2016.10.15 匈奴とハナ
2016101416280000.jpg
昨日の空である。確かに秋空の雲は高い。

洒落っ気のある天気予報士が語っていた分かった気な言葉、
「天高く馬肥ゆる秋と申しますが、秋空は天が高いのではなく、雲が高いのです」
秋空はその通りの当たり前の話ではあるが、変に腑に落ちた。
その言葉の前の句、「馬肥ゆる」の意味合いを取り違えているようであった。
秋は収穫の時期、気候も良くて馬は肥えて元気になり、人々も楽しい季節である・・」
と、思っている様子であったが、実は大間違いなのである。

昔(三千年位前)の北アジアには騎馬遊牧民族の匈奴が勢力を張っていた。
支那王朝は秦から漢、三国そして五胡十六国の時代の話である。
支那の漢族国家にとって、騎馬遊牧の民とは、まさに恐ろしい鬼畜・匈奴であった。
農耕民の漢族が収穫を終えると、北方から武器を手に馬の乗った匈奴が襲って来た。
匈奴は奪い、殺し、犯し、人を連れ去る、残虐非道の奴と漢族は恐れ「匈奴」と名付けた。
人口は漢族が圧倒、今でも漢族は十億を超すが蒙古人や満州人は併せても三千万有るなし。
それが、いつも侵略侵攻を受けてやられるのは漢族、喧嘩に弱いのである。
五胡十六国の中、漢族の国は三カ国だけで、あと全て北方民族が支配する国であった。
よって「馬肥ゆる」とは、騎馬遊牧民の馬が元気になり、秋の収穫を奪いに来ることを云う。
つまり、漢族にとって「天高く馬肥ゆる秋」とは、戦々恐々の時季のことを云うのである。

下の図を見て思ったこと、匈奴はバイカル湖からチベット北方に展開していた民族。
実はこの地、日本人の祖先になる人達が居たところでもある。
四万年前頃に、ここから東方へ旅だった人々はやがて大陸と地続きであった樺太・北海道へ、
そして更に、列島各地へ移り住んだ縄文人と云われる人々であった。
縄文人は今の我々に日本人と日本文化の基層を残したのである。
世界的に稀なY染色体遺伝子を持つのが日本人とチベット人というのも頷ける話である。
恐らくは、チベット人の祖先は縄文人の祖先と別れて南へ向かった人々であったのであろう。
或いは、出アフリカを果たしたY染色体D型の民が中央アジア辺りで北東と南東に分れたのか。
その縄文人の祖先と行動を共にし、シベリヤから日本列島に来たのが縄文犬・柴犬である。
前記の愛犬「ハナ」の話と天気予報士の話が妙に重なり合った・・・。
無題
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/1058-ac3742a9