2016.08.10 退位と譲位
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我が家の高砂百合、初代は四年目で年々成長し今や二間(3,8㍍)近くある。
その下が子株、ホースの上が孫株、株の大きさを実感できるようにホースを置いた。
巨大百合一家として近所で知られ、付近の庭にも孫らしきものが生えて来ている。

親株の寿命が尽きた時、子株がそれなりの大きさになって後を継ぐというのであろうか。
昨日の産経・読売・朝日・毎日の全国紙一面見出しは「生前退位」の共通文言であった。
私は、陛下の御言葉前文に目を通して、妙な気というか何かおかしいことに気付いた。
陛下の御言葉の中には「退位」という言葉は一言も入っていないのである。
もし、陛下が云われるなら正しくは「譲位」であって、「退位」ではなかろうに・・変である。
各紙一斉に「生前退位」を使ったのは何故だろう、一紙も「譲位」と書かなかったのは何故か。
どうも、あのNHKが先に「生前退位」という文言を使って流布させたキライがある。

「譲位」書けば、そのまま「生前」であり、「生前譲位」と云う言葉は無い。
わざわざ「生前退位」としているところに、私はあらぬことを感じ取ってしまうのである。
「譲位」は位を譲ること、「退位」は位を退くことである、この意味の違いは大きい。
「譲位」なら帝位を皇太子に譲ることで、皇太子は「受禅」して即位することになる。
「退位」とは位から退くことであって、その位そのものも明確でなくなるということ。
帝位から退位することは帝位が無くなることも有り得るし、後継者も定かではない。
つまり、天皇という位も男系皇統の在り様も、全てご破算有りという話になる。
そして、次の様な気になる御言葉がある。

皇后や皇太子を初めとする皇族を「家族」と云われたこと。
天皇の位の役割りを「機能」という言葉を使われたこと。
末尾に「ここに私の気持ち・・」、つまり、私「個人」の、という表現をされたこと。

私は天皇を「位」であって機能ではなく、
天皇は個人の戸籍がない「日本」そのものと思っている。
「お可哀そう」「御気の毒」というのはミーハー風潮づくりである、慎むべし。
今回の天皇の「生前退位」の御言葉報道、何か解せない思いを私は持つ
あるアメリカ婦人を思い浮かべるのは私だけではなかろう。




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