2016.07.23 ええやないか
2016072107000000.jpg
隣家のアメリカ芙蓉、オクラが原種ながら中々に見栄えのする花である

私と小中高が一緒だった友人の母君が亡くなり、昨夜はお通夜に出掛けた
何か懐かしい葬儀(通夜)に触れた思いがした、ええやないか
私の生まれ育った町(村)ながら、我が家は祖父が柳生から出て来た新参者
友人のところは代々の農家で母君は婿養子を取り、友人は一人っ子であった
彼の勉強部屋は裏の牛小屋の横にあったので、母屋を通らずに行って遊んだ
私達の声が聞えると、母君が覗きに来られるのでヒソヒソ声で話したもの
彼は考古学者として大学で教鞭をとり、定年後は歴史博物館で学究を続けている

通夜だった所為か、地縁・血縁者が集まっただけで彼の仕事関係者は居なかった
血縁者で私が知るのは奥方とお子さん(と云っても中学生の孫がある)ぐらいであるが
地縁者は、記憶があったり、話から「ああ、あの家の誰」と分かる人が多かった
待ち時間の間は地元の世間話となり、私は懐かしい思いで聞き入っていた
まま、あの子・あの家はどうしたという類の話ながら、初めて知る話も多かった
導師も地の人間で、読経後の導師の法話も半分は故人との想い出話であった
さすがに、途中で「独生独死独去独来」と書いた紙を取り出し、冥土への道が云々カンヌン

私には檀家制度の成り立ちというか、世に云う葬式坊主の在り様が微笑ましく思えた
地縁・血縁関係の古い地域社会で、人心掌握の中心的存在という伝統を作ったようだ
奈良仏教から密教、五山を経て江戸幕府の檀家寺、寺小屋では読み書き算盤と論語
キリスト教会でイスラム経典を語るような日本仏教だが、偏狭さがないところが立派
神仏共に「ええやないか」で身も心も浄化するというのは、日本宗教の偉大な発明かも


スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/1004-90f947b9