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兵馬俑の展示。

昨日は脳ミソのMRI検査を受けるために大阪赤十字病院にいった。
私は閉所恐怖症のため、エレベーターや満員電車がダメである・
ましてや、棺桶に閉じ込められ半時間余り過ごすこの手の検査は無理。
酒を飲んで酩酊状態で臨むか、安定剤を服用するかであるが大体は酩酊を選ぶ。
検査を終えてから、中の島・国際美術博物館の「始皇帝と大兵馬俑展」まで足を延ばす。

写実的な兵馬俑の面は、北方モンゴロイドそのものの顔で騎馬族のものである。
展示資料を見ていると秦と西戎の居住地が重なっていることを示していた。
要するに、秦と西戎は出自が同じというか、周王朝に面従する西戎部族であると云える。
周王朝の衰退した戦国時代に、秦は周辺の漢族国家を征服して支那大陸の大半を制した。
そして、「皇帝」を名乗った。今の世界には日本の天皇しか皇帝は居ない。
つまりと云うか、やはりと云うか、秦は漢族国家でなく西戎国家であったのだ。
秦が本当に恐れいたのは周辺の漢族でなく、北の遊牧民族・匈奴だったということ。
要するに、春秋戦国時代とは漢族の教科書歴史では語れない史実があったと納得する。

美術館を出ようとすると、外はドシャ降りの雨、館内の売店で傘を買う、390円と良心的だ。
前の道まで出てタクシーを拾い、近くの旧友の鮨屋に電話し雨宿りをすることにした。
タクシーに乗って五分で雨が上った、まま、折角なので大阪の卒塾者を呼ぶと彼は快諾。
鮨屋では、先のブログに書いた東京の下宿の○○ちゃんのことを知る店主と話が弾んだ。
○○ちゃんに電話を入れブログにコメントが入ったと伝えると、彼女は既に目を通していた。
そして曰く、「私、168センチでなく、167センチだからね・・」、と念を押してござる。
今となって1センチの差が何であろうに、私は分った分ったと云って電話を切る。
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