2016.10.05 支那のこと
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上に掲載したのは世界各国の支那(CHINA・シナ)に対する呼称の一覧である。

昨晩、友人から前のカマキリブログのことでメールをもらった。
「激昂していて、家に戻っても収まらなかったのだろうか、誤字脱字が見受けられます。短気は損気だと思います。紹興酒3本も肴なしに飲むとは、身体にもよくないし、いらぬ出費にもなるし、気をつけたほうがいいと思います。」
いやはや、推敲不足が常態化しており汗顔の至り、其処彼処に散乱する誤字脱字を早速訂正。
まま、朋友とは有り難いもの、喧嘩はしてもそれなりに収まり、常に味方感覚で居てくれる。

ところがである、支那という用語使用が云々と分った気にオヌカシの御仁も居てなさる。
歴史認識がマスコミに毒されたと云うか、支那の詭弁高圧態度に踊らされる人達である。
支那が日本にだけ「シナ」と呼ぶなと注文を付けて来ることを何と見るかということである。
「CHINA」を、世界の国が其々の自国語の呼称としているのが上の掲載一覧である。
それを、日本にだけ「シナ」と云うのを止めろとオヌカシは何なのそれ、というこである。
その支那の態度の裏は見え見え、劣等意識の裏返しの日本イビリに他ならない。
中華民国の国父と云われる孫文も文豪・魯迅も演説や文章で支那と云い表記していたもの。
ことの起りは大東亜戦争後のこと、中華民国は戦勝国として代表団を東京に派遣した。
一九四六年六月「命令」の形で日本の外務省に 「支那」という呼称を使ってはならないと通達。
同年六月六日、日本外務次官は各 新聞社出版社に、日本文部次官は七月三日各大学の学長宛に、
「支那」という名称の使用を 避けるようにという内容の公式公文を前後して配った。

一言で云えば、支那が戦勝国気分で敗戦国の日本に、これ見よがしの高圧姿勢をとったもの。
暴力に弱いという体質を持つ新聞社や官僚が、負け犬根性でこれに追随した結果の産物である。
まこと以って、怪しからん話であり、そもそも論で云うと、次の通りの話。
「サンスクリットのCinaが東方に伝わり、古代シナに伝入すると 「支那」、「脂那」、「震旦」などに漢訳された。Cinaは外国人(最初はインド人)による 古代シナの呼称として用いられ、今日においても世界中で広く用いられている。 「支那」の語は辛亥革命当時、シナ人がシナをさす言葉として盛んに用いられた。」
ということである。

その支那に追随して、朝鮮人も日本に対し「朝鮮」と云う言葉を使うなとか云い出す始末。
「朝鮮人民共和国」とか名乗ったり、最大部数の新聞「朝鮮日報」を発行しながらである。
支那と同じく、日本にだけ強いる高圧態度、彼等の意識とは何か、それはハッキリしている。
日本に自力で勝ったことが一度も無いということへの劣等意識である。
支那の国府軍は日本軍に連敗続きのままで終戦、共産軍に至っては逃げ回るだけだった。
朝鮮は棚ぼた的独立をしただけであって、自らの力で独立したものではない。
それが支那・朝鮮の人間には宿痾(心の重し)となって、その裏返しで日本に高圧的に出る。

これらを承知すれば、彼等が日本人へ言語統制を仕掛けることを許すことは出来ない。
それを「ヘイト」とか云うて騒ぐエセ人権屋やマスゴミの連中は獅子身中の虫、漢奸である。
日本人は堂々と支那・朝鮮と云って然るべきであり、それが我が国の矜持を示すものである。
と思う私だが、この土曜日に来客があるのでマタゾロこの前の支那料理屋へ行くつもり。
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