昨日は女房殿と郡山城追手門で開催された「幽玄と楽斎二人展」に出掛けた。
川崎幽玄・明治38年生まれ平成12年没、大和指物師、戸屋15代目の三男。
尾西楽斎・明治43年生まれ平成15年没、郡山赤膚焼五代目陶芸師。
二人は共に郡山生まれで先生と呼ばれることを嫌った職人堅気の持ち主であった。
生前の幽玄はんには何度も自宅までお邪魔して、色々面白いお話を聞かせてもらった。
上田流宗家の和風堂の復元に当たっては欄間や炉縁等を提供して頂いた。
五代目楽斎はんとはお会いしたことはないが、朋庵元塾生の祖父で陶芸の師でもある。

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幽玄と楽西二人展の会場となった大和郡山城追手門。
この建物の中で二人の遺作が展示され、郡山所縁の石州流の呈茶があった。

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幽玄はんは木工技術の特許を幾つかお持ちで、その一つが竹木の平面化技術。
写真上がその竹板、写真下はそれを使った襖の引き手。

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私には懐かしい奈良公園旧図書館の建物、今は郡山城に移築されていた。
閉館時間であったが、私が少し中を見せてほしいと云うと来られた管理人は偶々高校の先輩。
当時の図書館の思い出話が重なり、中へ入れてもらえた。其処彼処から半世紀前の臭いがした。
そう云えば、4月30日は図書館の記念日とか。
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茶会の席主の言では、陶芸道具を全て尾西楽西窯の作品で通したとのこと。
面白かったのは焼き締め器に三つ人形蓋置を使って花を入れた工夫。花台は春日杉。

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二人展を後にして元塾生と「東京もんじゃ焼き」なる店に入った。
女房殿は、聞いたことはあるが食べたことはないとか、まま興味半分で注文。
食べている女房殿に私が「どんな?]と聞くと、女房殿「まあまあやけど、お好みの方がええ」
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2017.04.28 草むしり
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石楠花(しゃくなげ)と霧島躑躅(きりしまつつじ)が重なり合って爛漫に咲き誇っていた。
同じツツジ科、まま、親戚同士と思えば微笑ましい。

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我が家のドクダミ。今年もシッカリ生えて来た。
雨上がりの本日、花好きのお隣と御向いの奥さんが庭の草むしりをされていた。
其れにつられた形で、我が女房殿も軍手をはめて草むしりを始めなさった。
花好きの人は、花を植えて土や肥料を手入れし、毎日のように水をやり花を咲かす。
そして、雑草と云うか邪魔な草はむしり取られて捨てられる。まさに「むしり取る」。
種子や根茎で冬を越し、漸くにして芽を出し葉や花を咲かし出した頃合いの草。
大事に育てられるのも、むしり取られるのも同じ生きとし生きる草・植物。
女房殿と一緒に草むしりをしながら、昭和天皇の御言葉を思い起した。
「世に雑草と云う植物はない」、つくづく良い御言葉だと思う。
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秋篠へ向かう道に植えられた枇杷(びわ)の木に小さな実が付いていた。夏の訪れだ。
枇杷は支那南部が原産とされるが、古代から日本にあったらしい、栽培品種は江戸期に到来。

朝刊に琵琶湖の鮎の稚魚が昨年の十分の一に激減という記事があった。
つい、「枇杷(びわ)」と「琵琶(びわ)」はどちらが先なのか?と調べた。
果実のビワは形が、楽器の琵琶(びわ)に似ていることから付けられたとあった。
2世紀ごろに書かれた「釈名(しゃくめい)」には、
「枇杷はもと胡(中央アジア)の地に出づ。前に押してひくのを枇(び)といい、手前にひくのを杷(は)という」。
成程と思い、ついでに琵琶湖を調べてビックリした。
世界有数の古代湖とは聞いていたが、フラフラ移動を繰り返した湖とは知らなんだ。
元々は今の伊賀地方にあり、甲賀に移ってからは古奈良湖の源水になったとか。
伊賀から甲賀、柳生から奈良、姿を消したり生じたリ、まるで忍者湖である。

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裏山のツツジに蕾が付いた。

テレビで候補4人のフランス大統領選の第1回投票が23日に即日開票との報道。
マクロン前経済相(39)と国民戦線ルペン党首(48)が来月7日決選投票へ進出とか。
同9日の韓国大統領選挙は、世界が注目する仏大統領選の前に影が薄くなった。
韓国大統領は誰がなっても世界への影響は殆ど無い、日本で少々話題になるぐらい。
仏大統領選にルペン党首が勝利なら、世界は大騒ぎになり経済も大混乱するであろう。
だが、第1回投票で破れた2候補がマクロン支持を表明したのでルペンの勝利はなかろう。
この選挙はグローバリゼーション志向か、ローカルへの回帰かを問うものとである。
米大統領選と英国民投票ではローカル回帰の自国主義が支持された。
ルペン勝利となれば、欧州の主要3国、英・仏・独のトップは全て女性となる。
英仏がEU離脱となれはEU瓦解を意味し、三人の女の戦い、うわなり打ちである。
私は、ルペン党首の「国民戦線」に対してある種の興味を持っている。
その副党首で全国代表のブルーノ・ゴルニッシュ(67歳)は京都大学へ留学したという。
彼は『万葉集』『源氏物語』『平家物語』、三島由紀夫・川端康成・芥川龍之介まで渉猟。
帰国後、1978年にパリで法学博士号を取得して、パリの法曹協会で弁護士登録。
京都大学留学中は三畳一間の生活で銭湯通いをしたという。
私も三畳一間三千円の下宿で銭湯通いをして「神田川の世界」を知るので彼に好感を持つ。
彼は平成10年終戦記念前日、当時の国民戦線党首ジャン・ルペン党首と靖国神社を参拝。
1981年リヨン第三大学教授となり、日本語と日本文化論を教えたが現在は停職中とか。
日本人の奥さんとの間に三人の子供があるという彼、今の党首ルペンに解任されたと聞く。
2017.04.22 立てば芍薬
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游鯉の下に芍薬(しゃくやく)を立てる。菖蒲(しょうぶ)の花はまだ見当たらなかった。

 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」、とは美人を形容する言葉とされる。
と思っていたが、聞くと、元々は生薬の用い方の例えとからしい。
「立てば芍薬」の”立てば”は気のたっている女性を意味し、芍薬の根により改善。
「座れば牡丹」の”座れば”はペタンと座っているような女性を意味し、「お血(おけつ)」。
「お血」の「お」は「瘀」で病・やまいの意、牡丹の根の皮の部分により改善。
「歩く姿は百合の花」はナヨナヨと歩くような心身症を意味し、百合の球根で改善。
では、爺の場合は何と云うのか考えてみた。
「立てばスカンポ、座ればザクロ、歩く姿は枯れススキ」・・まま、ショムない。

昨夕は、私の古い友人の鮨屋の店じまい慰労を兼ねた一年遅れの古希の祝会。
大阪・和歌山の友人と奈良の私の三人を其々の会社後継者が催してくれた。
能書シャンペンや其々の名か刻まれたグラス、それに世界最軽量の折り畳み傘。
それなりの気遣いをして貰い、三人は夫々の後継者と共に楽しく酒宴を持つ。
仕事の付き合いから始まった30年越しの友人関係を語り合った。
お互いの回顧談は、「信義」を通したというのがオチで納得、後継者達も首肯。
思うに、人生とはその人自身の記憶と人の記憶との重なり、記憶リンケージ。
いい記憶を重ねて生きたいものである。
2017.04.20 囲碁と稲荷
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四・五日前まで小さな蕾だった霧島躑躅(キリシマツツジ)も花が開いた。
根元の小枝と蕾がが煩わしい、切るべきであった。

昨日は高校の同級生との月例囲碁対局の巴戦であった。
三人それぞれが一勝一敗、まま、平和に収まりが付いた。
米国副大統領ペンスはん曰く、「平和は力によってもたらされる」、納得。
実はこの日、もう一人の同級生が来る日でもあったが、すれ違いになった。
小中同級生の彼は私の高校の同級生とも顔なじみで、囲碁観戦に加わることがある。
以前にも記事にしたが、彼の家は村の稲荷神社の前にあり、隣家が茶屋であった。
毎月19日は村人が神社に参ってから、茶屋に寄るというのが習わしであった。
その茶屋では皆に稲荷寿しを出していたという話を私も伝え聞いている。
茶屋の人が亡くなった後、彼が敷地を買い取り家を建てた。
彼の兄は茶屋の屋号を引き継いで表通りで父親からの家業店舗を出した。
今は神社参りをする人も途絶え、茶屋のことを知る人は殆ど居なくなった。
しかし、彼の家では毎月19日に稲荷寿しを作り、それを親戚兄弟に配っている。
それを知る幼なじみの私の家にも、おすそ分けとして持って来てくれるのである。
彼は次男だが、子供が無かった伯父夫婦の位牌と仏壇を家に引き取って祀っている。
風習や伝統というものとは何なのか、彼の生き様やり様で教えられる気がしている。
今日の朝餉は彼の稲荷寿し。女房殿は大好物とか。

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母親の故郷、山口県から送ってもらった43度の米焼酎「寝太郎」。
右から「白ラベル・平安永寿」、「甕入り」、「黒ラベル瓶」の順で価格は高い。
先ずは普通瓶から( ^ω^)・・・、芋や麦の焼酎とは違うエエ香りの味わい。
私の信条というか心情、「酔生夢死」の思いにシックリ来る名。もう寝たろう。

寝覚めて嫌な気分になった今朝のニュース2件。
一つは沖縄県。
沖縄独自の仮想通貨を企図しているとのこと。沖縄独立志向の煽りであろう。
私は、今の沖縄県知事・翁長という男を訝しく思っている、ハッキリ言うと好かん。
翁長はかつて自民党県連幹事長を務め、辺野古移設推進決議案を可決させた旗振り役。
また那覇市長であったときには辺野古移設に賛成していた男である。
それがコロリと移設反対、「沖縄ファースト」張りの大衆迎合ポピュリズム政治へ変貌。
私の男を見る基準は「信義」、裏切る奴は亦裏切る。恥を知る矜持こそ男の価値観。

2つ目は台湾。
台南の烏山頭ダムの傍にある八田與一氏の銅像の首が切り取られたこと。
八田氏は台南のダムや水路の整備に尽力、台南に穀倉地帯を築いた御仁。
戦時中、八田氏の乗った輸送船が米軍魚雷にやられ、八田氏は死亡。
八田氏の奥さんは日本敗戦を聞き、昭和20年9月1日に烏山頭ダムの放水口に投身自殺。
八田氏の銅像は、台湾の有志の人々によって建てられたもの。
銅像の首を切り取り持ち去ったのは、中華統一促進党党員の元台湾市議会議員とか。

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2月28日のブログで台湾の228事件を取り上げた時、台南の八田與一氏の銅像を掲載。

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首切り犯人は中台統一を強く主張する中華統一促進党党員の元台湾市議会議員・李承龍。
この写真は李承龍が自身のフェースブックに犯行声明と共に掲載したドヤ顔。
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洗ったのに亦もやハナの毛・・、と思ったが違っていた。
毎朝のこと、寝間やそれに続く廊下が毛だらけになっていた。
何の疑いもなく老いた愛犬「ハナ」の抜け毛とはかり思っていた。
まま、春となり抜け毛の季節でもあり、今は家の中に居ることが多い「ハナ」。
目も悪くなり、足もよたよたして来た「ハナ」を思い、せっせと抜け毛掃除をした。
それで昨日は「ハナ」の丸洗いを敢行、抜け毛の手当てをしたつもりであった。
それが今朝のこの抜け毛、私と女房殿はおかしいと気付いたのである。
何故なら、昨夜の「ハナ」は寝間に入れず、居間のコタツ布団で寝ていたのである。
「ハナ」の体毛には未だ多少湿り気があったので、コタツで寝かして乾かしていた。
調べて解かったこと、それは私の掛け布団に破れ目があり、中の羽毛が散乱。
まことに「ハナ」にとっては濡れ衣ならぬ濡れ毛の誤解であった。
最近、布団の羽毛密度が薄くなっていることの原因も解明した。
上がり坂下り坂に加えて、人生には「まさか」という坂があると再認識。
思い込みで生まれる誤解曲解、そこから生じる「まさか」の悲劇、ご注意あれかし。
今朝のテレビで北朝鮮と接する地帯の韓国事情が流されていた。
ガスマスクが売れ、防空壕(シェルター)の整備も行われているとか。
同じ民族同士が何時まで殺し合い体制を続けているのか、哀れな話である。
他民族の手で自民族の殺戮を繰り返す朝鮮の歴史は悲哀としか云いようがない。

今日の天気は久しぶりの快晴、気温も上がりそうなので愛犬「ハナ」の丸洗いをした。
何時もは風呂場で残り湯を使うのだが、今日は玄関の水道を使って洗った。冷たい。
「ハナ」は嫌がって逃げようとするが、なにせ盲いたる身、逃げ場が分からない。
洗い終わって放すと、茶庭の方へ向かった。

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玄関横から枝折戸(しおりど)を抜け、露地へ逃げ込もうとする「ハナ」。

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手水鉢のゴロタ石の様子を確かめながら逃げ場を探す「ハナ」。

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数寄屋の躙り口まで来たが、戸が閉まっており入られないので戸惑う「ハナ」。

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腰掛待合の下にもぐり込み、安堵する「ハナ」
ここなら北朝鮮のミサイルも怖くないと思ったかどうか・・。
報道によると、北朝鮮の今朝のミサイル発射、失敗だったとか。
思ったこと、「北朝鮮、おまはん役者じゃのぅ・・。」
ミサイルが成功していれば、米軍の攻撃は必至。
ビビりながらもミサイル発射、そして失敗を演じる臭い田舎芝居。
トランプはん、喧嘩慣れした男のようだ、好感が持てる。
この期にあっても民進党、相も変わらす「森友・森友」、死なば「もりとも」か・・。
「ハナ」は純粋の和犬、縄文犬の血を引く純血柴犬、二重国籍犬でない。
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道端のヤハズエンドウ(矢筈豌豆)、マメ科ソラマメ属、別名・カラスノエドウ(烏豌豆)。
娘はピーピー豆と呼ぶが、その名は知らなかった。地中海が原産地。
古代オリエントでは麦作と共に食用種として栽培されてことが確かめられているという。
私は食べたことはないが、和え物や天プラにすると美味いと聞く。

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奈良ホテルの南側に接する大乗院庭園。うららかな風景を撮ってみたが写りが悪い。
興福寺の門跡寺院である大乗院の寛治元年(1087年)創建と同時に築造された庭園。
昨日、大乗院庭園文化館と今西家書院で開催中の奈良工芸展に出掛けた。
知人の出品者や茶人、それに近隣の奥さん方にも出会った。
大乗院庭園文化館では、どういう訳か坂本龍馬と勝海舟の書が掛けてあった。
今回の工芸会の世話人である知人の塗師に訊くと、「オーナさんの趣味」と回答あり。
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坂本龍馬の書とか。
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勝海舟の書とか。

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花海棠(はなかいどう)バラ科リンゴ属、実が大きく付く実海棠(みかいどう)と区分される。
支那原産とされるが野生種は不明。棠は梨のこと、海棠とは海外から来た梨という意味らしい。
支那では古く牡丹と並び称されて人気の高い花で美人を表す言葉でもあったとか。

水滸伝の女傑・扈 三娘(こ さんじょう)のこと、渾名は一丈青(いちじょうせい)。
梁山泊の女性頭領で、その姿から「海棠の花」と謳われるほどの佳人。
武芸も一流で、豪傑揃いの男たちに勝るとも劣らない活躍をしたという。
地方豪族の令嬢であったことには、良家の子女としての悲哀もあったとされる。
地方豪族の血筋というとペギー葉山さんの死去が今日の新聞に記載されていた。
ペギーさん父方・小鷹狩家の先祖は広島藩主・浅野家の家老職を勤めた家系。
また母方の祖父は白虎隊の生き残りということである。
流祖・上田宗箇は浅野藩の国家老であった。
おそらく、ペギーはんの先祖の茶の湯は上田宗箇流の同門と思う次第。

花海棠はソメイヨシノが散り始める頃に花を咲かせるが、開花時期は短い。
ペギーさんは享年85歳、まま、シッカリ花を咲かせて散ったと思う。
「南国土佐」も「学生時代」も多くの人の記憶に残るであろう。
花海棠はペギーはんを見送ったようだ。



2017.04.13 草の草
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左が虎杖(イタドリ)の茶杓筒、右は黒竹の茶杓筒。

スカンポの話をして思い出したのが写真の虎杖茶杓筒である。
スカンポと云う時は、一尺程度(30㌢余り)の虎杖の食せる若茎と云う感覚。
虎杖は大きくなると人の背丈位になり茎の太さも一寸(3㌢)位で固い。
その虎杖の茎を乾燥させて作った茶杓筒が写真左、「雲津の節」とある。
田舎で囲炉裏暮らしをする風流人から草鞋(わらじ)と一緒に貰ったもの。
「雲津」とは、この虎杖を採った場所のことであり、まま、粋な銘。
茶杓筒にも真行草があるが、虎杖の茶杓とは草の草であろう。
本来、茶杓筒は茶杓と同じ材で作り作者が署名や銘、日付を入れるもの。
そうしたものを共筒と云い、後から用意するのを追筒とか替筒と云うのが習わし。
共筒とは、自分が作った茶杓を人に贈呈する際の形式とされたようだ。
よって、茶杓の格付けに合わせて筒を作るということになる。

真 … 茶杓は象牙または竹の節無し、筒は皮目を残さず削り落としたもの
行 … 茶杓は木地や竹の節止め、 筒は上下の皮を削り綺麗に残したもの
草 … 茶杓は竹の中節、筒は皮を残し不揃いに削ったもの

件の風流人、当に「草の草」という生き方をしてござるが酒が飲めない。
これまた、当に「画龍点睛を欠く」という風流人生。
この一週間程、スマホでブログ書き込みをしていた、ただただ疲れた・・。
この書き込みはパソコンを使っている。楽だ。
2017.04.12 スカンポ

スカンポが出ていた、イタドリである。

子供の頃には皆で採っておやつ代わりに食べたもの。
皮をむいて口にするとパリパリとした食感で甘酸っぱい。
当時の遊びは山や川での食い物集めでもあった。
つい、酒のアテにと思ったが手荷物があったのでやめた。
2017.04.11 タラの芽
タラの芽、枯れ木同様だったタラの木に新芽が出ていた。
タランボと呼ぶところもあるとか。
天ぷらにして塩をふって食うと美味い。
酒が進む。
2017.04.10 ゆすらうめ


雨に濡れている「ゆすらうめ」
草刈りされた後に新芽が育ち花をつけていた。
なにかしら嬉しくなる。
2017.04.08 トランプはん

遅ればせながら開花した糊こぼし椿。
去年、虫に葉っぱを喰われたセイかも。
それにしてもトランブはん、なかなかの男。
習近平を招いてシリアへのミサイル攻撃を発表するドヤ顔。
比べて、大使を韓国へ帰すと発表した岸田外相のヘラリ顔。
喧嘩の強さは顔に出るもの、習はんの負け顔。
況してや岸田はん、外交とは軍事との心得がおまへんな。

翁草、誕生日に相応しい花である。爺になつた。
それにしてもである、雅子妃はんのオランダ国王への挨拶。
腰を屈めてから顔を寄せ頬ずりをしていた。
日本の皇太子妃という自覚を持たれていないようだ
昨日、同級生の陶芸作家・豊住和廣はんが奥さん同伴で来駕。
頼んでいた飛鳥風(本人曰く)建水の箱が出来たので届けに来た由。
奥さん同伴故、一畳台目の茶室「朋庵」にて一服点てて歓談。
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亡くなった共通の友人の形見分けが豊住はん作のこの銚子。蔓日日草を入れた。
豊住はん、じっと見て「アイツが死んで何年になるかな」とつぶやく。
春日大社の菓子銘々皿である板を花台にした。

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彼の云う「飛鳥風」の建水、本人は作風を「奈良・飛鳥の風景」をイメージしたものとか。
私には分かったような分らんような「飛鳥風」。

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本人は花入として作ったが、私は建水にするので中指が下に入るよう足を付けてくれと注文。
芸大出が作る道具は使い辛いものが多い、使う現場の感覚がないからだ、と私が講釈。
彼は、オブジェ感覚が云々とオヌカシ。私は「先生感覚になったらアカン、職工やで」と返す。

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「奈良工芸の粋」展 名勝旧大乗院庭園&今西家書院、4月9日から15日。
奈良には、奈良漆器や赤膚焼、一刀彫など、寺社を中心とした文化都市特有の工芸が今なお生きています。奈良を代表する工芸作家の作品を初めて一堂に集め、質の高い奈良文化に触れていただきます。(奈良新聞)

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昨日使った道具。「奈良工芸の粋」出展者である知人の作ばかり。
芋頭水指・・今西方哉
乾漆茶椀と黒柿茶杓・・山本哲
西大寺茶入・・坂本曲斎
建水(飛鳥風花器を転用)・・豊住和廣
菓子器(水盤花器を転用)・・尾西楽西
平茶釜・・川邊庄造

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先月亡くなった男優・渡瀬恒彦とハルウララの映画ポスター。
昨日は道を歩いてポカポカする陽気であり、あちこちで花が元気良く咲いていた。

「ハルウララ」、副題は「一番になれなかったけど、一番愛された奇跡のストーリー」。
高知競馬場で走り続け、113連敗した牝馬・ハルウララの物語である。
このことは世間の話題となり人気沸騰、馬券売り上げも記録的になり、武豊も騎乗した。
「負け組の星」として平成16年に映画化が企画、高知競馬場で撮影・制作された。
翌年4月から全国公開に先駆けてと高知県内の映画館で上映されたが、全国上映は実現せず。
ハルウララは現役引退後、新馬主女性エッセイストから所有権放棄され所在が不明になった。
新馬主は馬を無料で貰い受けたが、飼育費負担を止め馬を棄てたということである。
今年21歳の牝馬・ハルウララは千葉県のファームで世話をされていたのが判明した。
ハルウララの名前は伏せられ、馬房には「うーちゃん」と書かれていたとか、
知った有志らがハルの余生を支える「春うららの会」の結成し、存在が明らかになった。

先日の新聞、元野球選手の佐々木氏保有の牝馬がドバイで優勝、賞金4億円を得たと報道。
テレビでも狂喜乱舞する佐々木氏の姿が放映されていて、私はふとハルウララを想い出した。
ハルは、北海道の牧場で生まれたが、体が小さく素質がないとのことで無料で馬主に渡った。
厩舎では年間120万円ほどの飼育料が掛かるので、ハルを出走させたということであった。
出走すれは一回6万円程の出走料が出る、ハルは飼育料を稼ぐために年間20回程度も出走。
それは、競走馬の調教からすれば酷使というもので、蹄を痛めていた時も出たという。
幸い、負け続ける彼女ハルの姿に感銘を覚える人が増えて話題の人気馬になった。
世間の負け組、人生の負け組と思う人々へ、ある種の勇気を与えたとされたのだろう。
考えてみれば、年間120万円の飼育料を得るために年間20回も出走していたハルウララ。
飼育料が払えなければ「処分」が待っていたハルである。云わば命懸けで走っていたのである。
一走りで4億円を稼いだ佐々木氏の牝馬、20回走って120万円を得て命を繋いだハルウララ。
「負け組の星」という言いぐさは何か違う気がする、売文稼業者の物言いは少々気に入らない。
まま、佐々木氏の牝馬優勝でハルのことが気になり、調べて知った話である。
ハルの無事と有志の方々の温情のこと、泉下の渡瀬はんも安心されておられよう。
春うらら、秋篠のバス停からの帰り道に陽気の中で撮った写真の三葉ほど・・
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菜の花
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辛夷(コブシ)
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芝桜




2017.04.02 早咲き桜
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近隣の空き地の寒緋桜(かんひざくら)が満開。原産地は台湾で別名・台湾桜。
元々は緋寒桜(ひかんざくら)と云ったが、別に彼岸桜(ひがんざくら)がある。
そちらの花とは「か」と「が」の違いだけになり間違え易く名が混乱した。
そこで、”緋寒”を”寒緋”に ひっくり返して「寒緋桜」との呼び方に変えたという。
沖縄や奄美地方では、サクラの開花予報はこの寒緋桜の開花予報である。
最近、話題になっている伊豆の早咲き桜「河津桜・カワツサクラ」のことを少々書く。
その河津桜は、早咲き大島桜と寒緋桜の自然交配種と云われている。
河津桜の原木は、河津町に住む人が昭和30年頃に偶然発見した桜の苗を植えたもの。
昭和41年から開花が見られ、1月下旬頃から淡紅色の花が約1ヶ月に亘って咲き続けた。
伊東市の人が昭和43年頃からこの桜を増殖し、この苗木の普及に大きく貢献した。
一方、県の下田林業事務所や河津町等がこの特徴ある早咲き桜について調査。
河津町にその原木があることから、昭和49年に河津桜(カワヅザクラ)と命名された。
昭和50年には河津町の木に指定されたという話である。

とまぁ、ひとくさり、次の短歌の会がある4月7日が近付いた。
今回の詠歌はこれでいこう・・、また駄作愚作との批評を耐え忍ぶ時。

戰津(いくさつ)を いでて大和の 散華せし 四月七日は 我が誕生日

三春に 彩り添ふる 背なカバン 道ゆく子らの 声ぞ聞こえね


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5個380円の特売デコポン(不知火)。葉っぱが可愛い。
最近のミカン売り場では、デコポンが幅を利かして種類も多く並んでいる。
女房殿の好物故に買うようになり、名前と形が面白いので出自を調べた。

>1972年に長崎県の果樹試験場で「清見(きよみ)」タンゴールと中野3号「ポンカン」を交配して誕生した。
果形は果梗部にデコが現われやすく不揃いになりやすく、果皮は見た目が粗く成熟するとややくすんでしなびるなど、外見上の弱点が目立ち、試験場では選抜対象とはならず品種登録はされなかった。
その後、熊本県の不知火町(現・宇城市)に伝わり、品種名を「不知火」として栽培の取り組みが始まった。
古くから甘夏の産地として知られていた不知火町では1975年頃から甘夏に代わる柑橘を模索していたという事情も重なって、不知火海(八代海)沿岸の宇土半島、天草諸島、葦北地方などを中心に広がり、全国へと普及していった。
なお、同じものが韓国の済州島へ渡って特産品となり、漢拏峰(ハルラボン)という名前で生産されている。またアメリカのカリフォルニア州では、Sumo Mandarin(スモウマンダリン)の名前で栽培されている。<、である。

スモウマンダリンとは由来不明ながら、何となく面白い呼称である。
ここで知ったことだが、産地単位で呼称を付けるのが多い果物がミカン類だとか。
産地単位の呼称で思ったこと、「芦屋マダム」と「大阪のオバチャン」、隣同士ではある。
厚化粧の小池百合子東京都知事、生まれ育ちは芦屋。マダムではない「芦屋マダム」。
その「芦屋マダム」が何で東京都知事に?まま、出たがり屋の「デコポン」。
出たがり屋と云えば、出過ぎの感がある民進党のデコポン議員・辻元清美はん。
よく「大阪のオバチャン」呼ばわりをされ、正に云い得て妙の感はあるにはある。
しかし、辻本はんの産地は大阪でなく奈良・吉野、それも私の小学校時代の古里・大淀町。
辻本はんの選挙区は大阪、見た目通りの「大阪のオバチャン」、吉野であれば「静御前」?
まま、洒落にもナラン・・。 茶花「一人静・ひとりしずか」をご覧ぜよ、
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