2016.07.30 土用の丑
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国産ウナギのかば焼きとロールケーキ風の菓子「うなろーる」。

昨日、スーパーの売り場のそこかしこに「7月30日は土用の丑」とあった。
確かの7月30日は土曜日、成るほどに「土曜」と「土用」が一緒になった。
土用の丑の日は夏に限らず四季其々にあり、偶には同じ季に二度もある。
土旺用事が省略された用語で、陰陽五行と四季の組み合わせから出来たとか。
木火土金水と春夏秋冬を組み合わせ余った「土」を各季の終わり振ったもの。
各季の18か19日ある土用の日の終わりが立春・立夏・立秋・立冬となる具合。
更に18か19日ある土用に十二支の「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」を貼り付けた。
そして出来たのは「土用の丑の日」ということ、まま、コジツケの世界である。
夏の土用は暑い、夏バテの時期、丑の日には「う」の字が付く食べ物が良いとかで、
うなぎ屋と図って、「土用の丑の日にはウナギ」とコジツケタのは平賀源内はんとか。
ここで私は思った、平賀源内、そこそこの悪知恵を働かす男はんかもと。
つまり、「う」なら梅干がある、梅干に茶漬けが夏を乗り切る食とは衆知である。
その梅干茶漬けからウナギかば焼きにする為に二者択一の悪知恵を働かした。
あの「梅干とウナギは食い合わせ」という嘘話をつくり世に吹聴させた、と私は読む。

そう云えば、あの近大が「ウナギ風ナマズ」をつくり出すと云う話が出た。
近大は思慮不足、ナマズは「な」であり「う」の食でない、つまり、ウナギの代用不可。
それとも近大、日本国民の知的レベルを低く見て「ナ」メタ所業を企んだのか。
ともかく、明日は朝茶事稽古、今晩から泊まり掛けで塾生が我が家に来る。
梅干も用意した、悪いが彼等で喰い合わせの是非の実験をしよう。
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垣根からツルを伸ばし花を付けた近所のドウダンカズラ(満天星葛)。
満天星(まんてんぼし)は灯台のこと、満天星躑躅(どうだんつつじ)も同じ字を使う。
満天星とは枝が繋がって四方に延びている様のことだとか

ここ最近の報道記事の中で、微妙に繋がる記事があった。
天皇退位報道とトルコクーデター失敗報道の記事である。
私は、天皇の生前退位にはある疑念を持つ。
その疑念とは、生前退位には天皇の御意志とは別に、政治の恣意が関わることである。
つまり、天皇の退位を政治的に利用することが有り得るということだ。

昭和十一年七月十二日、二二六事件を決起した青年将校十六人が銃殺処刑された。
皆が「天皇陛下万歳」を叫んで弾を受けた中、一人は続けて「秩父宮万歳」叫んだ。
それは安藤輝三大尉とも栗原安秀中尉とも云われているが、今となれば真相は分らない。
ただ真相は、昭和天皇が決起に呼応なき時には秩父宮を担ぎ出す話があったことだろう。
天皇の生前退位が可能となれば、天皇の御意思とは別に退位が企図されることも可能。
私の疑念とは、この天皇の御意志と別のところで恣意的天皇退位が可能という一点。

昭和十一年の今の時期、前にも紹介した栗原 安秀陸軍中尉(享年二十九歳)の遺書。
恣意的な天皇退位を可能にすれば、こういう哀しい話も起こり得るので、再掲載。

妻へ

「玉枝よ
 僕はそなたに感謝する よく理解しよく努力し僕を愛して呉れた 僕が時に夫らしくなかった時もそなたは実に貞淑な妻であった

玉枝よ
 今度程僕は夫婦の絶対愛を知った事はなかったよ 僕はそなたを思ひ出し共に笑っていた そなたの息を耳の傍らに聞いて居た
 嗚呼何と云う幸福な境地に僕等は居るのだらう どんな苦しみもどんな迫害も到底僕等の絶対生活を破壊できないではないか」

「玉枝よ
よく涙を拭いて強い子にお成り そして父君母君を慰め妹達を可愛がっておやりなさい 恐らくそなたの持つ快活さは栗原家の喜びの泉になるだらう 又安雙家(妻の実家)の為にもそふだ それからまだ云うことがあった

玉枝よ
そなたは皆に二人の生活は楽しかったと宣言しなければならない
何もかも思ふことなし唯清き玉枝の瞳求めつつ

 七月四日夜  そなたの夫 安秀」

遺詠

君が為捧げて軽きこの命 早く捨てけん甲斐ある中  七月七日
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紅芙蓉(べにふよう)、白芙蓉もあり木槿(むくげ)と間違われやすいが葉の形が違う
芙蓉も木槿も同じアオイ(葵)科で接ぎ木が可能な仲間の木だが、葵は草である。

芙蓉とは霊山・富士の別名として、先の大戦では海軍航空隊に「芙蓉部隊」が編成された。
大戦末期、圧倒的兵力で迫り来る米軍に対し劣勢を強いられた日本軍は「特攻」に出た。
「特攻」、特別攻撃隊という名で隊員の命と引き換えに敵艦撃破を期した戦法であった。
多くの若者が出撃し散華したことは、是非論はともかく史実として日本人の記憶に残る。
そうした大戦末期に、特攻拒否を貫いた海軍の航空部隊の名が「芙蓉部隊」であった。
部隊は、敵の出撃不能な時間帯である暮れから明け方の夜間に通常攻撃をする戦法をとった。
敵が出撃できない環境とは、日本軍にも同様であるが、それを搭乗員の技量訓練で凌いだ。
然し、戦況が緊迫する中、軍の上層部から「芙蓉部隊」へも特攻命令が出された時の遣り取り。
芙蓉部隊の指揮官・美濃部正海軍少佐が「特攻拒否」をした言葉が残されているので引用。

「飛行機の不足を特攻戦法の理由の一つにあげておられるが、先の機動部隊来襲のおり、分散擬装を怠って列線に並べたまま、いたずらに焼かれた部隊が多いではないですか。また、燃料不足で訓練が思うにまかせず、搭乗員の練度低下を理由の一つにしておいでだが、指導上の創意工夫が足りないのではないですか。私のところでは、飛行時間200時間の零戦操縦員も、みな夜間洋上進撃が可能です。全員が死を覚悟で教育し、教育されれば、敵戦闘機群のなかにあえなくおとされるようなことなく、敵に肉薄し死出の旅路を飾れます」
「劣速の練習機が昼間に何千機進撃しようと、グラマンにかかってはバッタのごとく落とされます。2000機の練習機を特攻に駆り出す前に、赤トンボまで出して成算があるというのなら、ここにいらっしゃる方々が、それに乗って攻撃してみるといいでしょう。私が零戦一機で全部、撃ち落としてみせます!」<引用終わり>

そして、生きて戦い抜いた美濃部が戦後に云った言葉とは・・
「戦後よく特攻戦法を批判する人があります。それは戦いの勝ち負けを度外視した、戦後の迎合的統率理念にすぎません。当時の軍籍に身を置いた者には、負けてよい戦法は論外と言わねばなりません。私は不可能を可能とすべき代案なきかぎり、特攻またやむをえず、と今でも考えています。戦いのきびしさは、ヒューマニズムで批判できるほど生易しいものではありません」
2016.07.26 民意Ⅱ
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今年の朝顔、気の所為か勢いがない、朝顔は秋の季語である
この三日四日の朝夕は涼しいと云うか寒いぐらいだ、とは散歩仲間の挨拶の弁
まま、「夜の秋」とは夏の季語、昔の人は季節感を上手く表現したものである

民意の続き話である、世の賢人は何故に民意を掴みかねるかと云う疑問
今の世界情勢を揺るがすことになったのは、二つの民意の読み違いであろう
一つは英国の国民投票、世の賢人の誰もが英国民のEU離脱選択は想定外だった
二つは米国のトランプ現象、誰もが「異端のポピュリスト」の仇花候補と見ていた
が、白人が九割を占める英国ならともかく、米国で大統領候補として支持を受けた

「多数決を疑う」(岩波新書)と云う本がある、若手学者の坂井豊貴・慶応大教授の著作
そこでオストロゴルスキーのパラドックスのことを述べている、中々興味深い
候補者AとBの2人が争う多数決選挙を仮定、争点は財政、外交、環境の三つ
有権者は五人、例えば「一郎」は財政と外交はA、環境はBを支持しており、総合的にAを支持
ここで、候補者AとBのどちらかを選ぶ選挙を行うと、3対2でAが勝つ
だが、争点ごとにそれぞれ直接選挙を行ったとすると、全ての争点でBが勝つことになる。

有権者   財政 外交 環境 支持候補
一郎     A  A  B  A
春子     A  B  A  A
二郎     B  A  A  A
夏子     B  B  B  B
純       B   B   B  B

多数決結果 B   B   B   A

さてさて、民意と投票結果が違ってどうするか
あの小泉劇場と云われた郵政選挙を思い出した
「自民党をぶっこわす」と称して自民党総裁選で奇跡の勝利、そして衆院解散
その時は、世の賢人と自称する御仁の殆どが小泉自民の敗北を想定
自民大勝の報道番組で見た筑紫哲也と鳥越俊太郎の呆け顔が記憶に残る
その鳥越はん、都知事に立候補したが舛添前都知事と印象が重なる
高尚なお題目を唱えながら、本人の実像は下品な俗人ということ
2016.07.25 民意
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滋賀の石山駅の告知版、「エスカレーターの立ち側は左右両方」との告知を初めて見た

奈良から京都駅に着くと、エスカレーターで立つ側が逆で、左になっており苦々しい
以前の京都駅では奈良・大坂と同様に右側の立っていたものである
確かに京都駅はJR東海の勢力範囲、いわば東京の出先機関に成り果てているようだ
新幹線の停まるJR京都駅では左立ちになって久しいが、地下鉄や百貨店では交雑状態
困ったことになるのが滋賀県、大阪へ通勤し京都は素通りという人も多い
石山駅は京都から十五分、大阪から小一時間、和歌山と同じく「近畿のおまけ」
想像するに、滋賀県ではエスカレーターの立ち位置が混乱したのであろう
私は、パリ・ロンドン・ニューヨーク等では皆右立ち故、世界基準は右立ちと信じていた
東京カッペは、と思っていたが実は違っていた、「エスカレーターでは歩かない」が世界基準

石山駅の告知板
「エスカレーターは、ステップ上に立ち止まって利用することを前提に設計されています。」
そういうことであったのだ、東京vs上方の文化論争ではなかったのだ
駅の通行混乱を防ぐために、こんな努力をしてくれた石山駅の職員さんに敬礼!

ほんに、京の東京化は見苦しおすえ、まま、京の民意どしたら致し方おへん
2016.07.23 ええやないか
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隣家のアメリカ芙蓉、オクラが原種ながら中々に見栄えのする花である

私と小中高が一緒だった友人の母君が亡くなり、昨夜はお通夜に出掛けた
何か懐かしい葬儀(通夜)に触れた思いがした、ええやないか
私の生まれ育った町(村)ながら、我が家は祖父が柳生から出て来た新参者
友人のところは代々の農家で母君は婿養子を取り、友人は一人っ子であった
彼の勉強部屋は裏の牛小屋の横にあったので、母屋を通らずに行って遊んだ
私達の声が聞えると、母君が覗きに来られるのでヒソヒソ声で話したもの
彼は考古学者として大学で教鞭をとり、定年後は歴史博物館で学究を続けている

通夜だった所為か、地縁・血縁者が集まっただけで彼の仕事関係者は居なかった
血縁者で私が知るのは奥方とお子さん(と云っても中学生の孫がある)ぐらいであるが
地縁者は、記憶があったり、話から「ああ、あの家の誰」と分かる人が多かった
待ち時間の間は地元の世間話となり、私は懐かしい思いで聞き入っていた
まま、あの子・あの家はどうしたという類の話ながら、初めて知る話も多かった
導師も地の人間で、読経後の導師の法話も半分は故人との想い出話であった
さすがに、途中で「独生独死独去独来」と書いた紙を取り出し、冥土への道が云々カンヌン

私には檀家制度の成り立ちというか、世に云う葬式坊主の在り様が微笑ましく思えた
地縁・血縁関係の古い地域社会で、人心掌握の中心的存在という伝統を作ったようだ
奈良仏教から密教、五山を経て江戸幕府の檀家寺、寺小屋では読み書き算盤と論語
キリスト教会でイスラム経典を語るような日本仏教だが、偏狭さがないところが立派
神仏共に「ええやないか」で身も心も浄化するというのは、日本宗教の偉大な発明かも


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田圃の畦をうろつくアオサギ、餌を見付けついばむ様子が真剣である
記録的猛暑になると云われる今年の夏であるが、ことのほか過し易く思う
朝夕は涼しく、明け方は窓を開けていると寒くなり、布団を手繰り寄せる
夕涼みの風が懐かしい昭和の記憶を引き戻してくれる

この二十日に滋賀県信楽にあるミホ・ミュージアムというところへ行った
新興宗教の財団が持つ美術館で、何となく訝しく思う私は嫌厭気味であった
複数の知り合いから勧められたこともあり、新聞の文化欄担当だった御仁に同行
展示会は「極」と名付けられた「者の湯釜ー茶室の主ー」という企画であった
日本中の名だたる茶釜を一堂に集めているというのが売りであった
新興宗教財団の資金は潤沢というのが透けて見え、少々鼻白むがそれは置く
美術や芸術は成金権力者の元に集まると云うのが常であり、歴史の仇花とも云えよう
子の企画の宣伝文句は「重要文化財の茶釜を一堂に集めた」ということである
確かに一見の価値がある代物揃いで、館長も「茶の業界」で高名な御仁が就任
奈良の古い陶器の風炉釜から芦屋・天明・京釜の歴史が説明されていた

私が面白く思ったのは竈子(くどこ)の歴史、今昔である
昔の釜には竈子の鼎(かなえ)、つまり三脚が付いた釜があり、その現物が展示されていた
そして、善教房絵詞の現物も展示されており、室町期の釜を使った調理状況が分った
竈子の下に薪がくべられ、釜が煮立っており、まな板の上で鴨が包丁で切られている絵図
横には兎が縛られており、棚には魚が載っているという臨場感ある絵物語である
傍で数珠を手にした坊主が寝転がって、生き物を殺し料理するのを眺めて待つ姿
殺生や淫行を禁じる戒律を有すという仏教ながら、破戒僧が跋扈するする世の情景を描いている
宗教の唱える話と行状の矛盾を室町期の世人も良く気付いていなさったということであろう
ここの宗教団体、その辺りの教条を訊いてみたくなった

下の写真の左下が竈子(くどこ)、逆さまにすると五徳(ごとく)である
茶人を自称される人の間でも、意外と五徳が竈子の逆さ読みだとは知らぬ方が多い
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2016.07.20 月下美人
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今朝の月下美人、萎れている、正に「一夜の花」である
昨日の夜さりは見事な開花ぶりで、近所の奥方衆が花見集会
梅に鶯、柳に蛙と来れば、月下美人にはコウモリが付き物であるが姿を見掛けなかった
まま、コウモリは人間社会にウンザリするほど棲息し、飛び回っている
都知事選も似た話
2016.07.19 趣味
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白石が私の囲碁の師匠、黒石が私の従兄、二十目差で白の勝ち

昨日は、私の囲碁の師匠がアマ本因坊奈良代表になったことで祝賀会を持った
前にも集まって師匠と囲碁を楽しんだ囲碁仲間たちと師匠の五人でである
一人は私の従兄で師匠と同い歳の七十九歳、アマ囲碁の名門三菱電機のOBである
従兄は悠々自適の生活に入ってから、囲碁七段として地元で指導碁に勤しんでいる
一人は税理士で、管区の税理士仲間で作る囲碁同好会の師範代という堅実型囲碁五段位
彼は、月に一度関西棋院に通い、プロ棋士に三子で稽古を受けていると云う御仁
一人は元新聞記者で文化欄を担当して、囲碁にも一家言を持つという宇宙流囲碁五段位
そして、今一人は私、何となく日本棋院の初段を貰ったが、実力は級位

従兄が師匠と、全国大会に向けた壮行の一局という碁を打った結果が上の写真
従兄曰く、「参りました、私に大敗をさせない気遣いの石運び、まさに完敗でした」云々
師匠曰く、「とんでもない、私も一杯いっぱいの碁で、何とか勝たせてもらいました」云々
五段位二人は、壮行の碁を観戦しながら、辛抱できずに横で自分達二人で打ち出した
当然、私はお茶掛りと証拠写真の撮影に専念する

対局が終わってから、菖蒲池駅の近くにある割烹旅館での祝賀会
師匠と従兄の対局、そして元新聞記者と税理士との対局を肴に囲碁談義が花開く
夫々癌や心臓病、脳梗塞で入院したということもあり、囲碁と健康と云う話が語られた
囲碁は指先を使うので脳神経の刺激になり耄碌や認知症の予防に最適云々
私が初めて知った話もあった、あの井山七冠は左手で打つが、元来は右利きであるとか
左手で打つのは脳ミソと神経のバランスで、一呼吸の思慮を深めるためだとか云々
話は癌対策に及び、撤去手術で生還した従兄曰く、「特効薬はニンニクとラッキョウ」
更に曰く、「神は公平だ、朝鮮人にはニンニクを、日本人にはラッキョウを与える給うた」云々
何でも従兄は黒ニンニクの漬物を毎食摂り、今は健康になったとご満悦

次は囲碁への一家言持つ元新聞記者が語り出した
彼曰く「囲碁は趣味とは云えない、趣味つまりHobby(ホビー)にはならない」云々
何故かと聞くと、彼は応えて「勝負、つまり勝ち負けがあるものは趣味の概念から外れる」
そして、更に曰く「趣味とは一人で楽しむもので、絵や書・音楽なんかが趣味の対象となる」
私はある種の納得をさせられた、確かに勝ち負けが出るものは趣味とは云い難いかも
高専教授を退職した友人が、バードウォッチングを始めた、成る程に好い趣味だと思う
まま、そう云えば、お茶も趣味と云えそうかも(^^)

もう一つ笑った話、師匠が県大会で優勝した時のこと
七十九歳での優勝を、皆の間でこれが最後という声が出たとのこと
そこで師匠は応えて曰く、「七十代での優勝はこれが最後でしょう」
この話には、同じ七十九歳の従兄が拍手喝采、嬉しそうに握手を求めた
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散歩途中にハナが神社の草叢でゴソゴソしている亀を見つけ出した
三十センチぐらいの大きさがあり、ハナもくわえることがことが出来ずにいる
この辺りは秋篠川から神社に向かう道中になる
時折、近所に亀が出現するのは神社の森が通り道と踏んでいたが、やはりである
何故、あの短い脚で森を通り抜ける辛苦をして人家の道へ出て来るのか疑問である
一度亀に聞いてみたいもの
2016.07.16 皇族の医療費
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「矢筈ススキ」とちょっと変わった「都忘れ」、京都稽古場にて

今朝の産経抄を読み、皇族には医療保険がなく全額自己負担と初めて知った
話は故三笠宮寛仁親王殿下の話が生前に語った話として載せられていた
皇族は基本的人権(選挙権・被選挙権)が行使できず、政治や営利事業に係われない
住民税や相続税の支払いは一般国民と同様であるが医療保険への加入は認められない
皇族の医療費は全額実費だということである
故に、病身で何十回も病院治療を受けられて来た殿下には、治療費の負担が身に応えた由
私は、皇族の医療費は税金から支払われていると思っていたが、違っていたらしい
確かに、年間三千万円の皇族費は上場企業の役員の年収クラスであろうか
殿下の度重なるガン治療費や入院費はかなりの負担になったとかで、愚痴となり漏れたようだ

この話を読み、私の脳裏にふと四十年位前の出来事が思い起された
私の勤めていた企業で労働組合が結成されることになった時である
組合幹部会の中で、組合専従者の処遇について話し合われた席でのこと
我々の企業の業績査定はABCDEの五段階があり、Cが平均基準で100%
Aが110、Bが105、Dが95、Eが90、という数値で、経理や総務のスタッフはC評価
この評価数値で、昇給と賞与の支給額が決定されるという社内規定であった

そこで、組合専従者をどうするかという議題が組合幹部会で論議された次第
私は、会社のスタッフ同様にC評価とするのが当然と考えていた
この議題が出たところである幹部が発言し、「専従者にはA評価をしてあげたい」と云い出した
その理由は「これから頑張ってもらいたいから」云々であった、私は「それはおかしい」と反論
私は、専従者はスタッフであり本業のスタッフも頑張っていることに変わりがないと論じた
その場に委員長や専従者も出席したが、他の幹部の中での採決になり、私の案は避けられた
結果として、委員長は二十年近くその職に留まり、給与や賞与は断トツの高額となった
今はどうか知らないがこの話、平等な評価査定を求めるべき組合が最初に情実を入れた
私には苦々しい想い出として残る

この想い出が、産経抄の寛仁殿下の話と私には逆の意味で繋がってしまう
義務と権利、責任と権限、平等は評価と査定云々という組織運営の根っこ論である
戸籍が無い皇族に住民税や相続税が負荷されて、戸籍が無い故に医療保険に加入出来ない
法規策定当時の役人は、権利と義務の整理がつかぬまま世論に媚びたように思われる
恐らく、都を忘れたのであろう・・
因みに、天皇の運転免許書の本籍は「日本国」となっているとの由

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十数年ぶりに履いた雨下駄

昨日は当流の京都稽古場に宗家来駕ということで、私も京都へ行った
夕方には宗家と京都稽古場の幹事である陶芸家と三人で会食、一献交した
京都の天気予報は一日雨模様で、それも大雨になるということであった
朝の奈良も雨で、着物袴で濡れるのは嫌なのでタクシー呼んだが断られた
何でも予約が混み、時間の予定が立たないということであった
そこで近所の方に無心し、駅まで車で送ったもらった次第、車が無いのは辛い・・

近鉄高の原駅から京都地下鉄直行の電車で京都へ向かった
駅の構内では、私の雨下駄がカランコロンと響き渡り、周囲の目が集まる
そこで私は、駅通路に敷かれた黄色の視覚障害者誘導用ブロックの上を歩いた
ブロックは樹脂製なので消音効果がある、しかし凸凹があり歩き辛い
まま、下駄の音を気にせず歩くか、凸凹の歩き辛さを我慢するかの二者択一である
気の弱い私としては、下駄の音で周囲の目を引くより、ブロックの歩き辛さを我慢した

京都に着くと晴れていた、着物袴姿で大きな傘を持ち雨下駄で歩く我が身は浮いていた
顧みれば、中学高校時代には友達と下駄履きで駆けまわって遊んでいた
雨の日には、大人も子供も長靴を履き、水溜りの泥を避けて歩いた
和服の女性は、雨下駄で傘を差し裾を気にしながら歩いていたもの
そこでつい、私の口を吐いて出たのは、「降る雨や 昭和は遠く なりにけり」
ご存知、本歌は中村草田男の「 降る雪や 明治は遠く なりにけり 」
2016.07.12 黒牛とロレア
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きのくに和歌山の銘酒・「黒牛」、まま、それなりに旨い
昔、女房殿とドイツのライン河から支流モーゼル川経由でフランス・パリまで列車旅行をした
車窓に見える田園風景が長閑で、幾つもの村々と牧場を通り過ぎて行く途中のこと
そこかしこに屯(たむろ)する牛を見て、女房殿が曰く「何で牛が白いの?、変やわ」
確かに和牛は黒牛が相場であるが、欧州では白牛、朝鮮や支那では赤牛(茶)が普通
女房殿は「白牛」に違和感があり、「黒牛」で納得するようである、思い込みとは恐ろしい

十日の日曜日のこと、和歌山で留学生の男子八人と女子三人を連れ会食に行った
私の知人の女性が世話役をする和歌山の留学生支援組織が今年で二十五周年
私も当初から知っており、留学生の就職の世話なんかを手伝ったりしたこともあった
さて日曜日のパーティ、当初は二十人程が参加予定であったが食事内容を云うと半減
会食の場は、私の行きつけのホルモン屋でメニューは一つしかない
牛のシマ腸のタレ漬けと玉ネギをジンギスカン鍋で焼き、麦飯に添えて喰う、それだけである
宗教的感覚で辞退する者、次にゲテモノ感覚を厭い辞退する者(女子が多かった)が続出
結局、男子は支那人四名、フランス人三名、オーストリア人一名の八名
女子はハンガリー人、フランス人、韓国人各一名の三人で計十一名、他に世話人の知人女性
世話人の女性、「私もこの店は苦手、でも井谷さんが云うから仕方ない」とか云々

以前の留学生にハンガリー人が居て、彼の帰国が我々夫婦の欧州旅行のキッカケとなる
その話は「ヨーロッパ旅日記」として、このブログにも掲載済み
別の会合で、ハンガリー人女性の留学生にそのことを話したのが今回の会食に繋がった
シマ腸ホルモン焼きに多くの女子留学生が嫌厭した中、彼女は喜んで参加した(と思う)
さて会食、日本語で遣り合う留宇学生同士の談論風発、何となく面白い光景である

私が口を挟むと、支那人学生三人とオーストリア人学生・フランス人学生が私の席に来た
論じていて気付いたのは、ハンガリー人女性留学生はナカナカの学識の持ち主ということ
ケルト文化やバスク語、ウゴル語民族の話になった時には支那人学生はチンプンカンプン
逆に、三国志や支那王朝の話になった時にもハンガリー人女性は彼女なりの薀蓄を述べた
彼女の「中国は何故異民族王朝が多いのか」と云う質問に、支那人学生の応えは曖昧となる

西戎(姜・回族)の周・秦、北荻・鮮卑の隋・唐、北荻征服王朝の遼・金・元・清という王朝
圧倒的多数の漢族が何故少数異民族に支配されたのか、と云うのが彼女の疑問
面白い投げ掛けであると興味を持って私は聞き入っていた、支那人学生の回答とは
異民族王朝は、漢族の持つ高度な文明に同化・吸収された云々カンヌン
彼女の云う「圧倒的多数の漢族が何故少数の異民族に支配されたのか」への回答にはならない
私が、日本と支那・朝鮮との歴史の大きな違いは国体の継続性にあると云うと、支那人キョトン
ハンガリー人女性は大きく頷き、「世界で一番長い皇室の存在がある」と云う、私ニコリ

世話役女性が私に一言、「中国は暗記教育で、何故かという教育を彼等は受けて来なかった」
成る程と合点、そこで私が思ったのは、欧州のバカロレア(大学入学資格試験)教育のこと
下記は、フランスのバカロレアでの試験問題の抜粋

人文系
1.言語は道具にすぎないのか?
2.科学とは事実を証明するためだけのものか?

経済・社会系
1.我々は国家に対してどのような責任を負っているか?
2.知ることなしに解釈すること はできるのか?

自然科学系
1.政治に関心を持たずに道徳的に行動することはできるか?
2.働くことで自己意識を獲得できるか?

バカロレアとは、バカが飲む赤ワインカクテル(ロレア)ではなさそうだ・・
下の写真はスペインのサングリア「LOLEA(ロレア)」
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舗装の割れ目で「もじり草」が花を咲かせていた、私の好きな野花である
「ねじばな(捩花)」とも「もじずり」とも呼ばれるラン科の多年草

今日は参議院選挙の投票日、新たに十八歳からの若者も加わった選挙になった
近鉄学園前駅では「戦争法案反対」を叫び、「平和憲法を守ろう」と声を上げる人達が居た
齢七十前後の爺さんたちである、私が「あんたらは、兵隊に取られへんで」と皮肉ると
彼等「孫を戦争にやらんためや」云々、そして「こうしていると昔を思い出し懐かしい」とも
私「せやな、昔は二十歳で共産主義に共鳴せん者はアホや、と云うたな」、彼等「うんうん」
私「そして、四十になっても共産主義を口にする者はアホや、とも云うたな」、彼等「・・・」
私「やっぱし、大日本帝国共産党がエエな、あんたらも一票入れや」、彼等は去った

気になり、総務省統計を調べると、昭和四十二年第三十一回衆院選の投票率は73.99%
中、二十代の投票率は66.69%、平成二十六年第四十七回衆院選の投票率は52.66%
中、二十代の投票率は32.58%であった、国政の投票率低下は何を意味するのであろうか
日本は誰に任せても大丈夫ということか、それとも日本の国にある種の見切りを付けたのか
それも若者の投票率低下が顕著なことに少々気を揉む

然しである、もう一つの調査では面白い傾向が見られる、世代別支持政党である
「50万人世論調査」日本政治COMから
二十代では自民党54%・共産党5%
三十代では自民党45%・共産党5%
四十代では自民党37%・共産党5%
五十代以上自民党27%・共産党7%
そして、憲法改正の是非に関する別調査では、男性の改正賛成意見が
十八~三十九歳で51%、四十~五十九歳で48%、六十歳以上で46%
そして、日米安保条約に賛成する意見は二十代が88.8%で最高値を示した

「二十歳で共産主義に共鳴せん者はアホ、四十になっても共産主義を口にする者はアホ」
この言葉、死語となったようだ・・
六十年、七十年の若者たちが行った「安保反対運動」、何だったのだろうか
学園前駅のアラセブンティ爺さん達のノスタルジーとなってしまったのだろうか
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東大寺大仏殿・金銅八角灯籠、昭和三十二年に国宝に指定
大仏殿が再三兵火により消失するなかで、創建当時の姿を残す貴重な遺品
昭和三十七年に、東北面の音声(おんじょう)菩薩が盗難に遭っている
現在は樹脂製の複製品が取り付けられている
後で見つかったオリジナル品は東大寺ミュージアムに保管展示されている

下の拓本はそのオリジナル品、溝に捨てられて上辺右辺が破損したままである
この拓本、屏風にして私が持っているもの(^^)、上には東大寺の落款
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奈良手塚山大学の西田厚教授が昨年末に「語りだす奈良」と云う本を上梓
その本の中に、大仏さんのことと大仏殿コンサートのことが書かれていた
一つは大仏殿に集まった小中高の生徒に大仏さん宛のラブレターを書く催しがあり
中の、「生老病死 全て隣に あなたがいる いてくれる」と云う作に感銘した話
二つ目は音楽好きの大仏さまへ音声菩薩に変わってコンサートを企画した話

コンサートには全国の有名どころの音楽家が参加してくれ企画者の面目を施したとか
それなりの話であったが、著者の一言がボケたというか、参加者への愚痴の如し
演奏後に大仏に向かいおじぎをしたのは、林英哲さんと平原綾香さんの二人だけだった云々
他の多くの出演者は大仏に尻を向けたまま終えて引き上げたということ、まま成る程の話
然しである、この時の企画者とは著者の西田氏その御仁、本の中で愚痴っては如何
企画者であり、司会もしたという西田はん、当初に御仁から大仏礼拝の一言あって然るべし
後に、自分の著書の中で出演者の意識の低さを愚痴っても全く様にならんであろうに
やはり学者、奈良博物館の学芸員から大学教授となった御仁の感覚はイトおかし
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秋篠川の岸辺に藪萱草、近くで牛蛙の声が響いていた

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昨日は大阪日赤の定期検診に出廷、入り口には七夕飾りが置かれていた

七夕の風習は、奈良時代に支那から伝わったとされている
当初は笹に「青・赤・黄・白・黒」五色の糸を星にお供えする習慣だったとか
室町時代の頃になると、願い事の内容は書の上達などになる
それに伴い、書道の道具の硯や短冊に書いた和歌等を供えるようになったとか
一般の人々に節句のひとつとして広がりを見せるのは江戸時代の頃からという
さすがに日赤病院、「合格」「金運」そして「当選」を願う短冊は見当たらなかった

さて、参議院選の最中ながら、都知事選の話題も喧しい今日この頃である
都知事選の小池百合子はん、よく云われる「出たい人と出したい人」の典型となった
芦屋生まれで、細川 護熙に認められ日本新党から参議院比例代表で出馬し、当選
以後、新進党・自由党で小沢一郎の側近、そして自民党に入り、小泉純一郎の側近
政党を渡り歩く政治家と男を渡り歩く女に私は信を置けない
小池はんはそれを両立させた御仁、まま、それなりに地位も得てござる
小池はんそのものより、彼女を担ぐ男の輩がもっと問題ではあるが・・

2016.07.05 季節の移ろい
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秋篠川の鯉、熱い日が続くが朝夕は未だ過ごし易い

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猛暑日の話を耳にすることが増えて来たが、裏の神社の森では萩が花を付けた
秋の訪れが其処まで来ているということ

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近くのお宅の花壇、最近まで菖蒲が咲いていたが、ここにも秋、エノコロ草である
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昨日、秋篠川の土手道を散歩していると、何処へ行くつもりか赤カエルが歩いていた
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ぐるっと奈良・奈良公園ルートの車内案内板、少々写りが悪かった

手害門の表具屋と若草山麓の宿屋に所用があり、日中に奈良市内まで出掛けた
34度を超える日差しを受けながら手害門から東大寺を抜け若草山まで歩く
若草山麓からの帰路、「ぐるっとバス、奈良公園ルート」というのに乗ってみた
こんなバスがあるとは初めて知った、百円均一で奈良公園をぐるっと廻る
夏着物とは云え、炎天下の奈良歩きは汗だく状態、バスの冷房が心地よかった
帰宅して、水を浴びて汗を流し、冷えたトマトとビールで喉を潤し、テレビを付けた
バングラデシュのダッカで発砲事件があり、多くの死者が出た旨報道されたいた

そして、今日の朝刊には一面トップでダッカの惨事が「テロ邦人七名死亡」とあった
日本人死亡者はまだ若い人たちで中二名は女性であったと報じられていた
被害者たちは気の毒であり、冥福を祈りたいが、少々気になる話があった
現場近隣の女性の談として、事件現場から男性の声が聞えたことが伝えられた
「アイム ジャパニーズ ドント シュート、(私は日本人、撃たないで)」

テロリストに襲撃されて銃殺された方々は恐怖の極みであったろう
「私は日本人、撃たないで」とは、日本人なら殺されないと思ったのか
周りの制止を無視し、自己責任とか云いISに近づき捕われた挙句に
カメラの前で助けを乞う姿を晒す者とは今回の犠牲者は違う人達である
然しである、日本人なら撃たれないと思う心理は何処かで回路が重なる
「私は日本人、撃たないで」、では替りに撃たれるのは誰と思ったのか
一国平和主義教育の歪みと見られても仕方ないように私には思える
国家観・歴史観を腑に落とし込む教育の欠如かも知れない
「撃つな」の一言で良かったろうに・・
犠牲者の冥福を祈る