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この日曜日の稽古は床に「般若心経」を掛け、華瓶に菊・竜胆・樒(しきび)を入れた。
仏教の宗派によっては華瓶(けびょう)と花瓶(かびん)を使い分けと聞く。
華瓶には水と樒や槇だけで、花瓶には色花を入れるということらしい。
私は宗教に暗い故、手軽に一瓶で済ませることにしたが罰(ばち)はなかろう。
まま、私の人生、生まれて来たこと自体が罰当たりと思える。

塾生には神職者と僧籍者の方も来ており、この日は面白い話を聞いた。
実は、私の縁戚に春日大社の神官家系でありながら、仏壇屋をしている家がある。
そこの者が云うには、般若心経は神仏双方で唱えられる代物だとか。
神職塾生が云うには、神官は決して仏典である般若心経を唱えることはしないとか。
然し、神前に般若心経を唱える方を拒むことはしないということであった。
僧籍塾生が云うには、神前で唱えるのは般若心経に限られているようだとか。
仏も八百神の一つとして神仏合体された後、般若心経で折り合いを付けたのだろう。
この日は、盆点前と洒落ようかとも思ったが、皆の顰蹙を買いそうなので止めた。

十五日のテレビ、BSやCATVでは特攻隊の作品が二・三本放映されていた。
NHKでは真珠湾攻撃に出撃し、あの「トラ・トラ・トラ」を打電した人の話があった。
奈良・田原本の御仁で、戦後はキリスト教伝道者として米国へ懺悔に渡った有名人。
まま、人生の機微というか、生き様とはその人にしか真相は分らないものである。
戦後を派手に生きた人も、戦後を地味に生きた人も夫々居る。
産経抄で紹介されていた、戦後を地味に生きた人の話は、胸に迫るものがあった。

四年前に亡くなった母親の遺品の中から、父親からの軍事郵便が見つかったとか。
母親のお腹の中に子供(投稿者)を宿したまま、父親は出陣し戦死したと云う。
父親からの郵便には、赤ん坊を気遣う記述とともに、不可解な一行があった。
「父母の先、ツケ木の先です」、ツケ木とは先に硫黄を付けた木片のことだとか。
映画名ともなった、あの「硫黄島からの手紙」の一通だったということだ。
死を覚悟し、自分の所在地をなんとか家族に知らせようとした父君の心情。
母君は子供を育てながら戦後を生き抜き、この軍事郵便を大切にして残した。
私の目は潤んだ、・・敗戦責任は重い。
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