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秋篠川の土手横の林に咲くヒガンバナ(彼岸花)、めずらしい白花だったので撮った。
彼岸花に野生や自生はない、稲の到来と共に持ち込まれた一株からの株分けである。
異名は、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)、死人花(しびとばな)、地獄花(じごくばな)、幽霊花(ゆうれいばな)、剃刀花(かみそりばな)、狐花(きつねばな)、捨子花(すてごばな)等。

連想したのは、リオ五輪で日本シンクロチームを復活させた井村雅代コーチ。
過去に中国チームのコーチに就き、裏切り呼ばわりされていた御仁である。
現在六十六歳で結婚経験なし、旦那も子供もなくシンクロ一本の人生とか。
昨日のテレビ番組で観た、井村コーチの云った言葉に同感した。
井村はシンクロの子供教室を運営しており、親に連れられて来る子供達も多い。
楽しいだけでない練習では、子供は泣いたり嫌がったりすることもあると井村は云う。
「結果がどうあれ、頑張ったんだから褒めてやりたい」という親御の言葉に対し、井村は、
「オリンピックは頑張った子が行く、だから頑張るのは当たり前、頑張りの質が問題です」
「上手い子供が贔屓されるのは当たり前、悔しければ、贔屓されるくらいの子に育てなさい」
「私はよく叱ります、言いたいことは我慢しません、嫌われるのは大いに結構」

斯く云う私は、流儀の中では嫌われているらしい。
「らしい」とするのは、好かれようが嫌われようが、私の知ったことではないからである。
ある稽古場が茶会を開いた時のこと、初めてとかでダラつき、粗相・失態が多かったとか。
その時の企画者の言葉、「これも皆にはエエ経験、次にちゃんとやればエエ」とか云々。
私、「次は無い、今が全てや、来てはった客にとっては、今のそれが上田宗箇流や」
自分達の企画した茶会が自分達の楽しみにして満足していることに、私は腹が立った。
茶会が、自分達のティーパーティであって、来客へのティーセレモニーとは考えていない。

正式茶会での発言、「失敗はだれにもある、次に活かしたエエ」、「茶は楽しくやればエエ」
私、「その時その場が客にとっては上田宗箇流、アンタらの稽古の時でも場でもない」と睨む。
稽古は、本番を全うするためのもので、本番を稽古代用に考えるのは見当違いも甚だしい。
軍事演習と実戦本番の違いである。実戦本番で負ければそれまで、全て失うということ。

井村はんのこと、半端な男衆ではこのオナゴはんには勝てんやろうと思った次第。
然しである、彼岸花で何で井村はんを思い起したかは、我ながら不明。
古希を過ぎ、社会から忘れられた頃の井村はんには、彼岸花がどう写るであろうか・・
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