6.jpg
ドイツ紙が報じた博多駅前道路陥没状態写真と六日後の復旧写真

ドイツ紙は日本の行政と土木技術そして作業員を驚嘆と賞賛で伝えた。
ドイツだけでなく、世界各国でも驚嘆と賞賛の声が上がっているという。
確かに、あの道路陥没を六日で完全に復旧されたことには私も驚いた。
案の定である、早速に近隣の店舗やビルからの損害賠償請求の声が出ている。
福岡市の市長は倍賞に応じる考えを示したといういうことである。
と云っても、市長個人の金は一銭も出す訳でなく、金は福岡市民と国民の血税である。

この10月26日に東日本大震災で、いわゆる大川小訴訟の結審があった。
学校管理下の児童74人が死亡・行方不明となった宮城県石巻市立大川小学校の悲劇である。
その中の23人の児童の遺族19家族が、市と県を相手に総額23億円の損害賠償を求めた。
仙台地裁(高宮健二裁判長)は、学校の責任を認め市と県へ14億円の支払いを命じた。
この話を聞いて私は複雑な思いと裁判官の資質に対する疑念を持った。
裁判官の知的レベルというか精神構造の問題と云うか、震災の死者は約二万人であること。
仮に、先の大戦は天災でなく人災、ならば被災者は数百万人となり、損害賠償の一貫性は如何。
この大川小訴訟に賛同なかったのは74人中51人の遺族、人数で訴訟者の倍以上である。
訴訟に参加しなかった遺族へは賠償金は? これは何故の訴訟なのかという話になる。
金銭目的なのか、それとも事実究明なのかということになろう。
児童を校庭で50分も待機させ、議論していた教師のアホ・ボケ・マヌケぶりは許し難い。
その教師も大半が死亡したが、震災後の市教委の対応は自己保身と組織擁護で汲々としていた。

私も、当時の報道で市教委の姑息な自己保身には怒りを覚えた記憶がある。
それが賠償金を勝ち取った段階で、市や県の控訴を取り下げる様に申し入れたという。
事実究明が目的と云うなら、裁判を続けてトコトン証人喚問や話の突合せを望むハズ。
その控訴取り下げ要求運動をする訴訟19世帯の行動に私は訝しさを感じるのである。
教師も10人死亡している災害で「先生の言うことを聞いていたのに」という横断幕。
判決時に『学校・先生を断罪』という文言を掲げて喝采する「遺族」たち・・何者であろう。
死んだ教師にも遺族がいることへの気遣いは無いということであろうか。
支払われる金は、震災で多くの犠牲者を出し辛苦をなめたご遺族の血税でもある。
博多駅道路陥没復旧報道に併せた付近の店舗・ビルには人災部分もあろう。
東日本震災は略天災と云えるもの、それを遺族19世帯へ14億円の支払い命令とは・・。
訴訟に加わらなかった51人の児童の遺族の方々の思いを忖度すべし、と私は思う。

一つの言葉を思い起した。
「他人の所為にするとは、他人に支配されていることである。」
この言葉は韓国大統領の「自立」という話で聞いた言葉である。
韓国大統領の末路に見る朝鮮民族の「恨・はん」の概念、悪いのは人の所為とする思考。
韓国大統領の度重なる不祥事と哀れな末路、それは韓国民自体の所為だと知ることが肝要。
朝鮮の歴史が他民族に支配され続け、自立が出来ない民族であった根本原因がそこにある。
大川小訴訟に大半の遺族が参加しなかったこと、そこに日本人の美質と矜持を感じる。
博多駅前道路陥没復旧を見た各国の賞賛報道、私は日本人を褒めてやりたいと思う次第。





スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/1086-a59468fb