昨夜遅く、娘が第三子の男児を無事出産した由、婿殿から連絡が入った。
女房殿は昨日から病院に行き、夕べは娘宅で孫娘たちの番をしている。
私も朝から病院を覗きに行こうと思っている。

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先日来駕の私の姉弟子が持参した流祖・上田宗箇自作の茶杓、箱は14世宗家・宗翁。

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櫂先(かいさき)の露(つゆ)部分が七三(ななさん)に削られ、茶入に掛け易すく、
枉(ま)げ軸の撓(た)めが鋭角なところは流儀の形になった。
節裏(ふしうら)の凹みがクッキリとしている、いわゆる蟻腰(ありごし)になっている。
実際に手にしてみると何とも持ち易い、というか使い勝手が良さそうである。

今月二十一日から三十日まで奈良町今西家書院で開催される「百杓百碗展」。
南都塗師・山本哲さんが作製した茶杓と蒐集した茶碗の展示会である。
我々朋庵で展示会の添え釜することは先のブログ記事にした。
添え釜は二十二・二十三、二十九・三十の土曜日曜日、ご来駕の程を。
よって、今日は茶杓の云々を記す。

茶杓の元は、金、銀、砂張、鼈甲、象牙、木地で出来た薬匙(やくじ)、茶匙(ちゃひ)。
奈良では鹿の角の薬匙があったが、それが茶杓の原形として残されている。
村田珠光は、鹿の角や象牙の代わりに竹を用い漆を拭いた茶杓を作ったとされる。
以降、素材はほぼ竹となり形は一定しないが、当時はほとんどに漆が拭いてある。
武野紹鴎は切留(きりどめ)に節を残す留節(とめぶし)、切留近くの下がり節の茶杓を作る。
象牙や木地の節なしが真、竹製の切止め近くに節のあるものが行、中心に節のあるものが草。
茶杓の部位名称は下図を参照頂き度。

無題
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