2016.11.05 茶人の坐り方
日本人の坐り方の続きとして、茶人の坐り方を残された画図で紹介する。

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武野紹鴎、ウキペディアでは堺の生まれと記されているが違っている。
母方は大和の豪族中坊家、その地領の吉野で生まれ奈良に遊学し、京へ出た。
この著者・武野宗延氏は本姓が岡本氏で、母方が武野紹鴎末裔にあたる御仁。

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本の表紙は紹鴎の足の部分が隠れているために、全体図を載せる。

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茶人として最も有名なのは千利休だが、その実像は時の権力に取り入る政商であった。
一応紹鴎の弟子とされているが、教養・力量・感性は紹鴎に及ばないように思う。

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利休の後妻の連れ子・小庵の子が千宗旦、今の三千家と呼ばれる茶家の祖となる。
宗旦は茶で飯を喰う茶家の形をつくり、稽古や相伝の体系化が始まることになる。
そして僧籍でもないのに自分の書を弟子に売り、墨蹟扱いをさせるという悪癖を生んだ。

画像のこの三人、誰もが安坐であり、端坐(曰く正座)の坐り方をしていない。
利休・宗旦の坐り方を見ると、千流の方々の云う「お茶は正座」とは真っ赤な嘘。
まま、嘘も百回云うと真実になるという話の典型である。

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