2016.08.24 プロの技
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散歩道でランタナが実を付けていた、和名はシチヘンゲ(七変化)、熱帯アメリカ原産。
夏口から秋まで花が咲く、国際自然保護連合は「世界の侵略的外来種ワースト100」に指定。
とは云え、花言葉が「確かな計画・協力」とあり、何とも日本人に向いた言葉である。

まま、「不確かな計画」と「非協力」の誹りを受けたブラジル・リオ五輪も閉幕。
マスコミ報道も落ち着き、眠れる夜に戻り、夜は平穏を取り戻した。
さてである、マスコミ報道の中で、あるコメンテーターが話したリオ五輪の感想に納得。
その御仁曰く、「今回の五輪は、久しぶりにプロの技に魅せらえた大会だった云々。」
アマチュアリズムの原点であるオリンピック競技でに「プロの技」とは面白い表現である。
入賞選手の技とそこに至るまでの鍛練は、プロというか磨かれた職人芸とも云えた。
日本の体操然り、陸上四百リレー然り、競泳八百リレー然り、女子バトミントン複合然り。

私は個々人の技もプロの職人芸と感服するが、団体戦での日本人戦技を大いに評価する。
九秒台走者が居ない日本チームの三走・桐生が一番でケンブリッジにバトンを渡した。
まま、ケンブリッジの父親はジャマイカではあるが、ボルトに抜かれるまで一位を走った。
あの短距離常勝軍団・米国短距離チームに先行したのは団体戦の勝利だと、私も興奮。
桐生はバトンを渡した後、ケンブリッジへ「そりゃ、うりゃ、ヘチマ、ハチマ」とか何とか。
桐生が手を突き上げて、修羅面で雄叫ぶ姿は他国の選手には観られないものであった。

五輪競技の「プロに技」に比し、日本のマスコミ報道の稚拙なレベルには辟易した。
「前畑ガンバレ」を継承しているつもりでいるのか、喚き叫んでいるだけの実況報道。
お涙頂戴質問や大袈裟な興奮しぐさを示すだけの軽薄さが目立つ報道者たち。
番組の中でキャスター同士の「ため言葉」や「チャン付け会話」には鼻白むことが多かった。
旅費と手当もそれなりに貰い、有名フリーキャスターなんぞは高額のギャラとか。
「自分が楽しみたい」とかいう選手も居たが、マスコミ報道人が楽しむための大会ではない。
ことほど左様に、日本の新聞テレビ、マスコミ関係者のプロ意識の欠如は目に余る限り。
「プロの技」と称した御仁には、マスコミ界の「プロ意識欠如」を問題視され度思う。
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