茶・コーヒー、そしてビール
相手は「おッ、ビールが出たか」と早速ビールに手を出した、私は「シメタ」とほくそ笑む
これまでは対局後の食事で酒を飲むのが恒例としていたが、彼のビール好きを知っている
これで良しと、もう一本奨め、500cc二本を飲まして酔いの回るの心待ちにユックリ対局

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中央下の部分、私の黒石四つと一つに彼は両当りの白石を打ちニタリ、私はホゾを噛む
私は悔し涙で投了、彼は声高らかに「これで十連勝、もう一回やりますか」(^^)
私は「やらん」と横を向く、ビールの効き目は無かった、姑息な作戦は駄目だった
後で向かったのはインド料理、もちろん負けた私の出費、マトンカレーが苦かった
彼は「今日はビールが進まんな」、当り前、対局中にビール二本を飲んでいる為だ

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家に戻ってから碁盤に碁石を並べ直してみて気が付いた
勝負所で、彼のささやき作戦に私は引っかかっていたのである
この局面で、私は中央右下の白石四つをシチョウで押さえ「勝ち」を意識
その時に彼はささやいた、「落とし穴に気を付けんなアキマヘンで」、私「うん?」
私は、これは拙いと攻めの手を緩め、黒石を横に繋いでしまった
すると、その横の私の黒石四つと一つが両当りとなった、これで私は投了

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私が白石を攻め続けておれば、両当りと打たれても白石を取り上げれば良し
そうすれば、恐らく中央下の彼の白石二つが逃げ出しを図るであろう
私は、左辺の白石を取り込みに回って勝利と、まま、勝手読み
ビール作戦が、ささやき作戦に敗れた、やはり姑息作戦はイカン
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川岸に茂るイネ科の雑草、イチゴツナギの一種と思うが名前は知らない
イネ科の植物は世界に八千種があると云われる大きな科だとか
イネ(米)、コムギ(小麦)、トウモロコシ、オオムギ、ライムギなどの穀物はイネ科
その他サトウキビやタケやススキなど馴染深い植物が多く含まれる

今日・端午の節句と文化の日(明治節)は、和歌山の朋友との囲碁対局の日
五時に起き、私の朝飯としては珍しく食パンとマーガリンを食した
テレビをつけると、ニュースで「一か月に一度も米を食べない二十代が二割」
私のマーガリンを持つ右手が止まり、左手にあるパンをジッと眺めた
私は、パンへの支出が初めて米を上回ったのは平成二十三年と知ってはいた
総務省から年に一度の家計支出調査報告書というものが出されている

しかし、一か月間で米を一度も食べない若者が二割も居るとは驚いた
またしかし、女房殿が家出中の私はご飯を炊く気になれず、パンと麺で済ます
つまり、独り身ということでは若者と老人は同じ境遇の食生活になるということ
これからの日本社会を考えると、米から麦の文化に変貌することになろう
弥生時代から培われた瑞穂の国の米文化が、今から麦文化に変わるということ

本日の囲碁対局、茶うけは米の「粽・ちまき餅」とする、これから買いに出掛ける
2016.05.03 憲法記念日
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一昨年、平成二十六年七月八日のブログ記事「七段花とメダカの赤ちゃん」
貼り付けることにする、http://houan7010.blog.fc2.com/blog-entry-392.html
実はこの時の挿し木は、次の年、つまり二十七年には朽ちて姿を消していた
何となく、水遣りだけは続けていたが、挿し木のことは諦めていた
今年はこの鉢にスズランを植え、水を遣っていた
すると、春頃に何かの芽が出て来たので、引き抜きもせず放置しておいた
その芽は成長して小さな蕾を付けだした、紛れもなく七段花の蕾である
挿し木した七段花の小枝は、鉢の土の中で二年間生きていたのである、感無量

今日、五月三日は「憲法記念日」で国民の祝日だという
昭和二十二年五月三日に日本国憲法が施行されたことを記念したものだそうだ
私は進駐軍、GHQが作成したものを「日本国憲法」とするには、承服し難い思いを持つ
私としての憲法記念日は五月六日、聖徳太子の十七条の憲法が布告された日である

推古天皇十二年夏四月丙寅朔戊辰(ユリウス暦607年五月六日) 皇太子親肇作憲法十七條
夏(なつ)四月(うづき)の丙寅(ひのえ とら)の朔(ついたち)戊辰(つちのえ たつ のひ)に、皇太子(ひつぎのみこ)、親(みづから)肇(はじめて) 憲法(いつくしきのり)十七條(とをあまりなな)を作(つく)りたまふ

一に曰く、和(やわらぎ)を以て貴しと為し、忤(さか)ふること無きを宗とせよ。人皆党(たむら)有り、また達(さと)れる者は少なし。或いは君父(くんぷ)に順(したがわ)ず、乍(また)隣里(りんり)に違う。然れども、上(かみ)和(やわら)ぎ下(しも)睦(むつ)びて、事を論(あげつら)うに諧(かな)うときは、すなわち事理おのずから通ず。何事か成らざらん。

二に曰く、篤く三宝を敬へ。三宝とは仏(ほとけ)・法(のり)・僧(ほうし)なり。(略)
三に曰く、詔を承りては必ず謹(つつし)め、君をば天(あめ)とす、臣をば地(つち)とす。(略)
四に曰く、群臣百寮(まえつきみたちつかさつかさ)、礼を以て本とせよ。(略)
五に曰く、饗を絶ち欲することを棄て、明に訴訟を弁(さだ)めよ。(略)
六に曰く、悪しきを懲らし善(ほまれ)を勧むるは、古の良き典(のり)なり。(略)
七に曰く、人各(おのおの)任(よさ)有り。(略)
八に曰く、群卿百寮、早朝晏(おそく)退でよ。(略)
九に曰く、信は是義の本なり。(略)
十に曰く、忿(こころのいかり)を絶ちて、瞋(おもてのいかり)を棄(す)て、人の違うことを怒らざれ。(略)
十一に曰く、功と過(あやまち)を明らかに察(み)て、賞罰を必ず当てよ。(略)
十二に曰く、国司(くにのみこともち)・国造(くにのみやつこ)、百姓(おおみたから)に収斂することなかれ。国に二君非(な)く、民に両主無し、率土(くにのうち)の兆民(おおみたから)、王(きみ)を以て主と為す。(略)
十三に曰く、諸の官に任せる者は、同じく職掌を知れ。(略)
十四に曰く、群臣百寮、嫉み妬むこと有ること無かれ。(略)
十五に曰く、私を背きて公に向くは、是臣が道なり。(略)
十六に曰く、民を使うに時を以てするは、古の良き典なり。(略)
十七に曰く、夫れ事独り断むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし。(略)

つらつら見るに、今以って世界最高の憲法であろうと思う
世界の憲法は、人民と国家の契約書ということを憲法観の根底思想としている
聖徳太子の憲法観は違っている、民と国とに契約概念なんぞあろうハズがないということ
確かにそうである、民とは国であり国とは民である、この概念こそ日本という国の姿である
外国のように、民は為政者の支配するもの、国は民を統治するもの、と云う概念とは異質

この五月六日、朋庵の塾生と伊賀越えをして温泉小屋で「淋間茶の湯」の稽古をする
茶の湯や茶会の原型として茶祖・村田珠光の一番弟子・古市播磨が行ったものだ
風呂に浸かり、浴衣で酒と季の物を楽しみ、連歌を詠み、そして茶を喫する
朋庵での「祝・日本憲法記念日」、ついでに「祝・日本拳法」も・・
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茶杓の竹を浸けておいたバケツの底に、実は竹に隠れて亀が潜んでいる
昨日の稽古で、炭切りをしていた塾生が「亀が歩いて来ました」と伝えた
秋篠川の亀である、我が家と秋篠川の間には神社の森があるのだが・・
時偶、亀が我が家付近まで姿を見せることがあるので、いつも不思議に思うところ
亀の手足では神社の森は山あり谷ありで、通り抜けるのは並大抵ではなかろうに
何時もは、愛犬「ハナ」が見つけて来るのだが、昨日は塾生が見つけた
「ハナ」が亀をかじって悪戯をするので、取り敢えず竹を浸けたバケツに入れた

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今朝、バケツを覗くと亀は底にうずくまっていた、ミドリ亀である
ミドリ亀は観賞用とし輸入されたが大きくなり、可愛くなくなって川や池に捨てられる
ミドリ亀は繁殖力が旺盛で、日本固有種の石亀の生息域を荒らし、石亀を減少させている
奈良の猿沢池でも、石亀の保護するために、昨年にはミドリ亀の駆除が行なわれた
ミドリ亀そのものには罪はなく、亀の輸入販売業者と無責任な飼育舎の為せる罪である
今日は生ごみの収集日、生ごみの袋に入れ一緒に出そうかとも思った
しかし、収集車の圧搾機で潰されて死なすことに躊躇させられた、(亀の目が私を見た)
仕方なく「ハナ」の散歩がてら、秋篠川まで袋に入れて持って行き、川辺に置いた


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首をすくめ、手足も引っ込めたままだった亀を水の中へ戻すと、少し顔を出しかけた
亀の下方は、私が携帯で写そうと差し出した手と携帯の影である
手も出だしたので、そのまま私は土手道に戻ると「ハナ」が待ちかねていた
私としては、善いことなのか拙いことなのか、考えさせられた(良いことでないと自覚)
この日本に「ペットショップ」なんぞは要らない、日本の動植物の生態系を乱す元である
なにより、生き物を商品として扱うその心根とは、米国の奴隷商人のそれと同じである
今度の参議院選挙でペットショップの禁止を争点にしてもらいたいもの

もしもしカメよ、カメさんよ、もう我が家に来るなよ
2016.05.01 花が豊穣
今日の稽古には、「投げ入れ花」をしている塾生が色んな花を持って来てくれた
自宅で植えているとのこと、今日の花担当塾生は大助かり
各人夫々勝手美学で花を入れた、出来栄えは「やはり野に置けスミレ草」

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鳴子百合(なるこゆり)ユリ科、、ホウチャクソウ似ているが違う種類
鳴る子とは、ぶら下げた木や金属が揺れて音を出し野鳥を追出すもの
忍者が侵入した屋敷で、この鳴る子に引っ掛かるシーンがよくある

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楊貴妃(ヨウキヒ)と紫菫(ムラサキスミレ)
楊貴妃は錨草(イカリソウ)の仲間で、野生で自生するが気付かれないことが多いとか
白い菫・肥後スミレが我が家に咲いたが、これは紫菫である、やはり菫の定番は紫かも

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天南星(てんなんしょう)と狸蘭(たぬきらん)
天南星はサトイモ科で世界に多種あるが、これは日本列島から朝鮮半島に分布する種とか
狸蘭は、カヤツリグサ科スゲ属で日本原産、狸の尻尾に似ていることから名付けられたらしい

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端午の節句である、遊鯉の軸に菖蒲の花、菓子は柏餅のこしあんとつぶあん
東京系の人はこしあんを、畿内系の人はつぶあんを好むようだ

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ケマン(仏具の華鬘)草、別名・鯛釣り草
華鬘に似ているから、釣られた鯛に似ているからとか、まま、軽い名付け

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今月で丸三年となり卒塾するお二人が、風炉の灰押しをした
出来栄えを見ると、留年も有りかという思いが脳裏をよぎった