2016.06.30 市井の偉人
2016062506010000_20160630082311029.jpg
先日の奈良の雨で崩れた散歩道、九州の大雨は如何ばかりかと・・

私の囲碁師匠がアマ本因坊戦奈良県大会で優勝したことは前に書いた
この日曜日にも小学と中学の囲碁大会があり、共に師匠の教室の生徒が優勝
私は師匠のことをつくづくと感心、まさに市井の偉人だと思うところである
師匠の囲碁教室は近所の公民館で開かれており、私も何度か行った
五十人ぐらいの生徒が囲碁に限らず挨拶や礼儀の躾(しつけ)も受ける
親御さんたちも協力的で役割分担をして教室の運営に自発的に参加されている
生徒の会費は月間百円、会費の管理もお母さんたちが行っていると聞く

師匠は大阪外大(今は大阪大学外国語学部)では囲碁部の主将であった
師匠とは、私が仕事で関係する会社の営業マンだった時に知り合った
私は囲碁を全く知らなかったので、すごい囲碁の達人と知る程度であった
ある時に、囲碁アマチュア選手権で全国ベストエイトに進んだことを聞き感心した
日頃は営業マンとして各地を廻りながらの大会参加は大したものという思いである
定年後は、中学高校の囲碁指導と子供囲碁教室の運営に携わる日々だったとか

私が還暦を過ぎ、生来の天然ボケに加齢ボケが入り出した頃、囲碁の効用を聞いた
師匠に連絡を入れると「それは良いことです」と早速手解きを受けることになった
爾来十年近くなるが、私の囲碁の腕前は遅々として向上しない、師匠は根気強い
程度の悪い生徒の私を決して叱らず、常に褒めそやして元気づける指導法である
師匠曰く、「還暦過ぎて始めた割にはスジが良い」、「見所がある」云々
この数年、謝礼も受け取らずによくもまあと思うぐらいに肩入れ指導をしてもらう
さすがに自分のスジの悪さを自覚して来た私は、申し訳の無さにへこんでいる

師匠曰く、幾度か奈良県チャンピオンなった頃より、定年後の方が勉強したとか
若い頃は、試合が近づくと神経がピリピリして女房もやり辛らかったろうとも
優勝から遠ざかってから、子供相手に教えるための勉強をするようになったと云う
試合にもユッタリとして臨むようになり、囲碁そのものを楽しんで打っているとか
今回の決勝戦の相手は大学囲碁部の現役学生、師匠は七十九歳である
孫ほどの相手と最後までの接戦を制し、勝利した夜は疲れて寝付けなかったらしい

私の通う囲碁教室でも師匠の優勝の話題が広まり、私は辛い立場に
あんな凄い師匠に習っているのに、あんたの腕は今いち伸びない云々カンヌン
それはそれ、一芸を以って地域に貢献し、囲碁の普及に無報酬で尽力される師匠
常々の姿勢も謙虚であり、優勝しても奢ることなく黙々と指導碁を打たれている
小学チームも中学チームも、そして御本人も決勝戦は東京で開催とのこと
子供と父兄を連れて東京まで付き添い、続いて御自身の試合へ臨むという
面倒見のよい老後生活というか、市井の偉人であろうと、師匠自慢もしたくなる
なのに、私の棋力が伸びないのは何故だろうかと、ホトホト落ち込む自分である
私の心に地割れ症状が出て来た
スポンサーサイト
2016.06.27 小異
昨日の稽古で塾生は籠花入を出した
上の写真は、宗全籠に紫陽花(あじさい)と矢筈芒(やはずすすき)
下の写真は、春日野に西洋百合と河原撫子(かわらなでしこ)・矢筈芒
時間が経ってからの撮影で、百合が開いてしまったのが少々悔やまれる
2016062613060000.jpg
2016062614590000.jpg

前の記事・ポリスはん解説講義、碩学の御仁の洒脱な筆致、納得である
私には今回の英国のEU離脱話が、文明と文化の相克に見えてならない
文明はより広い大きなところへ向かうグローバル化を志向し、汎用性を重視
文化はより狭い小さなところへ向かうロ―カル化を志向し、専用性を重視
国家と経済は汎用性へ、民族と個人は専用性へということになろう
云い替えると、帝国が文明を築き、村が文化を育むということ
世界帝国の主人であった英国人が汎欧州に反発したホームカミング症状と見える

私はEUのことで、あるグループ組織の標語の文言の変わり様を思い起した
あるグループとは、ニチリウ、日本流通産業株式会社である
昭和四十九年のオイルショックで起こった「トイレットペーパー騒動」から生まれた会社
大手との仕入量の差に泣いた中堅流通企業が共同仕入で量の確保を企図した
ナショナルチェーンと云われた全国展開をする大手は、ダイエー、ヨーカ堂、ジャスコ、ニチイ
リージョナルチェーン・地域展開の中堅量販は、平和堂、イズミ、ヤオハン、オークワ等
他にローカルチェーンの市町村単位で展開するスーパーマーケットがあった

ニチリウとは、中堅量販企業が共同仕入機構として四十九年に設立した会社である
創業に際して、出された標語は「小異を捨て大同につく」という言葉であった
各社の社長を筆頭に協業活動は商品を超えシステム導入や海外活動までに及んだ
斯く云う私は、経営企画の分野で各社をまとめる役割に就き、グループ発展に勤めた
私のモットーは「早くニチリウを解散すること」、この言葉には理解者が少なかった
「各社がニチリウという組織に頼らずとも一本立ち出来ることが最終目的」と説明
グループ各社の人間は分ってくれたが、ニチリウの専従者からは危険思想とされた
ブリュッセルのEU本部の専従者は斯くあらんと、私は一人ほくそ笑むのである

さて、そのニチリウの標語である、最近耳にしたところでは少し変えられていた
「小異を捨て大同につく」から「小異を残し大同につく」となっていた
各社の創業オーナーが居なくなり、二世集団がニチリウを運営する中で変えたとか
創業の苦労を知らぬ世代では、統合と個別のせめぎ合いが生まれたようだ
今のニチリウの活動は縮小傾向にあり活力も失われ、離脱する社も出て来たと聞く
人間とは先人の汗を無にすることが多いものと、つくづく思う今日この頃

ボリス

やむにやまれぬジョンブル魂という蛮勇だけではなく、裏にあった合理的計算、
シティの大物先生が強調していたのは「EUという経済単位の成長力は、今や日本よりも低く、今後の成長も期待できない」と。曰く2008年から2015年での7年間では、英国単独のGDP成長率はEU全体単位のそれより高いのだと。
今後予測される労働人口、2014年よりも増加するのは英仏のみで、独・伊・西は激減するのだと。
EUの政治統合優先策はアンチビジネスとなることも厭わない、英国は自国の成長の可能性まで犠牲にすべきではないと。

英国はEU圏からの最大輸入国(英国はEUの上客)特に高価格品。離脱後も在EU企業なら「英国市場と喧嘩するな」と自国政府に迫るだろう、よってFTAでいけると。
英国からEUへの輸出は難儀するもポンドが下落する分、価格競争力の低下はさほどでもなかろうと。
そして忘れちゃいけない英連邦の規模。人口20億、世界貿易の2割を占める、
そのほとんどの国が「今後成長が期待できる国」なんだとか。
金融ビジネスは成長力のある方についてくる(ロンドン・シティ不滅説)、

EU離脱ショックは、少しの間、我慢のスクラム組めば、EUの方が先に崩れる(ここが勝負!)
沈むタイタニックEUから英国は先に脱出すべし。以上の熱弁が経済人。

一方の政治家、ボリス・ジョンソン(次期首相候補)は元EU担当の経済記者、英国独立党のファラディは欧州評議会議員、ともにEUの内情を観察していた者、
内情をよく知る者が脱出を訴えていた。(この説得力を日本のマスコミは伝えず、右翼だバカだのレッテル貼り)

これに対してEUが採る策は、これまでドイツが頑なに拒んできた「金融緩和と財政出動」くらいしかない。米国FRBもIMFも「ドルはなんぼでも」となれば、日銀には一層の金融緩和がしやすい環境か(すればの話)
官邸も財政均衡派を「緊急事態だから」と抑え込み財政出動となるか(すればの話)
こうした救済策を世界が総力投入すれば英国もEUも共に成長路線へ。
但し心配はインフレ。でも日本はデフレ♪
「ちょうどいい塩梅の湯加減」となるか、という何とも頼りない話で失礼

2016/06/26 Sun 01:57
2016.06.25 ペケ印
1-7.jpg
ラグビー初の天覧試合が今終わった、日本(16)対スコットランド(21)
スコットランド国旗「ペケ印}が掲げられ、スコットランド国歌が歌われた
英国のEU離脱はスコットランド独立へ向かい「ペケ印」旗は欧州に翻る

ポリスはんからコメントを頂いた
>英国のEU離脱、16世紀の欧州カトリック連合からの離脱劇と笑えるほど似ています。教義上の反発ではなく、政治的独立権を求めてのローマ教皇庁との決別。今回の離脱派のスローガンも「Take back control」だったとか。その後の展開も似るならば、英国は予想されるよりも早く競争力を整備し躍進するかも、とお気楽予想。日本も今は困難に直面するように見えて、これでかえってデフレ脱却が早くなるかも、とお気楽二連発の祝砲。<

ポリスはんの欧州史と世界経済への博識・慧眼には常々感服
もうちょい、解説講義の続行願い度
2016.06.25 英国国民投票
270px-Coudenhove-Kalergi_1926.jpg
青山 栄次郎(あおやま えいじろう)、東京生まれ、オーストリアの国際的政治活動家
リヒャルト・ニコラウス・栄次郎・クーデンホーフ=カレルギー、伯爵家一族で母は日本人
汎ヨーロッパ主義(パン・ヨーロッパ主義)を提唱し、後世の欧州連合構想の先駆けとなった
そのため欧州連合の父と呼ばれる、昨日今日話題のEUの生みの親と云える

昨日昼過ぎからのニュースは英国の国民投票がEU離脱を選択したことで大騒ぎ
私は、このマスコミ人の大騒ぎブリに冷ややかな思いがした
何故なら、英国の投票結果を受けて「緊急G7声明」なるものが出されたとか云々
なら、ほん半月前の伊勢志摩サミットは一体何だったのかということである
欧米の指導者はアホ揃いか、それとも日本人と日本を軽視していた証であろう

今回のG7の席上で、安倍首相が自分の認識を各国首脳に対して訴えた内容とは
「リーマンショック直前の洞爺湖サミットでは危機を防ぐことができなかった私は、その轍を踏みたくない」、「世界経済は分岐点にある、政策対応を誤ると危機に陥るリスクがあるのは認識しておかなければならない」
然るに時に、各国首脳は安倍の思いを意に介さず日本の見解を一笑に付し、安倍を嗜めた
世界のことは欧米人が一段高いところで判断するものだという欧米人の感覚がモロ見えの話
昨日の東証株価はリーマンショック時を上回る下落幅を示した、慌てて「緊急G7声明」とは?
伊勢志摩サミットで、安倍の認識に対する各国首脳の感覚を批判した日本のマスコミ人は皆無

ついでに思ったことは、英国首相のキャメロンという男のセコさとアホさである
自分が判断できないという思考停止に陥ると、国民投票で責任逃れをする卑怯
先のスコットランド独立運動への対処でもスコットランドを「住民投票」へ導き、
それが反って、スコットランド独立運動の機運を高めるという失策をしでかした
今回は、自分の主張を英国国民が支持してくれていることを示したかった浅知恵
反対の結果が出ると、この男、国民は自分の思いと違う答えを出したとか云って
「新しい目的に導く船長は自分ではないので私は辞めたい」、という話である
国を二分する状況を生み出し世界を混乱させながら、「責任をとって辞めます」とは・・
まさに日本のサラリーマンレベルの発想の持ち主
タックスヘイブン(租税回避地)を暴いた「パナマ文書」にこの男の一族の名があったとか

無責任なアホに火遊びの道具を渡すことは、大火の危険性を伴う
そのことは、渡した方に問題と責任があると知ること肝要
火遊びの道具とは、政権という権力である
政治家とマスコミ人とは、そこの国民のレベルを示す代物である
我が日本では参議院選挙が始まっている、日本国民のレベルを示そうぅぅぅ・・
ともあれ大日本帝国共産党に清き一票を、愛国左翼万歳!!!
日本に愛国左翼が存在しないことを、私は長年不思議に思っている
日本国民は、清貧と矜持の生き方に一顧あるべし




2016062209120000.jpg
ご近所の玄関先に咲く立派な桔梗(ききょう)、秋の七種である、自生種は絶滅危惧種

今年三月二十六日に北海道新幹線が開業したことが華々しく報じられた
私は知らなかったが、その前日に廃業となった北海道鉄道の駅があったとか
JR石北線・旧白滝駅、少々感動を呼ぶ話が伝えられていたので掲載したい

>旧白滝駅は、上り線は1日3本、下り線は1日1本が停車する駅です。 この駅にはたった1人の定期利用者がいます。 その1人は女子高生です。通学のために利用しています。 この1人のためにこの駅は営業し続けていますが、今年卒業するため、駅もダイヤ改正で廃駅となります。<

http://matome.naver.jp/odai/2145173607713137301

不祥事の百貨店とも云える北海道教職員組合と国労を引きずるJR北海道労組
彼等の行動規範を私は苦々しく思っていたが、まま、見直した
2016.06.23 乙姫と白百合
2016062209110000.jpg
近所の庭に咲いた藪萱草(ヤブカンゾウ)、キスゲ属、ひめゆり(姫百合)の仲間だ

下は、ネットにあった「ひめゆり」の写真
ひめゆり部隊は沖縄県女子師範学校と沖縄県立第一高等女学校で構成され看護隊
その「ひめゆり」とは花の名ではなく、沖縄県立第一高等女学校広報誌の名前「乙姫」と
沖縄師範学校女子部広報誌の名前「白百合」を併せて「姫百合」としたのが名称の由来とか
無題

七十一年前の本日未明、六月二十三日午前四時
沖縄守備軍最高指揮官たる第32軍司令官牛島満中将と参謀長長勇中将が自決
これによって沖縄守備軍の指揮系統は完全に消滅
二十四日頃には基幹部隊であった歩兵第22・第89連隊は、軍旗を奉焼し玉砕(全滅)
大本営も、六月二十五日に沖縄本島における組織的な戦闘の終了を発表

沖縄戦では多数の日本人戦争難民が生まれた
2016061110520000.jpg
伊賀越えでの山里で目にした野アザミ、スコットランドの国花である

18日の土曜日はラグビーのテストマッチ、日本対スコットランド戦があった
ワールドカップのリーグ戦で、日本は三勝一敗ながら決勝への進出が絶たれた
その一敗を喫した相手がスコットランド、よって今回のテストマッチは雪辱戦でもある
六時半からテレビ生中継、私はスコッチに「竹鶴16」で向こうを張って陣取る
終わってみたら「13-26」のダブルスコアで日本の負け、竹鶴が不味くなった

明くる日曜日は、和歌山で「感謝の集い」に招かれ参加した
「和歌山高度情報ネットワーク政策研究会」の設立三〇周年と
「NPO法人WINコンコード」の設立二十五周年の感謝の集いである
この研究会は、高校の同級生八人で設立したいうユニークな会
会の研究から情報ネットワーク事業を起し、一昨年には株式上場をする
私とは歳が同じと云うことで、会の設立間も無い頃から付き合いがあった

会は、大阪の二人の人間から得たシステム思想とシステム体系に基づく事業を展開した
一人は私達と同い歳で、一人は一つ下で、時に仲良く、時に激しい仲違いを繰り返していた
会の代表で、会社設立後は社長となる御仁もナカナカの論客で三つ巴の論争となった
私も二人や会の代表とも昵懇になり、論争に参加するようになり、外野の応援団と化した
二人共「鬼才の奇人」とも云える御仁であり、人の心を引き付けるオーラを発していた
一人の言葉、「球の一点は全て球面の中心である」がネットワークのシステム思想になった
もう一人は、京大で宇宙物理を専攻していた「驚異的頭脳」の持ち主である
彼は、日夜システム設計に打ち込み、完成と同時に倒れ入院した
医者から「脳ミソが酸欠状態になっている」とかの言葉を引き出す伝説を作った
そして、事業化し上場企業にした社長も一家言を持つ
三つ巴の論争中での彼の言、「私は人を信じても、人の判断は信じない」とかである
その彼が出した経営理念とは「気高く、強く、一筋に」、愚直とも云える至誠であった

「NPO法人WINコンコード」とは和歌山で学ぶ留学生を支援する会である
卒業してハンガリーへ戻った留学生を私が訪ね、「ヨーロッパ旅日記」としてブログに載せた
今回もハンガリー女性留学生が参加してしていたのでハンガリーの話をすると笑顔になった
私が食品卸企業に就職斡旋した支那の留学生も駆け付けていて、私の席へ挨拶に来てくれた
「感謝の集い」とホルモン焼の二次会、楽しく過ごせ満足


そして今朝、奈良の朋友から電話が入った、毎日新聞の奈良版記事のこと
私の囲碁の師匠がアマ本因坊戦の県大会で優勝したという朗報である
本因坊戦は毎日新聞主催であり、私が購読している産経には載らないであろうとの気遣い
私の師匠は、件のネットワーク事業会社の社員であった、定年後は子供囲碁教室を開く
ラグビーテストマッチのスコットランド戦敗北の嫌な気分は、サッパリ消えた今朝である
2016061711030000.jpg
比較的田植えの遅い大和盆地も、先週の土日ですっかり水田の姿に様変わりした

今月初めのこと、田圃の水引きを終えた碁仇の同級生と一局打った
その時の一手一手の合間は、「水田魚類」の話題に花が咲いた
私が、田圃に水が入るとその夕方からカエルの声を耳にする不思議
そして、カエルは何処に居て、水を引いた田圃に何処から来るのだろうかと云うと
彼は、カエルは田圃の土の中で冬を越し、梅雨の訪れを待っていると応える
耕耘機の刃の間隔はカエルにとっては広いので、そんなにカエルを殺傷しない
起した土の中から、キョトンとした顔のカエルを見ることが時々あると云うのだ

彼が云うには、この一・二年の田圃の水の中にドジョウの姿を見掛けるようになったとか
昔、我々が水田で普通に見かけていた魚たち、曰く「水田魚類」の話である
蜆(シジミ)、田螺(タニシ)、泥鰌(ドジョウ)、鯰(ナマズ)、雷魚(ライギョ)、鮒(フナ)、諸子(モロコ)、目高(メダカ)、川海老(カワエビ)、田長(タナゴ)等々
その姿を見なくなって久しいが、彼は「水田魚類」が復活しているように感じるとか云う
嬉しい話である、「水田魚類」の生きる環境として大事なことは二つあるらしい
一つは農薬散布の毒害を減らすこと
二つは田圃と小川の水路に魚道を確保すること
農薬の毒性は、水田魚類だけでなく周りの生物全体、ひいては人間への影響も大きいとか
最近は農薬の毒性が抑えられているだけでなく、使用量そのものも減っている
水田の周りをコンクリートで固めるやり方から、小川との魚道をつくるようになって来た
つまり、自然の生物体系全体の中で実りを得る農法が見直されつつあるという話であった
話を聞きながら嬉しくなり、ついつい負着につながったが・・、口惜しさは薄かった

さて、カエルの話に戻ると、テレビの天気予報士の話で気になったことがあった
気象庁の中では、夫々の季節観測の目安のなる生物の種目を規定しているという
その予報士は、東京でトノサマガエル(殿様蛙)が見掛けなくなって十年経つと語った
東京ではトノサマガエルは絶滅危惧になるかも云々とも云ったので、私は首を傾げた
関東平野から仙台平野にかけてはトノサマガエルは居ないと昔に聞いていたからである
トノサマガエルは関東仙台平野を省く本州と四国・九州・沖縄、そして東アジアに分布する
最近では北海道でも国内外来種となって繁殖し、北海道の生物体系に影響を与えているとか
関東仙台辺りにいるのは、トノサマガエル似たダルマガエル(達磨蛙)という別種のカエル
まま、トノサマカエルの名が通っているために生じた誤解、或いは感違いであろう
気象庁の役人も気象予報士の資格者も、勝手な思い込みで語ることは厳に戒めるべし
警視庁特命係「相棒」の右京警部曰く、「私は細かいことが気になるもので・・」

因みに、気象庁のいう生物季節観測の規定種目とは
<植物>ウメ、ツバキ、タンポポ、サクラ、ヤマツツジ、ノダフジ、ヤマハギ、アジサイ、サルスベリ、ススキ、イチョウ、カエデ
<動物>ヒバリ、ウグイス、ツバメ、モンシロチョウ、キアゲハ、トノサマガエル、シオカラトンボ、ホタル、アブラゼミ、ヒグラシ、モズ
2016061011030000.jpg
気の好い「ハナ」はゲージの中でも余裕の態度、薄目を開けながらウタタ寝

先週金曜日に「ハナ」と女房殿を連れ近鉄電車で伊賀越えをした
温泉小屋村の揉め事が続いており、週末の寄り合いに参加するためである
夜は一杯飲みながらテレビを付けると舛添と海老蔵の話ばかりでウンザリ
舛添云々はもう飽きが来ているので、すべてパスしてチャンネルを切り替えた
海老蔵報道には呆れてしまった、マスコミの報道加熱ぶりのアホ加減にである
嫁さんが乳がんになった云々で、この大騒ぎ報道とは・・、私には理解不能

海老蔵と云えば、六年前に起した暴力事件が私の記憶に未だ残る
何故かと云うと、海老蔵の言動と思考が不快極まるものだったためである
飲み屋で一緒に酒を飲んでいたチンピラに、灰皿でテキーラを飲ませようとしたり
相手の髪を引っ張り頭に酒を浴びせたりして逆にボコボコにされた云々
他では野球選手に絡み、お前なんぼ稼ぐ?俺は二億もらっている云々
酔っぱらうと周りの人に対して「俺は人間国宝だ」とか云ってエラソぶる云々
まま、賢くない本人は歌舞伎芸人が名家の血筋と誤解しているのであろう
歌舞伎芸人とは、橋の下の河原で芸をして観衆の投げ銭で暮らした賤民集団
「河原乞食」と呼ばれ、世の生産活動に従事しないで人の施しを受けていた
彼の言動はその出自の為せるもの、それを名家名門と持ち上げたマスコミの罪
豚をおだてると木に登る程度だが、アホをおだてると不善を為すと知ること肝要

北海道我が子置き去り騒ぎで発見された大和君、病院から退院する報道があった
多くの病院関係者から祝福され花束をもらうという、時の英雄扱いであるのが解せない
道行く人や車に石を投げつけ、親が注意しても止めないで石を投げ続けていた大和君
精神に問題を持っているかも知れない子供、両親も手を焼いての事件(?)であったろう
こういう子供はキッチリと躾けないと成人になってから問題や事件を起こし易くなるもの
それを、マスコミや病院で英雄扱いするのは逆効果になる
それが証拠に大和君の曰く「お父さんを許してあげる」云々、まま、親も親、子も子

私には、大和君と海老蔵が重なって見えるのである
少々キツイかもしれないが、斯く云うのも小さな親切心である
今日は昭和三十八年に生まれた「小さな親切運動」の日
やはり、「大きなお世話」が対語となるのであろうか
2016.06.10 水揚げ
2016060907500000.jpg
卒塾者が山紫陽花「七段花」を持って来られた、取り敢えず「水切り」をしてメダカ鉢へ
前に頂いていたのは「七段花」ではなく、「剣の舞」かもという先の記事を受けてのことだった
ちょっと目には分り辛いが、確かに花弁の形が微妙に違っている、「ハナ」も水を飲みに来た

ここ三回ぐらい、稽古で入れた花がその夕方に萎れる現象が続いた
最初は、花入に水を入れないままという極めて初歩的ミスによるもの
あと二回は、共に前夜の「水揚げ」をして置かずに、朝採れの花を挿したことによる
花当番がの塾生が持参するので人は変わると復同じ失策、人のふり見てが出来ない
前夜に花を摘み、「水切り」をして「水揚げ」し、朝に霧吹きをして新聞紙に包み切り口濡らして持参
それが最低限の花の扱いであるが、やはり日頃は花に縁のない男衆、講釈する必要ありであった

「水切り」は、花の茎を水の中で斜めにスパっと切ることで、切れ味の良い刃物で切ること
茎を斜めに切ることがコツで、切り口の面積が広くなると水の吸収が良くなる、
「水揚げ」は、切った部分を一晩水に浸けて置くことで、花は新聞紙で包み霧吹きで湿らせる
水分を蒸発させる葉を少なくし湿らすことで、根より水の吸収力が弱い茎の負担を軽くさせる
生け花で、枝や葉を削いで落とすことで「美」を作る云うが、それなりの一理があるようだ
「深水」とは、「水揚げ」を更に良くする方法で高く張った水に深く浸け水圧効果を出す
「焼き揚げ」とは、太い茎は切り口を焼き焦がして水に浸けることで、串天ではない
茎の水を吸い上げる水管が広がったままにすることで、水の吸収を良くするらしい
生け花の再生には、切り口部分の茎をよく洗い、再度水切りをして水も取り換えること、云々

昨日、愛犬「ハナ」も水揚げならぬ風呂水で丸洗いをした
日中の好天気で毛は乾いたものの、気が動転したのか、寝室に入って来てゴロリ
2016061002590000.jpg
2016.06.08 打落水狗
201308221536.jpg
「打落水狗」、水に落ちた犬は打て、愛犬「ハナ」が舛添はんに見える

昨日のテレビを観ていると、コメンテーターの略全員が舛添都知事を叩いてご満悦
まさに「打落水狗」さながらの光景であ,る、私はテレビ人の正義面に鼻白んだ
まま、然し、確かに舛添はセコイ、しみったれた男だとは私も思う
また思う、鳩菅首相、最低と最悪の首相と云われた二人も舛添同様に団塊の世代
またまた思う、団塊の世代で日本人の「恥の文化」の継承が途絶えたのであろうかと

米国の女性文化人類学者ルース・ベネディクトの著作「菊と刀」を読んで納得した記憶がある
先の大戦中の著作で、西洋の「罪の文化」に比類させた日本の「恥の文化」という論旨構成
自分個人と向かい合う西洋の「罪の文化」に対し、世間と向かい合う日本の「恥の文化」
面白いことにベネディクト女史は訪日体験はない、日本の文献と日系人の調査で書いたとか
彼女は、日本人の精神土壌にあるのは「恥を知る心」、つまり矜持だと結論付けている
この本には違った見方や批判もあるようだが、今以って増刷されているようだ
舛添はんと鳩菅はん、恥を知る心と矜持に欠ける感は否めない、私も人のことは云えないが・・

因みに、「打落水狗」
元の言葉は「不打落水狗水」、落ちた犬は打つなを魯迅がひっくり返して作った言葉とか
趣意は、「支那人にはフェアプレーは未だ早い」だとか、魯迅評論集から転載

>勇敢な拳闘士は、すでに地に倒れた敵には決して手を加えぬそうである。これはまことに、吾人の模範とすべきことである。ただし、それにはもうひとつ条件がいる、と私は思う。すなわち、敵もまた勇敢な闘士であること、一敗した後は、みずから恥じ悔いて、再び手向かいしないか、あるいは堂々と復讐に立ち向かってくること。これなら、むろん、どちらでも悪くない。しかるに犬は、この例を当てはめて、対等の敵と見なすことができない。何となれば、犬は、いかに狂い吠えようとも、実際は「道義」などを絶対に解さぬのだから。まして、犬は泳ぎができる。かならず岸へはい上がって、油断していると、まずからだをブルブルっと振って、しずくを人のからだといわず顔といわず一面にはねかけ、しっぽを巻いて逃げ去るにちがいないのである。しかも、その後になっても、性情は依然として変わらない。愚直な人は、犬が水へ落ちたのを見て、洗礼を受けたものと認め、きっと懺悔するだろう、もう出てきて人に咬みつくことはあるまいと思うのは、とんでもないまちがいである。<
2016.06.06 梅雨入り
2016060406400000_20160606084939f64.jpg
卒塾者から頂いていた山紫陽花「紅」が見事に紅色に染まった、梅雨入りである
上の青色の山紫陽花、卒塾者からは「七段花」と聞いていたのだが、異論が出た
先日来訪の山紫陽花に詳しい友人の漆師が、これは「剣の舞」だと云う

偶々、その塗師と寄った古美術商の店頭の花入に山紫陽花が挿されていた
ガラス張りのため少々見辛いが、彼曰く「これが七段花、花弁が違う」、微妙である
ここの古美術商、先代はナカナカの粋人であったが、当代は花が下手糞と見た
2016052711240000_201606060858180f4.jpg
無題
モハメド・アリ、カシアス・クレイの訃報が報じられた、まだ七十四歳、意外に若い
報道では「キンシャサの奇跡」という文言と写真が多く出されている
当時も同じ文言で、強者フォアマンへのクレイの奇跡の逆転劇として伝えられていた
私は試合の映像を見て世間の評価に疑問を持っていたので、今回の報道で映像を再見した
やはり、クレイは当初から勝っていた、奇跡の逆転というストーリーは無かったと私は確信

私は大学で相撲と柔道と空手を一緒にした柔術が源流の武道部に入っていた
当時のその武道部は同好会で、体育局には所属していない日陰の存在
練習はボクシング部が使っていない時のリングを借りてやっていたのだった
まま、蹴りも組打ちや投げ・逆技もある今のK1とプライドの元祖のような競技である
体重無差別で面と胴の防具を付け、、三分間リングでグローブを付けて戦うというもの
リングの隅やロープに追い詰められると、防戦一方になり何とか体を入れ替えようと苦心した
体格差がある場合は尚更のことで、何とかその場をしのぎ、リング中央へ回ることを考えた

然しである、ロープを背にしていると体の支えは楽である、スタミナの消耗は少なくなる
ロープにもたれて相手の打撃や蹴りを避けていれば、相手の疲労を誘う
相撲で一分、ボクシングでもニ分、本気でやり合うと芯底から疲れるものである
それが六回七回と続くと、相当な体力消耗になることは充分に分る話だ
クレイは自らロープ際に誘い、ロープにもたれてフォアマンの猛攻を防いでいた
決して、攻められ追い込まれてのロープ際の防戦ではなく、計算ずくの作戦と見て取れる
組打ち有りの格技ではこの作戦は無理であろう、そこがボクシングの抜け道でもあった

案の定、フォアマンはスタミナ切れのへタレになり、クレイのパンチを浴びて沈んだ
クレイは、初めから勝利のストーリーで戦っていただけで、逆転でも奇跡でもない
フォアマンはクレイの術策にまんまとハマってしまったということである
それを「キンシャサの奇跡」とは見識不足の為したる誤報、それが報道である
マスコミとは、「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」の世界、まっこと難儀な連中
そう云えばクレイはん、このブログにコメントを呉れていなさった(^^)
ご冥福を祈ろう

https://www.youtube.com/watch?v=yAKEmR27iro
2016.06.04 一源三流
2016060407110000.jpg
この若葉、野牡丹の蘇生であろうと信じたい
三年に亘ってこの鉢で花を付けていた野牡丹であったが、枝が延びたので昨年剪定した
今年は幹や枝から新芽が出て来るものと楽しみにしていたのだが、一向にその気配がない
立ち枯れた鉢は草で覆われたので先日草抜きをしたら、それと思しき新芽が出ていた
すこし大きくなってきた葉の形は、見覚えがあるような気がしているのだが・・

産経一面の記事案内に「国・仲間・家族を守る」という見出しで女性自衛官の写真があった
その面を開くと、初の女性護衛艦艦長の取材記事が載せられていた
私が目に停めたのは、その護衛艦の指揮統率方針としてあった言葉・「一源三流」である
「一源」とは、誠の心つまり至誠である
「三流」とは、家族のために汗を流し、友のために涙を流し、国のために血を流す、である
私のような三流男には、到底適わない言葉の重みがあるようだ

この言葉、剣道用語と云われるが、元々は幕末の剣豪で思想家でもあった山岡鉄舟の言
恐らく、この言葉を自衛隊に持ち込んだのは奈良・五条市出身の木村篤太郎と思われる
木村は学業と剣道を極め、検事総長、東京弁護士会会長、初代法務大臣、初代防衛庁長官を歴任
そして、初代の全日本剣道連盟会長でもあった
文武両道に通じる木村は山岡鉄舟に惹かれ、人生訓に「一源三流」を据えたのであろう
私も真似は出来ないが鉄舟の生き様には心を動かされる、今日の記事で鉄舟を思い起した次第

勝海舟がその書に残した鉄舟の詠んだ歌とは
「晴れてよし 曇りてもよし 富士の山 もとの姿は 変わらざりけり」
まま、これは左程の歌とは私には思えないが、「一源三流」はよい言葉だと思う
然しである、産経記事にあった初代女性護衛艦艦長のこと、私は少々訝しく思う
仕事が好きで、夫とは離婚を選択、子供の涙を振り切り乗艦、子供は中学では寄宿舎へ
この女性自衛艦艦長、家族を守ることや妻・母としての勤めより自分の夢を追っただけ
取材記者は賞賛記事のつもりであろうが、私には北海道の親子報道と絡んでしまった
生むだけなら托卵動物、家族を守れずして国は守れない
2016060106590000.jpg
街路樹の根元の草を刈り、袋に詰めて電動三輪車に積もうとする御仁の姿

朝六時頃のことである、散歩中に隣町で知人にお会いした
私と同じ三輪車に乗っている方で、私より一回りは上の御仁である
声を掛けると、街路樹の植え込みが荒れているので草を刈っているとのこと
町内の人達は自宅前の街路樹は夫々が手入れをするが、しないお宅もある
御仁は、気になるところは暇な自分が手入れをしていると話された

この御仁は日本犬が好きで、以前は秋田犬を連れて私の町内まで散歩されていた
その際には、何時もゴミハサミと袋をもって道のゴミを拾いながら歩いておられた
私も「ハナ」を連れてよく話をしていたが、五年ほど前から散歩姿を見かけなくなった
あるゴミ収集の日に、ゴミ袋を三輪車で運んでおられる姿を隣町でお見かけした
私が声掛けし、同じ三輪車ということで話が弾み近況を訊ねると秋田犬は死んだとのこと
以来、私の町内まで散歩に出掛けることがなくなったという話であった

私は京都の一燈園に一か月余り入ったり、色んな宗派の説教も聞いたりした
然しながら、殆ど感動も納得もした覚えがない、「破戒僧が何をぬかす」で終わっていた
禅語の軸を床に掛けて、然り顔で茶を点てる仕儀にも不承不承の思いをもっている
舛添都知事が良い見本である、彼の以前の言葉は政治道徳の訓話・説法に等しい
だが、彼のやっていたことは、まま、説教坊主が破戒僧であった証と全く同様のもの

黙って街路樹の草を刈り袋に詰めて三輪車に積む姿は、世の一隅を照らす生き様
ゴミ袋とゴミハサミを持って早朝散歩されていた姿を思い起すと、自然に頭が下がる
何かを求めることも、能書きをノタマウこともなく、ゴミが落ちているから拾うだけの姿
草が延びて荒れているから刈り取る、ただそれだけの姿である、何を語ろうや
この界隈で、この電動三輪車に乗っているのは私と御仁の二人だけ、何か嬉しくなる