2016.09.20 赤穂へ討入り
私の囲碁の師匠が囲碁アマチュア選手権で奈良代表として全国大会に出場。
予選リーグで一勝二敗となり、残念ながら決勝トーナメント進出ならずであった。
聞くと、予選リーグの相手三人の年齢の総和と私の師匠の歳が同じだったとか。
優勝者は二十歳の大学生ということであった。
そんなこんなで、囲碁好きの私の従兄の別荘へ行き、囲碁仲間五人で師匠の慰労会をした。

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別荘は岡山の虫明海岸の入江にあり、家のデッキは海に繋がっていた。
前に写る船は蛸(タコ)漁の船だとか。

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地元漁港の朝市に食糧買い出しに行き、その価格の安さに釣られ、少々買い過ぎる。
このコブダイ、五十センチはあるが五百円、多くの支那人が買い出しに来ていた。

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隣町の日生(ひなせ)を挟んで向う側が兵庫県になり、塩と義士で有名な赤穂市である。
そこに私の従兄が知る碁会所があるので、討入りを掛ける魂胆になっていた。
まま、忠臣蔵は赤穂義士の吉良邸討ち入りに掛けた逆討入りという従兄の洒落心、ダジャレ。

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折角なので、義士の遺髪が眠る花岳寺へ行き。義士墓所を参る。
四十七士の墓標には「刃」の字が頭に刻まれていた。最後の墓標だけは無かった。曰く、
「一番最後の順の寺坂吉右衛門は、建立当時は存命中であり、後年、森家の同じく足軽であった野山斧右衛門によって建てられました。『彼も足軽、我も足軽。同じ忠義を働きながら、足軽であるからという理由で墓を建てることができないというのは誠に残念』 とし、自ら施主を務めました。」

面白いことに、浅野家が断絶して森家が入った赤穂の地に「大石神社」がある。
勿論、祀られているのは大石内蔵助その人、主筋である浅野内匠頭の神社はないという。

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討入りの場は「赤穂碁楽会」。娯楽に掛けた名とはナカナカ洒脱。
(訂正:写真を見直すと、「碁楽」ではなく「楽碁」つまり落語の洒落、私の勝手読みだった)
相手側は、六段二人と五段と三段、それに級位者の計五人。
此方は、師匠が七段、従兄が六段、他に五段が二人に無段の私の計五人。
結果は、此方の四勝一敗、一敗は不詳ワタクシめ。
その夜は、漁港の市で買い付けた魚介類を男調理で食し、囲碁談義。
一番酒が進んだのは、斯く云う不詳ワタクシめ。

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