先の記事で四股と蹲踞のことを書いたが、拍手やいいね!の反応は少なかった。
まま、文章も漫然として長ったらしく読んでもらえなかったものと思われる。
然は有れど、日本文化の何であるかを書いたつもりである、しつこく続けてみる。
今般の添え釜は一席に三人や五人の客を迎えて、四日間で四十六席となった。
我々が武者点前と称する安坐点前をすると多くの人から坐り方への質問があった。
つまり、お茶は「正座」という巷の「常識」がその裏にあるということなのであろう。
実は、坐り方に「正座」という言葉や概念が出て来たのは明治の中頃の話である。
千の裏流が女学校の習い事を任されてからのことで、小笠原礼法の言葉ともいう。
今の「正座」という坐り方は、本来「端坐・たんざ」という呼び方をされた土下座坐り。
ということで、四股・蹲踞に続き今回は坐り方の話をすることにした。

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江戸末期に来日した欧米人が撮影した「主人を待って控える侍と小者」である。
侍は袴で分り辛いが恐らく「立て膝坐り」、小者は蹲踞が崩れた「かえる坐り」。
「かえる坐り」には正式名称がない、俗に「うんこ坐り」、今で云う「ヤンキー坐り」。

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「安坐」、当流の武者点前の坐り方である。下座に足の裏を向け客に向けないのが礼儀。
胡坐との違いは両ひざが畳に付くこと、安坐は腰がキチッと伸びるが胡坐は腰が曲がる。
織部流の古文書には「彔(ろく)坐」とあり、おたいら坐りとも云われる。

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「立て膝坐り」、もう一方の足が跪坐であれば瞬時に動ける、云わば「待ちの姿勢」である。
立膝を右足にすれば抜刀が出来る居合いの型でもある。由って茶では左足を立てる。
立てた片膝で一方の片膝を横にして挟み、手を立膝に乗せると朝鮮の「妓生坐り」。
「片膝坐り」とも云われるが、薬師寺にある神功皇后像は何故かこの坐り方である。



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「跪坐・きざ」、これも待ちの坐りである。そのまま立てば「一足立ち」という所作。
当流の立ち坐りはこの跪坐を基本ととする。蹲踞の前後の所作でもある。

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「楽坐」、天皇を初めとした束帯装束の高貴な坐り、雛人形のお内裏様坐りである。
武家の狩衣装束も楽坐か安坐、当時は板間なので端坐(正坐)は不自然で無理がある。
日本人の坐り方にも日本文化の歴史があること、まま、拍手が少なかろうが云っておきたい。
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