2017.09.21 里芋残照
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先日の窓の外、夜空に花火が輝いた。何処で上げているのか分からない。
今日の写真は東京在住の同級生から昨日送られてきた絵の写真の予定だった。
朝からパソコンをいじっているが、その写真が容量オーバーとかで掲載不可。
170KBとあるが、それがどんな容量なのかも、どうすれば良いかも分からない。
まま、もうあきらめた次第。然しながらその絵の名前が気が利いている。
「里芋残照」、70越えて今だ現役デザイナーのお洒落な味の絵と名付け。
まま、芸術の秋を伝えて来たのであろうと斟酌、嬉しくなった。
ところで、私が「●の会」に入らず京都歌会を退会となった話を先に書き込んだ。
「新聞あかはた」や「西京革新懇ニュース」を受け取らなかったのが遠因。
黙って受け取り、元日教組歌人の政府批判も聞き流す度量が私に不足した。
とか何とか、自戒と反省をしていたところ、奈良歌会から違う話が来た。
奈良歌会は同じ「●会」系列の歌会ながら、「●会」入会は問わないとか。
そして、折角のお付き合いだから奈良歌会には参加してください、と。
これが京都と奈良の違いやなと感じ入り、早速詠草歌二首を送る。
自由詠。
ホルンの音 空に響きて 駆け来る 鹿の群れなす 飛火野の夕
題詠(色)。
夏過ぎて なお艶やかに 百日紅(さるすべり) その名悲しき 唐土の恋

私の東京時代に居た下宿の娘(私より一学年上)が私のブロクの歌を見て、
「物静かな文学青年だったのに落ちたわね、歌に感じるものがない」とか。
やはり東京女、ズケズケと物申す。私は少々気が腐る。
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2017.09.20 秋明菊の蕾
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野牡丹とシロバナ桜蓼に囲まれた中で、秋明菊(しゅうめいぎく)の蕾が見え隠れし出した。
秋明菊、別名を貴船菊とも秋牡丹とも云われるが、菊でも牡丹でもなくアネモネ科の花。

今朝の産経一面にビルマ政府の最高顧問であるスーチ女史の写真があった。
詳細は5面とあるので開いてみると国連調査団の受け入れ声明を出したとか。
ビルマの少数民・ロヒンギャへのビルマ政府軍の非道な弾圧の話である。
人権活動家としてノーベル平和賞を受けたスーチーはん。
彼女は英国人の妻となり子を産んで、その子らは英国籍で英国に住んでいる。
ビルマ軍政下で人権が蹂躙とか云々で欧州の支援団体の後押しでビルマ入り。
彼女の父親がビルマ独立の英雄であったことで人民から人気を博したというオナゴはん。
私の先のブログで、このスーチーはんの偽善性について記した。
http://houan7010.blog.fc2.com/blog-entry-1072.html
そのスーチーはん、この度ようやく国連調査団を受け入れるとは云うたものの、
ロヒンギャという名も謝罪という言葉も一言も口にしないままの声明であったとか。
私の前のブログで日本ユ偽フ協会大使・アグネスチャンの二重規範の偽善を記した。
同類のオナゴとして、偽善性の権化・スーチーと併記したが、案の定馬脚露呈。
今回の国連調査団受け入れ声明記事を見て、この二人のオナゴの偽善を確信。
秋明菊がアネモネ族でありながら、菊や牡丹と云うているのは可愛いものである。
2017.09.19 借金
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近鉄学園前駅の切符売り場に日章旗が掲げられていた。
はて?と思ったら今日は「敬老の日」。
友人が開いた「活版印刷の店」へ私用一筆箋を頼みに近鉄奈良駅まで出掛けた。
元朋庵塾生で大学の後輩でもある伝統窯の陶工が八代目窯元を襲名した祝い品である。
帰路、三条通りの「かえる庵」に顔を出すと庵主曰く「今あなたの話をしていた最中」だと。
見ると以前ここで会ったことがある高校の後輩という御仁が居なさった。
同席して昔話をしていると私の部活の後輩と小中高が一緒で親友だったと云う。
「だった」?と私が聞き返すと、御仁曰く「彼には金で迷惑を掛け疎遠になった」云々。
御仁は不動産事業をしていて、親友である私の後輩と一緒に土地を買ったとか。
その土地は値下がりをして御仁の会社も数億の負債を抱えて倒産。
親友と一緒に買った土地も叩き売って御仁の運転資金に変えたが駄目だったらしい。
親友は退職金の半分近くを失うことになり、御仁は月々一万円を親友へ返済していた。
ある時、御仁が飲み屋に居るところを親友に見つかり、親友は怒ったということだった。
それ以来、一万円の返済金も払っていないし、音信も途絶えたと云う。
私が「月一万円の返済とは、悪徳弁護士が使う手で、払う振りだけの罪逃れやな」
部活の後輩が公務員だったことを知る私は、本人よりも奥さん子供が気の毒に思えた。
よく「借りる時のエビス顔、返す時のエンマ顔」というように、借金をする相手は考えもの。
親子間なら諦めもつくが、兄弟間ではそうもいかない、伴侶が居れば尚更である。
まして友人関係での借金はご法度。親友であればその友だけには借金をしないこと。
御仁も辛いものがあったとは思うが、後輩のことを思えば腹立たしくなった。
そんな私の気配を感じたのか、御仁は途中で帰って行った。
飲み代は私が払った、一応私は御仁の先輩になることであるし。

帰路はⅠ時間にⅠ本だけ学園前行き470円のバスが出ている国鉄奈良駅へ出た。
ナンセ今日は敬老の日、私はⅠ路線100円の老人カードを持っている。
下の写真は、そこのバス待ち場の長椅子。
ゆったりとししていて、詰めれば4人は充分に座られる幅で子供ならもっと座られる。
誰が何を考えてこんな木棒を長椅子に打ち付けたのかと、妙に腹が立って来た。
やはり、酒は気分よく飲まんとうっぷんが溜まって来るものだ。
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2017.09.18 台風一過
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台風一過の今朝、窓を開けると青空が広がっていた。

地震、大雨、台風と日本は災害の多い国だと改めて感じさせられる。
米国もハリケーン災害に見舞われ、商店の略奪が多かったと聞く。
日本人が連綿と繋いで来た災害時の対応姿勢、それは文化と云えよう。
天災であれ人災であれ、はたまた戦争災害であれ立派なものだと思う。
人への思いやりを自分と同じ様に出来る精神風土を育んで来た賜物である。
それは同時に、虚喝の民に狙われるお人好しな実直の民となる危険性を持つ。
前回の続きになるが「財団法人日本ユ偽フ協会」、正に虚喝の連中である。
「可哀相な子たちを放って置くのか」云々と善良な日本人の心を虚喝する。
実直の民・善良な日本人は済まなさそうに虚喝の寄付金募集に応じる。
国連機関のユネスコと日本ユネスコ協会とは全く別者、別組織だと云った。
では、名を僭称する日本ユネスコ協会を何故に国連ユネスコは咎めないのか。
「黒猫白猫」の話、寄付金を持って来る猫は白でも黒でも良い猫ということ。
年間二百億円近い金を集めるなら、三割そこらをピンハネしようが良い猫とする。
金さえ来れば黙認というのが国連ユニセフ、欧米白人世界の思考回路である。
国連ユニセフの大使・黒柳徹子はんの個人口座へ寄付すると全額国連へとか。
因みに、私は敵国条項を残した国連を信用出来ずにいる、黒柳はんにもチョィト。
この辺り、なかなか台風一過の爽やかさとは行かぬ様だ。
世の中は秋風から台風、そして解散風と何かと風が喧しい。 まま、 風翁譚。
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相も変わらずこの手の写真がUNISEF(ユニセフ)の名で映し出されている。
寄付金を募る団体、財団法人日本ユネスコ協会の宣伝活動である。
これでもかと悲惨さ哀れさを見せつけ、日本人の善意の隙間に触手を伸ばす。
私も以前に定期募金に参加していて、ネームシート等を貰っていた。
それがアグネス・チャンの協会大使云々やらで胡散臭く感じて止めた。
アグネスは香港の市民運動支援を口にしながら赤支那に媚びる二重規範を持つ。
ある時、テレビ番組でアグネスは金美鈴に「貴女の国籍は?」と尋ねられた。
一瞬口をつぐんだアグネスは、金の問いに気圧されて答えた「英国籍です」。
金は云う、「香港のことを大事に思うなら、何故あなたは英国籍にしたの」と。
アグネスを香港人だと思っていた私は、そのことを知りアグネスに興覚めした。
前にも書いたが、あのノーベル平和賞をとった偽善性の権化・スーチーと同類。
日本ユニセフ協会とは日本国内の財団法人で、国連機関のユニセフとは無関係。
国連機関のユニセフは東京渋谷区に東京事務所があり、親善大使は黒柳徹子。
日本ユニセフ協会は東京港区に20数億円の自社ビルを持ち、協会大使がアグネス。
両者は組織的には全く無関係であり、日本ユニセフ協会の名は僭称と云えるもの。
ただ、日本ユニセフ協会は集めた金の7割程度を国連ユニセフへ寄付をするという。
つまり、集めた年間二百億円近い金の約三割の金を経費とやらで中抜きをナサル。
有態に云えば、自らは金を生み出すことはせずに寄付金を集めてピンハネする組織。
昨日のテレビでも悲惨な姿のアフリカの幼児を映し、流す文言・台詞の字幕テープに、
「平和で豊かな世界の実現こそが、この子らを救う」とか何だらヌカシくさる。
全く以って、詐欺師・ペテン師・悪徳宗教の安っぽい常套文句である。
ホモサピエンス(現生人類)が現れて20数万年、人類史は闘争と殺戮の繰り返し。
そもそも、「戦時と平時」という概念はあっても、「平和」などの概念はこの世にない。
悲惨な子供を今すぐ救うことは難しいが、くい止める策はある。暴言に聞こえるが、
貧困世界の出生率を抑えること、極端に云えば「去勢と避妊」の処置を進めること。
その方向にユニセフ資金を配分すれば、やがてユニセフの功績が大きいものとなろう。
当然、日本人の善意に巣喰らうダニ・財団法人日本ユニセフ協会なんぞ叩き潰す。
前に書いたが、友人の鮨職人が云った言葉、「人の為と書くと偽りになるんやで」。
なるほどに、「財団法人日本ユ偽フ協会」と書けば良く解る話であった。
実はこの話には伏線がある。先日来駕した友人と喫茶していた時の話である。
彼が40年ほど前に仕事でインドのカルカッタやスリランカに行った時の体験談。
彼は、貧困世界の悲惨さは人間性そのものの感覚がマヒしてしまうと語った。
携帯書き込みより、パソコン書き込みがズイブン楽であるとつくづく思う次第。
2017.09.16 北海水タコ

水タコの刺し身。

娘一家と買い物に行った。
二万円余りの支払いだったが、私の分は二千円程。
私が代金支払いをするのを娘は当然顔ですまして見ている。
私は自分用に買った水タコを刺し身にして焼酎のアテにした。
腹の具合が悪くなって夜中に便所通い。
今、薬局で書き込み中。
2017.09.15 士魂商才

事務所開設を考えていた時に武道の師匠から頂いた色紙。
昨日、一服所望と来駕した友人と喫茶した小間に置いた。
もう師匠は亡くなられているが、「士魂商才」、良い言葉だと今も思っている。
書かれている文言も味合い深い。
一、剛毅と粗暴
二、熟慮と優柔不断
三、商策と虚偽
四、交際と遊興
五、倹約と吝嗇
 右 混同せざること
支那や朝鮮のけったいな訴訟で腰砕けになる日本の企業経営者には心してもらいたいものだ。
2017.09.15 仙人草

近所の花屋にあった「仙人草」。
東亜全般に分布するようだ。
名の由来は分からないらしいが、実の髭が仙人風とか。
毒性があるので別名「馬食わず」と云うらしい。
私も髭面で、いわゆる仙人顔だが毒性はないと思う。
誰か食されたし。如何? 
2017.09.14 観賞用唐辛子

唐辛子が花園に植えられていた。
人も味わいか見栄えかで評価が分かれるかも。
パソコン不具合で電磁パルス攻撃の威力を垣間見た心地である。
電磁パルス兵器を北朝鮮が開発中とか、大概にさらせと思う今日この頃。
そういえば、唐辛子は日本から朝鮮へ渡ったものだった、

喫茶中、トンボが窓を通り抜けた。
2017.09.13 ドグ.ホリディ
今、BSでOK牧場の決闘を観た。
前はそんなに思わなかったが、ドグ・ホリディを格好よく思った。
本もそうだが、映画も歳と共に感じ方が変わってくる。
今朝、友人が一服所望と来駕。
小間で喫茶中にトンボか窓を通り抜けていった。
友人はトンボを見送りながら世を語り、魚や生物体を語る。
私がパソコン不具合でブログが書けぬと云うと、スマホでも可能とか。
やり方を教えてもらったがイマイチ理解不能。
ぽつぽつ書き込みするが、辛気くさい。
写真の貼り方が分からなくなりもうシンドイ。
今日はここまで。
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病院のひまわり遊歩道にコスモスが咲いていた。秋桜花とはよく云ったもの。

先月亡くなった堺の友人と私は左右真逆ながら気が合ったと前のブログで記した。
彼は革命主義者で私は国粋主義者という比較だったがよく考えると同穴貉(ムジナ)。
彼と私は流通業の左翼活動を行っていた者同士で、云わば同志であったと気付いた。
二人がしていたことは、流通業のボランタリー活動の推進ということであった。
ボランタス(自由意志・神の意思)を語源とする形容詞ボランタリーと名詞ボランティア。
英語圏では、ボランティアは志願兵で徴集兵ドラフトの対義語として使われているとか。
流通業のボランタリーチェーンとは大手チェーンへ対抗する弱小チェーンや個店の集合体。
始まりは左翼思想か宗教に基づく弱者救済活動からというのが多かったようだ。
そして、そのボランタリーチェーン本部には、共産主義者が少なからず居たものである。
私が現役の頃は、流通業のチェーンを業界内で三つに区分して認識されていた。
全国チェーンの大手をナショナル・チェーン、ダイエーやヨーカ堂・ジャスコ等である。
府県にまたがる中堅チェーンをリージョナル・チェーン、広島のイズミ・滋賀の平和堂等。
市町村の中で店舗展開する、な云わば地元の中小チェーンをローカルチェーンと呼んだ。
昭和49年の石油危機、トイレットペーパーが大手チェーンの買い占めにあって品不足になる。
そこで仕入量の拡大を企図して中堅チェーンが「共同仕入機構」を作る、後に私が企画室長。
ローカルチェーンは商品或いは業態或いは運営システムの協業を図る集合体を結成した。
個店や2・3店舗の弱小薬局も仕入力確保と運営システムの開発で仲間づくりをした。
亡き堺の友人は兄と共に有志を募り、また他の集団との合従連衡を図り、運営システムを開発。
堺の有志70店から日本全国2千店を超える「協業機構」を作り上げたの。
私も中堅チェーンの「共同仕入機構」を仕入以外の業務全般の「協業体」への変換を進めた。
そんな中で、日本一いや世界一の協同組合である灘神戸生協が我々の組織に加盟した。
灘生協は、社会運動家でスラム街のキリスト教伝道師・賀川豊彦の指導で大正10年に誕生。
大手に対する個の自由と存立の薬局ボランタリー、弱者救済の神の意思を実践した灘生協。
左翼活動家・社会運動家・神の意思の伝道家が流通業の奥底で汗を流したのである。
私は大日本帝国共産党のたった一人の党員である。これからも日の丸を掲げ赤旗を振る。


2017.09.09 蓼食う虫
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先日の野牡丹に続いて、シロバナ桜蓼(さくらたで)が花を付けた。秋である。

蓼食う虫(蓼虫)も好き好き、という言葉がある。
葉や茎の苦味が強い蓼、それを好んで食べる蓼虫の諺(ことわざ)だそうな。
人の好みは色々であるということらしいが。まま、私も同意するところである。
「氷蚕は寒さを知らず、火鼠は熱さを知らず、蓼虫は苦さを知らず、ウジ虫は臭さを知らず」
と記された南宋の書が、その諺の出典らしい。

確かに、私の友人でも左右真逆の思想を持ち乍ら妙に気が合う人がいる。
一か月前にガンで逝去した堺の友人もそうてある。彼は学生運動の闘士であった。
ヒダリ巻きの革命主義者、それが人からは国粋主義者とも云われる私と気が合った。
その葬儀には、遺族の方々から依頼で私が弔辞を読むことになった。
恐らく、脳ミソの構造や思想でなく、心の情や腹の据わりで近いものがあったのだろう。
人の思想の行き着く所は宗教、というより共産主義・革命主義も宗教の一つと私は思う。
共産主義で宗教を認めないというのは、イスラム教でキリスト教を認めないのと同じ類。
宗教も歪んでくると、洗脳・折伏が進みオカルト集団となり、狂気の沙汰を引き起こす。
隣国北朝鮮の世襲主義の共産思想というケッタイな代物は、まさに狂気に満ちて来た。
こんな事態で日本の政治家のすべきことは「国の安全」と「狂気の排除」である。
山尾しおりハンに聞かせることは、家族を守れない者には国を守れないといいうこと。
若い男と不倫お泊りで、亭主と子供にどう説明するのか。
相手の男もつまらん奴である。男なら自分が前面に出てしおりハンを守るのが筋。
事実無根なら、そして弁護士なら週刊誌を名誉毀損で訴訟することである。
それを、ホンマつまらん情けない紙一枚の逃げ口上。このお二人、蓼食う虫ではなかろうに。
「破われ鍋なべに綴(とじ)蓋ぶた」の諺の方がお似合いの様である。
どんな人にもそれぞれぴったり合う相手があるということ。似た者同士。
二人が蓼食う虫では蓼にも虫にも名誉毀損というもの。
私は蓼を食う。鮎には蓼酢、夏の好物である。
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達磨(ダルマ)太師、印度タミル系の禅僧。サンスクリット語( ボーディダルマ)、支那禅宗の開祖。
壁に向かって9年坐禅を続けたので、足が萎えて所謂「ダルマ状態」になったとか。

>どんな問答をするのやら
「秘所が勝手にやりました」

昨日の私のブログ「妾の数・男の数」に、上の野次が入った。
マコト以ってオモロイ、絶妙の野次である。
ヤジり手の名が「ゲス男」とするところが何とも奥ゆかしいセンス。
それで私は「平成の三木武吉」と返し、そのセンスを賞嘆。
因みに、武吉の野次のセンスとは
>原敬内閣の高橋是清大蔵大臣が海軍予算を説明中、「陸海軍共に難きを忍んで長期の計画と致し、陸軍は十年、海軍は八年の…」と言いかけたときに「ダルマは九年!」とヤジった。これは、高橋のあだ名の「ダルマ」に、「達磨大師(だるまたいし)が、中国の少林寺で壁に向かって九年間座禅し、悟りを開いた」という面壁九年の故事をかけた、機知に富んだものだった。議場は爆笑に包まれ、高橋も演説を中断して、ひな壇にいた原を振り返り、苦笑いした。普段から謹厳なことで知られる加藤高明や濱口雄幸までが議席で笑い声をあげたという。< とある。
もう一つ因みに、不倫疑惑でのオナゴ議員はん達の問答は、
今井絵理子議員ハン、「一線を越えていない」。
山尾志桜里議員ハン、「男女の関係はありません」。
どんな問答をするのやら、と思っていたら何のことはない、ゴマ化しのゲス狂言。
昔に、私が聞かされたある先輩の下世話訓示。
女と裸で同衾中に女房が現れたら、「オレは何もしていない」とシラを切ること。
それが女房への仁義、女房への愛情である、というのである。
私はその話に妙に納得した記憶がある。
ただ残念ながら(?)そんな状況下へ陥る甲斐性が私にはなかったが・・。
まま、ともかくも、二人のオナゴ議員はんの不倫回答はイマイチである。
私も野次を一つ、「ダルマは9年、オナゴは緋(火)ダルマ」。
イマイチであった。
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野牡丹の花が三年ぶりに咲いた。嬉しくなる。

私が好きな男のタイプに明治男の政治家・三木武吉がいる。
彼の演説会でのエピソードを転載する。
>選挙中の立会演説会で対立候補の福家俊一から「戦後男女同権となったものの、ある有力候補のごときは妾を4人も持っている。かかる不徳義漢が国政に関係する資格があるか」と批判された。ところが、次に演壇に立った三木は「私の前に立ったフケ(=福家)ば飛ぶような候補者がある有力候補と申したのは、不肖この三木武吉であります。なるべくなら、皆さんの貴重なる一票は、先の無力候補に投ぜられるより、有力候補たる私に…と、三木は考えます。なお、正確を期さねばならんので、さきの無力候補の数字的間違いを、ここで訂正しておきます。私には、妾が4人あると申されたが、事実は5人であります。5を4と数えるごとき、小学校一年生といえども、恥とすべきであります。1つ数え損なったとみえます。ただし、5人の女性たちは、今日ではいずれも老来廃馬と相成り、役には立ちませぬ。が、これを捨て去るごとき不人情は、三木武吉にはできませんから、みな今日も養っております」と愛人の存在をあっさりと認め、さらに詳細を訂正し、聴衆の爆笑と拍手を呼んだ。
そして、三木武吉は云う。
「およそ大政治家たらんものはだ、いっぺんに数人の女をだ、喧嘩もさせず嫉妬もさせずにだ、操っていくぐらい腕がなくてはならん」と。<

さて、男女同権の今の世、同じ国会議員のガソリーヌ・山尾志桜里ハン。
年下男との密会不倫がバレて週刊誌が報道、とあった。
どんな問答をするのやら・・、ここは一番「女・しおり」の見せどころである。
「男は、亭主一人ではありません」、と云い放てばナカナカの女。
「幹事長落ちた、マスコミ死ね」ではいかんだろうに。
2017.09.04 慙愧
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秋篠川に佇む青サギ一羽、以前はつがいで居たが今は一羽のみ。
一羽になって三年位は過ぎたろうか。雄か雌かどうも気になり出した。

昨夜のこと、中学時代の同級生の女の子(?)から電話があった。
私の歌会を外されたブログを見たからということであった。
この人は女級長でもあり、担任の女先生を尊敬していた。
今以って、毎月欠かさず俳画を描いて先生に送っているという。
その彼女曰く、「井谷君、先生には何も云わんほうがええよ。
先生の体調やお歳から考えても心痛を与えるのはアカンよ」。
私、「せやな、考えあぐねていたんや、先生には云わんことにする」。
我々の中学校の同窓会とは卒業学級の概念がない。
その女先生が担任した1年2年3年の誰もが参加者の対象である。
つまり、その女先生を中心とした集まりであった。
偶々、私の1年2年3年の3年間ともその女先生が担任であった。
「偶々」と云ったが、その彼女の話では本当はそうではなかったらしい。
彼女が曰く、「先生が井谷君を心配して持ち上がりにしはったんやで」。
七〇過ぎても恩師に心配を掛ける教え子とはと慙愧に堪えない。
2017.09.03 まま、反省
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ご近所の庭に咲く百日紅(さるすべり).。幹がすべすべしていて猿がすべるとか。
それは俗説で猿は自由自在に上り下りする。まま、エエ加減なところが俗説。
囲碁にも「さるすべり」という手がある。一線の辺で大ケイマに入り込む手である。

次の奈良歌会の詠題が「色を詠み込む」というので用意した私の歌。
「 夏過ぎて なお艶やかに 百日紅 その名悲しき 唐土の恋 」
昔々、支那・唐土で百日経ったら会う約束をした男女が居ったとやら。
女性は約束の日を迎える前に他界、その女性の墓に咲いた花が百日紅。
奈良歌会も京都歌会と同じく●短歌会の系統になっている。
よって、この私の歌はゴミ箱へ行くので、ここに記す次第。
まま、先に書いた京都歌会でのこと、嫌みでも繰り言でもなく会話録。
日教組の元高校教師であった座長が席上の参加者へ講釈。
「真珠湾奇襲で、日本海軍は人間魚雷という非人間性兵器を使った」。
私、「それは違うでしょう。世に云う人間魚雷・回天は昭和19年に企画。
真珠湾攻撃は16年、回天の企画は海軍の青年将校、海軍は却下。
戦局悪化と青年将校らの熱情もあり開発実行、企画者が最初に回天特攻。
私の父も学徒出陣で回天特攻隊を志願、多くの仲間が死んでいます。」
またある日の座長の話。
「私は神風特攻隊の基地であった鹿児島の鹿屋の特攻記念館に行った。
特攻隊員の遺書には涙が止まらなかった、当時の軍部に怒りを覚えた。」
私、「鹿屋は陸軍航空隊の基地です。神風とは海軍航空隊の特攻名です。
よって、鹿屋基地から神風特攻隊が出撃したということはありません」。
すると出席者の女性が発言。
「ゼロの焦点という小説にもゼロ戦が鹿屋基地から出撃したとありました」。
私、「作家が無知かアホでしょう。ゼロ戦は米軍用語、日本人は云いません。
海軍零式艦上戦闘機、つまり日本人はレイ戦と云ったのが史実です」。
またある日の座長。
日中戦争を支那事変とか云い変える日本軍部は撤退を転進とか云った」。
私、「国家間で宣戦布告した戦闘が戦争で、そうでない戦闘は事変です」
座長、「太平洋戦争も日本は宣戦布告無しに始めた」。
私、「大東亜戦争は、日本の宣戦布告が一時間遅れただけ、布告はしました」。
歌会ながら、こんな会話が行われていたということ。まま、私も反省。
2017.09.02 二分法
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散歩道の野萩の枝が二分して其々の先で花を咲かせていた。

中学校の恩師に云われて今年二月から通った京都の歌会。
昨日の歌会で、私は今後の参加を断られる羽目になった。
途中休憩の時に一人の女性が私のところに来てこう云った。
「●短歌会に入らないのならここの歌会への参加は遠慮ください」
●短歌会とは千人位の会員がいる一般社団法人である。
私が通う京都の歌会は●短歌会が管轄するものだとか。
初参加の時、●短歌会主宰者の論説を掲載する新聞コピーを渡された。
日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」である。
その主宰者の思想が述べられていたが、私は受け取らずにお返しした。
その時には、●短歌会への入会云々の話はなかった。
昨日は「西京革新懇ニュース」のコピーが渡された。所謂ヒダリマキ・ニュース。
京都歌会座長は日教組の組合員で元高校教師、彼の話が記載書されたものだ。
私は読まずに机に置いたままにしていた。
そして、その休憩時に女性から前述の言葉を貰ったのである。
確かに、この半年七回の歌会に参加していて居心地は良くなかった。
何とも平仄が合わないというか、皆さんの論調に違和感を覚えていた。
中学時代の恩師の紹介とは云え、私は「招かざる客」の心地であった。
広島に居た三十代の頃、先輩の兄君で県議だった人の言葉が浮かんだ。
「なあ、井谷君、人は二種類しか居らんのじゃけぇのう」
二種類とは、敵か味方か、合うか合わないか、好きか嫌いか。
・・ここで娘が孫を連れてやって来たので書き込み中断。

娘達が帰ったので書き込み再開。
つまり、先輩の兄君が云ったのは「人間の二分法」である。分かり易い。
きっと、歌会の方々と私は合わなかったのあろう。仕方のないことである。
ただ、老齢で病身の女恩師に何と報告すれば良いのか・・、少々気が重い。