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お向かいの垣根に山茶花の花が咲き出した。つい口を吐く歌は・・
♪ さざんか さざんか 咲いている 焚き火だ 焚き火だ 落葉焚き ♪

恩師の御主人は大正十年生まれの九十六歳、お話出来たのは嬉しかった。
私の父も大正十年生まれだが六十五歳で亡くなったと云うと、御主人がボソリ一言。
「後二十年は生きてもらいたかったなぁ」
私は、父の記憶と併せてある悲劇の親日朝鮮人のことを思い起した。

その御仁の名は朴鉄柱。
大正十一年釜山生まれで平成二年一月逝去享年六十八歳。ほぼ私の父と同じ。
大東亜戦争下に日本の皇典講究所を卒業、下関の住吉神社に奉職、戦後韓国に帰国。
朝鮮動乱を経て、昭和二十九年五月に「日本文化研究所」を設立
李承晩大統領の反日政権下にあって苦汁を嘗めさせられる。
朴氏は「反共法」に引っ掛かり裁判にかけられ、三年半の刑が言い渡される。
著書は全て没収・焼却されたが、彼はそれでも自分の一念を曲げず、
「日本文化研究所」は名称を「韓日文化研究協会」と改め、細々と続けた。
資金はなく、生活は文字通り赤貧洗うがごとき状態の中でこの世を去った。
亡くなる一年前の平成元年一月に先帝陛下の御大喪の際に来日したという。
朴氏は肺がんに犯された体に鞭打っての来日だったとか。
私は、その三年前に肺ガンで死んだ父を見送っていたことになる。
その悲劇の親日家・朴鉄柱の話した内容が残されているので掲載したい。

<韓国から日本をながめていると、日本が〝心〟という字に見える。
北海 道、本州、四国、九州と〝心〟という字に並んでいるではないか。
日本はすばらしい。万世一系の御皇室(御をつけらる)を戴き、歴史に断絶がない。
日本固有の神道が、現在に至るまで相続されており、全体が調和された形でできている。
〝八紘為宇〟という考え方は、日本の大らかさの現れであって、これは積極的に世界に知らせる必要がある。
それに較べて韓国の歴史は、悲惨であって断層が深く、涙なくして見ることはできない。
暗い場所から見れば、明るい所は余計にはっきりと解る。
韓国は日本文化の豊かさの中から学ぶことによって、内面的支柱を確立するよう努力したい。>

大陸から見る日本列島、「心の字」
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