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「山形産さくらんぼ」と「アメリカンチェリー」、価格差に驚く。
我々の子供の頃は「舶来もの」と云えば高級品の代名詞であった。
今や「国産品」が高級品で安心安全の代名詞になっている。
魚でも肉でも、衣類までも輸入物と国産品が並べて陳列している。
国産品の価格が高くとも、国産品の需要は多い。
思うに日本人、自分たちの社会に自信と誇りが根付いて来たようだ。

この水曜日、高校の同級生との月例囲碁巴戦の日。
今回、話題になったのが他の学級の同窓会のこと。
ある学級は奇数月が大阪で、偶数月が東京で、そして年に一度が奈良で連合同窓会。
それに比べて、我々の学級は動きがないなとか何とか云って気が付いた。
あろうことか我々三人が同窓会幹事だったのである。
来年は開こうという話になったが、また気付いたことあった。
「よう考えたら、我々は毎月同窓会をやっているわな」「せやせやホンマや」

思うに、年月と共に同窓会への参加動機が少しづつ変わって来るようだ。
同級生と会うのは昔は結婚式と今は葬式だが、最近は葬式を出すことが減った。
それで同窓会の意味合いに生前葬儀の趣が出て来ている様に思える。
とか何だらカンダラ駄弁りながらの囲碁対局、私は一勝一敗で終えた。
その一勝、終局近くに奇策で得た勝利、碁は押されて負けていた。
その日に出したおやつは「山形産さくらんぼ」、「アメリカンチェリー」ではない。
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街路樹の植え込みに「昼顔・ヒルガオ」が咲いていた。近隣の方が植えらえたようだ。
仲間内でのメールの遣り取りがオモロイので転記。

>送り
最近、大企業の経営破綻が相次いでいますが
これは相手の詐術を見抜けなかったことが原因のように感じています。
経営コンサルタントとはこういう悪辣に対抗する悪辣と理解しているのですが。
  毒をもって毒を制する・・・なんちゃって
生物学的には「エネルギー無きところに生命なし」のようです。
(生物の進化系統樹の概略/東京大学 酵素学研究室)
悪はエネルギーの最たるものなのでしょう。
  勘太郎

>返し
「悪はエネルギーの最たるもの」
以来このフレーズに甚く感じ入りました。思うに聖書はこの「悪」を「原罪」と称したかと、
アダムとイブによる人類繁殖の起爆エネジーを「悪」と見做して「罪」と呼んだかと、
してみると「悪」の正体は「欲」かと。
映画「七人の侍」、七人の雇われ侍たちは、村民にとっては「ホワイト・ナイト」ですが、
村を襲う山賊も同じ類の「経営コンサル」にちがいナイトとのご指摘、ごもっとも。
但し、雇い主の村民は弱者に描かれるので、この場合は「欲」とは呼ばず「願い:念願」と称されます、
しかし雇い主が強者のケースでは、それは「欲:野望」とズバリ本質が呼称されます。
弱者の「念願」成就を手伝えば善人で、強者の「野望」達成を手伝えば悪人、というわけです。
経営コンサルにとって、報酬が良いのは大概「雇い主が強者」ゆえ、先ずは「悪人」と自認し合掌。
悪の正体が欲ならば、弱者も強者も同罪のはず、しかし、渡る世間に本質は隠れがち、
「実存は本質に先行する」との現実に直面する日々に耐えるべく、酒を抱いては世間を愛でるわけですが、
そんな姿に醜さを覚える美意識の持ち主は、あるいは湯を沸かし始めたりするのかもしれません、
はたして昔堺の「茶の湯」やいかに。
小生これでも、ときに湯を沸かすこともございますが、これはカップラーメン、即ち「麺の湯」
3分間の瞑想で平衡感覚を養っております。
映画と同じくコンサルにも各自「持ち技」がございます
・村人を軍事教練する統率の志村喬
・単独で敵地に乗り込む凄腕の宮口精二
ちなみに小生は、村娘と恋仲になり殺生を避ける木村功ですので悪しからず。
今週の集いに参加できなくて申し訳ございません。
 小悪堂門 拝




2017.06.26 ガスコンロ
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茶事会席で出た冷やし小豆善哉と寒天。夏の茶席に相応しい逸品。

今日は剣道四段の女性から招待された茶事へ「かえる庵」の御主人と二人で行く。
乾き掛けた玄関周りに二度目の打ち水をされているところへ我々が到着。
待合の部屋に通らせてもらうと、早速に冷たい吉野のゴロゴロ水が運ばれた。
客は我々二人、女剣士お一人だけで亭主役一切を為さるという。
外の手水を使った後で茶室へ入る。朝鮮風炉と焼き物の桶が置かれていた。
床には「白珪尚可磨」という一行軸、綺麗な白い玉でも尚磨くべしとか。

膳が出された。飯と汁、そしてお向こうは山芋寒天寄せ。
薄味の上品な風味で、清酒「越の白菊」が進んだ。
次にレンコン団子と山菜の煮物、鶏肉を隠し味に使ったとかで中々のもの。
焼き物は鰆の幽玄焼き(味醂と酒・醤油でつけ焼き)、程よい味加減であった。
梅干入りの箸洗いの後、取肴と酒が出て御亭主と共に酒席を楽しむ。
湯桶と共に沢庵・瓜・茄子・茗荷・胡瓜という五種の香の物が出された。
私が云う「これだけの香の物なら、また酒が欲しくなるから三種まででええ」。
すると彼女は「自分で漬けたものなので食べてもらいたくて・・」、私納得。
最後に出たのが写真の冷やし善哉というか小豆寒天、ひんやりと美味。
かえる庵さん「ワシ、あんこで酒飲むのが好きなんや」、私「酒は終わり」。

この女性の茶歴は10年ほど、それも年に10回の稽古だけである。
一人で料理とお運び、そして片付けをやりこなしたのは中々立派なもの。
他流の人を招いての茶事、他流試合もするとか、成る程に女剣士である。
ただ一点、困った事態が起こった。炭の種火がショボくれ消えかけたのだ。
1、朝鮮風炉のような釜と風炉が切り合わさったものは空気の通りが悪い。
2、灰を温めておかないと炭の火が熾り難い。
3、昨日・一昨日は雨だったので、炭が湿気っていることがある。
そしてもう一つ、点前は粗相・間違いがあっても戻ること勿れ、粛々と進めること

とか、ウンダラカンダラ云いながら、種火を再度ガスコンロに掛けるように勧める。
ここで私は自分の不明を恥じた。ガスコンロとは横文字言葉と思っていたが違った。
コンロとは「焜炉」と書くという。調べるとこうあった。
>焜炉の「焜」とは広韻で「火の貌(かたち)」と解釈され、つまり熱炉・熾炉(しろ)というに等しい。カタカナでコンロと表記されることが多いが外来語ではなく日本語である。本来運搬可能な小型の調理用の炉をさしたが、今日では鍋釜などの調理器具を加熱する据付型の燃焼器具または加熱器具も含まれる。<
2017.06.22 殺処分
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もう犬小屋に入らず、ソファーの犬布団にも行かず、私たちの寝間に来て寝る「ハナ」。
全盲になった13歳半の雌の柴犬「ハナ」。文句も泣き言も云わぬが気持ちが伝わる。

今朝の産経歌壇のトップ選歌。
「 妻もわれも おまえを看取りは できぬよと 言い聞かせつつ 仔犬を貰う 」
産経歌壇の評。
自分たち夫婦の年齢から言って最期を見てやれるかと。「言い聞かせつつ」が優しい。

この記事を見て、私は随分前になるが毎日新聞夕刊のコラム欄を思い起した。
母熊が仔熊を猟犬から守るために共に木に登っている写真である。
私にしては我が子を守ろうとする母熊の必死の行動と見てとれた。
毎日新聞が「自然のユーモア」と題していたことに私は無性に腹が立った。
新聞マスコミ人間という瓦版屋の騒ぎ稼業を蔑視するのは、前から私の悪い癖。
戦時中に日本軍の百人切りを面白おかしく報道したのは毎日新聞。
それが後に誤報であったと知れたが、日本の悪評を生む一因にされた。
更にはその記事に取り上げられた御本人と身内の方々の心痛は深かったと聞く。
産経歌壇、詠ったご夫婦、この選歌者、ご夫婦亡き後の仔犬を如何お考えか・・。
2014・08・25の私のブログ、殺処分した愛犬「ごん」を思い起した。

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ご近所の玄関に植わった苗、朝顔・苦瓜・スズメ瓜、やがて後ろの糸ヒモに蔓が伸びる。

目的は夏の涼感、目標は日除け障子、手段はつる草植え込みということか。
朝刊一面トップは小池都知事の基本方針が築地豊洲両立と記していた。
市場事情を少しでも知る者からすれば戯言である。
つい私は、ドイツ軍参謀本部で作戦計画の指針とされた一言を思い起した。
目的はパリ陥落、目標はフランス軍壊滅、手段は機甲師団電撃侵攻。
この話は私の仕事や物事の整理・組立て方で大いに参考になったもの。
さて小池はん、とてもじゃないがドイツ軍参謀本部に及ばない論理組み立て。
目的は小池ファースト、目標は都民ファースト組織、手段は愚民懐柔。
ノックを知事にした大阪府民は面白がりの政治批判であった一面を持つ。
青島・慎太郎・猪瀬・舛添を選んだ東京都民の感覚は少し趣が違っている。
半分本気で「彼が良い政治家」と見ていた節がある、正に愚民大衆の感覚。
その辺を知る芦屋の小池はん、愚民とアホ取り巻きを誘導しての小池ファースト。
「アメリカファースト」に悪乗りしたり、ライス女性国防長官に「マダム・スシ」と云うたり。
男の間を渡ってござるのも才覚かも知れんが、まま、付き合いたくない女である。

2017.06.20 北海道土産
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一週間の北海道旅行を終えた娘一家が帰って来た。写真は北海道土産である。
十勝黒豚スコーン、エゾ鹿ジャーキー、北海道小麦と北海道牛乳のクッキー。
これが皆、我が家の愛犬「ハナ」への土産である。
しかも、無農薬の手作りだとか云々の謳い文句まで付いている。
我々にはジャガイモの餅一袋だった。
そのジャガ餅もお隣さんへ行った、お隣さんがパンを焼いて娘に持たせた為である。
足首骨折の母親を放ったらかして、予約しているからと北海道へ家族旅行に行った娘。
しかし、「ハナ」への土産を気にしていたことは、まま、それなりに我が娘ではある。
続けてしかし、犬の土産商品がこんなに揃っていることにはビックリ、驚いた次第。
日本は平和か、進んだ社会か、それとも社会がボケて来たのか、思案するところ。
2017.06.18 洋ナシの梨園
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瓢箪の様な洋ナシ、7割はラ・フランスと呼ばれている種類だとか。

梨園という芸人社会があるそうな。歌舞伎の家柄がどうじゃこうじゃという輩である。
前に中村七之助や市川海老蔵とやらいう、若いアホ役者が警察沙汰になった。
歌舞伎役者の家がやんごとなき名門の血筋、貴種とかと大きな勘違いしておる連中。
歌舞伎芸人の出自は河原者(かわらもの)、曰く非人という賤民集団がその祖。
彼らの生業は屠畜や皮革加工で、河原の周辺に居住していたため河原者と呼ばれた。
屠畜や皮革加工には大量の水が必要だからだというのが通説である。
河原者は河原乞食とも云われ、芸能、行商などにも従事していた。
私は屠畜や皮革加工の職に偏見を持つ者ではない。
出自に引け目を持つ集団が、歪んだ身分意識で己を高ぶる根性が好かんだけ。

こういうことを云うと必ずヘイトが云々と喧し昨今であるが、そんなことは捨て置く。
今日の話は緋牡丹お竜、藤純子(ふじじゅんこ)の娘のことである。
藤純子、本名は富司 純子(ふじ すみこ)は和歌山県御坊市出身。
梨園に嫁ぎ、歌舞伎役者の夫の姓で寺島 純子(てらしま じゅんこ)を名乗る。
平成19年に紫綬褒章受章。平成28年春の叙勲で旭日小綬章を受章。大女優だ。
思うに、同じ歳に吉永小百合・松原智恵子がいる。彼女たち、未だにええ女だ。
それが、お竜の娘の寺島しのぶがフランス人と一緒になったと聞いた。
その紅毛人との子・男児を歌舞伎の家、つまり梨園の後継ぎにしたとのこと。
河原者と皇室を同列で云々するなんぞ以ての外、とは重々承知ながら杞憂がある。
ミーハー女や能天気男が、この話を以て女系天皇の容認を声高に云い募ることだ。
梨園が洋ナシになろうとも、万世一系の皇統に女系はあり得ない。

2017.06.17 受け入れる
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ベッドのある部屋と厠・洗面所の間の廊下を松葉杖で行き来する妻。

二本足を常態とするのは、数多の動物の中でカンガルーと人間ぐらいであろう。
最初は4本、次に2本、やがて3本の足になるのは?というトンチ話もあった。
勿論、人間の一生のことを例えた話で、3本とは両足と杖のことである。
女房殿も松葉杖との生活がもう10日となり、緩々歩きながら大分受け入れた様子。
私が云う「やはり、動物は四つ足が自然なんやな、二本足の形態は無理があるな」
女房殿も「ホンマや、常は横たわり、動く時は四本足が安心で楽やわ」
私はつい、「怠け者の講釈」と思ったが口には出さない、お三度は私が用意し運ぶ。

それにしても全盲の我が愛犬「ハナ」、立派である。心を打たれることがある。
見えなくなった当初は、彼方此方にぶつかったりして見ていても辛いものがあった。
しかし最近では、自分の身の置き場や動き方に一定の工夫が出て来た。
見ていると、「運命を受け入れる」というものがハナに感じ取れ、切なくも感動する。
まま人生、「運命を受け入れる」しかないと実感する今日この頃。
2017.06.14 時効
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三年前に挿し木した下野草が細やかな花を付けた。下野(しもつけ)、今の栃木県である。
そう云えば今は昔の話、東京の下宿の御主人は栃木の人、妹も当然の栃木の人。
その実家は梨農園、私は秋の収穫時期に十日位手伝いに行った想い出が残る。
この歳になると、想い出の積み重ねが人生と思えるようになって来た。
私が東京を去った後、彼女は奈良の私の実家まで来たので京都や伊勢を案内して歩いた。
伊勢神宮の参道を二人で本宮に向かっていた時のこと、向うからアベックが腕を組んで歩いて来た。
私は云う「ワシらも腕を組もう」、彼女「嫌よ、格好悪いモン」、ムッとした私は「何やて」。
状況を云うと、参道は道の真ん中が盛り上がった蒲鉾型、彼女が中側を私が端側だった。
彼女は云う、「だって、私がナオトちゃんをぶら下げているみたいでしょう」。
彼女は168・5㌢47㌔、私は162㌢73㌔。まま、その感も云えなくはない。
彼女のその一言が気に障った私は、「ほんならもうええ、帰ろ」と踵を返した。
伊勢志摩線の乗り換え駅から彼女は名古屋へ、私は奈良へ黙ったまま別れた。
それから一度も会ったことがないが、五年程前に突然彼女から電話が入った。
「今、兄さんたちとバスツアーで伊勢神宮に向かっているの、ナオトちゃんお元気?」
爾来、たまに電話の遣り取りをするようになったが、彼女の云ったこと面白かった。
親族が集まる中での私の電話、中学生の孫娘が「おばあちゃんのボーイフレンド?」
あれから半世紀、どういう婆さんになっているのか・・。
たった一枚アルバムにあった彼女の写真、結婚時に女房殿が切り裂いていた・・。
法改正で時効が延びたと聞いたが、どうなんやろか。
2017.06.13 6月6日のこと
6月6日、女房殿が足首を骨折した日ながら、思い出深い日でもある。
40年前の広島で私が居酒屋チェーン店を志し、「野武士」出店をした日でもある。
産経抄に6月6日が紫陽花の日であることに梅雨入りが重なったとあった。
そして日本原産である紫陽花の原語が「あづ さあゐ」であるとの薀蓄披露があった、
「あづ」とは「集まり」の「あづ」、「さあゐ」とは「小さな藍色」を意味するとか。
前に卒塾者の方から頂いた紫陽花の原種・山紫陽花が今年も花を付けた。
確かに小さな藍色の花が可愛く集まって咲いている。梅雨に映る花である。
女房殿にとって、紫陽花が一番お気に入りの花である。
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鹿児島の知覧、大戦末期に陸軍航空隊の特攻基地となった場所である。
神風特攻隊は海軍用語、陸軍機の特攻部隊は「振武隊」、機は「隼・はやぶさ、疾風・しっぷう」。
昭和20年6月6日、その日20歳の誕生日を迎えた宮川三郎軍曹、富屋食堂の鳥浜トメに云う。
「母さん、いよいよ出撃命令が出ました」
「母さん、お世話になりました。お国の為に見事に散ってまいります」
「そして、また母さんのところに帰って来たい。そうだ、このホタルだ」
「私はホタルとなって、母さんのもとに帰って来ます。ホタルを見たら私だと思ってください」
6月6日の夜9時の時報がなった頃、一匹の蛍がトメたちの部屋に入って来たという。
孫の運動会の6月9日、娘婿が出してくれた焼酎は知覧の「華蛍」。この時期の限定品とか。
この焼酎瓶の裏には、宮川三郎軍曹のことが記してあった。
私は一人ちゃぶ台に坐り、コップで飲む。
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特攻機を見送る知覧女学校の生徒、花を手にして振り続ける姿と出撃する搭乗員。
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2017.06.12 人の為
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卒塾者から差し入れの手作り鯵寿司、女房殿と二人で有難く頂いた。
足首骨折の女房殿と盲いたる愛犬「ハナ」の介護生活が続いている。
骨折の明くる朝に、鮨屋を閉めた友人から電話があったのでその話をした。
すると彼は「暇やから今から行く、待っとき」と云って電話を切った。
2時間程で食品が詰まったレジ袋四つを持ってやって来た彼は早速に台所に立つ。
「はい、朝飯」、きざみうどんが出た。「うどん玉が15円やったので15玉買うた」云々。
蒲鉾・青ネギ・天かす・油揚げも買うて来ていた。気が利くと云うかトコトン世話焼き気質。
昼はモヤシ焼うどんであった。モヤシ4袋と豚肉も買うていた・・・。
そして彼は云う、「人の為は、偽りと云うんやで」。亦云う、
「姥捨て山がホンマの人の為、孫もひ孫も一緒に居たら、昔の人はそうした、延命はアカン」
私は妙に納得、ビールと焼酎を注ぐ。ホンマ、この男の頭の構造は何時も乍らオモロイ。
彼はその夜は泊まり、次の日に娘夫婦が来たので「風炉の灰押し」を手伝い帰って行った。

下の写真がその風炉。真っ白い牡蠣灰は元塾生の陶工が牡蠣殻を焼いて作ってくれたもの。
1200度で焼いて潰し、三度ザルに通し細かくしてくれたので灰押しがやり易くなった。
牡蠣灰の潰し加減と灰押しの具合との微妙なところを私は初めて知った。
牡蠣殻の焼き具合と灰の潰し加減を知る茶人は少ない、と云うか恐らく皆無であろう。
きざみうどん、牡蠣灰、鯵寿司、[真心の人の為」は「偽り」ではないということである。

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2017.06.07
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この4日、72年ぶりに東京湾上空を海軍零式艦上戦闘機が舞った。世に云う零戦である。
一万余機が生産され、残っているのは世界中で四機、一機が日本人所有で今回飛行。
零という数字には興味深い、零は無あるいは空という概念と重なり、数字の認識が微妙。
1÷0=qとおくと、1=q×0=0となり、「1が0と等しい」という奇妙奇天烈な結果。
この1を他の数に置き換えても結果は同じで、「すべての数は0に等しい」となる。
それはさて置き零戦、「れいせん」と読むものだが、最近は「ゼロせん」と読む者が多い。
大東亜戦争が太平洋戦争、支那事変が日中戦争と歪曲されたのと同じものである。
「永遠の0・ゼロ」で名を売った百田 尚樹はんの一橋大学学園祭での講演が中止になった。
言論の自由とか表現の自由を標榜する組織が一橋大の学生に圧力をかけ中止に追い込んだ。
前にも同じ組織が、慶応大学の大学祭で公演予定だった台湾の李登輝氏の講演を潰した。
まま、朝日や毎日、日経・東京という新聞社との相互洗脳集団という無知で無恥な輩である。
そもそも百田はん、そのつる禿頭は右の保守主義が売り物だが、少々胡散臭い。
レイ戦を米軍呼称「ゼロファイター」の「ゼロ」で上梓するとは特攻で散華した人への冒涜だ。
回天特攻隊に所属した私の父は「レイ戦と呼んだ、ゼロ戦とは聞いたことがない」と云った。
海軍航空隊の神風特攻隊で出撃した人は、誰一人「ゼロ戦」とは云わなかったのだ。
神風は「しんぷう」と呼んでいた、それを米軍と戦後のマスコミが「かみかぜ」と呼んだ。
因みに、陸軍航空隊の特攻隊は神風とは呼んでいない。「万朶隊」「富嶽隊」と呼んだ。
百田はんも聞きかじり保守主義、その御仁の一橋大講演中止は喜ばしいことであると私は思う。
李登輝はんの慶応大講演中止は真に残念至極、御仁の云う日本精神は聞くに値するものと思う。
どちらにしろ、大学祭の講演を潰す似非左翼とマスコミの似非言論人は全く以って好かん。
それにしろ、そんな連中の圧力に負ける今の学生自治会とは・・、学の自主独立は何処へやら。
学生若者に云いたい、義に立つときは心を無にすること、零の精神で臨むべし。

ところで我が女房殿。足首の剥離骨折でギブスに松葉杖の傷痍軍人生活へ。
私は、盲目の愛犬ハナと片足ギブスの女房殿を世話する身となった・・。
2017.06.05 百円バス旅行
奈良市内のバス路線なら一路線百円という奈良市と奈良交通の老人優待サービス。
私は老人優待という愚民施策に常々は苦々しい思いを持っている。
昨日は近鉄学園前駅南口で用を足した。北口ばかりを利用する私には新鮮な場所。
馴染みのないバス停の案内板に目をやると「高畑行き」という乗り場があった。
私の小中高時代、高畑から押熊(今の住居横)までがバスの市内最長路線であった。
何か懐かしくなったのと、バス代が最も格安になる路線ということもあり、女房殿と乗車。
「何で」という女房殿、私は「懐かしいドライブや、道すがらを見てみ」と云い、最前の席へ。
この路線は、佐紀盾列古墳群(さきたてなみこふんぐん)から平城宮跡を経て一条通りを行く。
女房殿の高校、和の高校、私と女房殿の小学中学、奈良公園、春日大社飛火野を過ぎた所まで。
近鉄電車とバスを乗り継ぐと470円、この路線バスは470円、近鉄と奈良交通は親子会社だ。
女房殿は470円で、私は百円で市内懐かしのバス旅行を楽しんだ次第。
まま、そのまま、新聞にあった奈良町にぎあい家の華道九派競演とやらの花展まで足を伸ばす。

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最終の高畑のバス停の近くにある石塔、頭塔に寄った。前はこの街中にポツネンとあったもの。
今はどこかのチェーンホテルの駐車場裏庭である、時代の移り変わりに物悲しい思いがした。
奈良時代の僧『玄昉』の御頭を埋めた墓と言われ、この名称の由来となったとされている。

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実は、高畑にある同級生の生家を見てみたいと思いがその日の行動の発端。
同級生の生家は室町期から続く春日大社神職宅で、今回奈良市と春日大社の肝入りで改修とか。
そのことがテレビに放映され、私も昔に行ったことがあったので見てみたいと思った次第。
行ったら、家はそのまま、改修の話が決まったというだけのニュースであった・・徒労。
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まま、私の感覚が無粋故、あまり感銘を受けるものはなかった。
下の写真、能書がないが一番心を動かされた。「ドヤ顔」でない素直さがある。
訊けば、会場の空いた隅を埋めるために係り員が胡蝶蘭入れたとか。無心はエエ。
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2017.06.02 六月歌会
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やれやれ雨である。本日は歌会で京都まで出掛ける。
何とか詠草二首を一昨日に送った。あれこれ批評を受けるために行くとは・・
本音で云えば、「ワシはワシの歌をワシの勝手に詠む、オマはんらツベコベうるさいわ」

散歩道の田圃に田水が引かれてた。
朝鮮では「田」という漢字は日本語の「畑」を意味する。
なお、日本語の「畑」という漢字は日本で独自に作った国字、つまり焼畑。
朝鮮の稲作は、陸稲や水稲の直播栽培が行われ、田植えが広まったのは日本の江戸期。
以前の歴史書では、稲作は朝鮮半東から日本へ伝わったとされていたが違うようだ。
稲の遺伝子研究から明らかになっているが、考古学の見地から検証されてきている。
日本の稲作は陸稲で6700年前、水稲で3200年前までたどれることが考古学で解明されている。
ところが朝鮮半島の水稲は半東南部で1500年前、北には稲作文化はない。
朝鮮に田植えの歴史がないのは、朝鮮半島には梅雨がないからであろうと思われる。
まま、梅雨時期の田植えとは、縄文時代からの日本の原風景と云えるものである。

一首
 田植ゑ待つ 田水の水面 そよ風の 渡りし夕べ 蛙鳴きたり



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姫百合(ヒメユリ)、 別名: 光草(ヒカリグサ)、唐百合(カラユリ)、緋百合(ヒユリ)
分布地: 九州以北の日本列島、朝鮮半島、満州、黒竜江地方。開花時期は「6月」である。
つまり、沖縄には自生していない花である。沖縄に自生しているのは白い鉄砲百合。
沖縄戦の悲劇、女子学徒ひめゆり部隊の「ひめゆり」とは花の「ひめゆり」ではない。
沖縄県立第一高等女学校(一高女)の学校広報誌の名前「乙姫」と、
沖縄師範学校女子部の学校広報誌の名前「白百合」を併せた「姫百合」が由来。
米軍の沖縄侵攻に際し、両校の女子生徒及び職員総計240名が看護要員として従軍。
戦局が絶望的になった「6月18日」、学徒隊は解散を命じられる。
既に沖縄のほぼ全域を米軍が支配、また病院壕も既に激しい砲撃にさらされていた。
地下壕から出ることはほとんど死を意味し、戦没者136名の大半は解散後数日に集中。
それ以外の戦没者が90名、戦没者の合計は226名、靖国神社に祀られている。

一首
 彼の島に 咲かぬ花らし ひめゆりの その名愛(かな)しも 娘子(おとめ)哭く夏