2016.11.21 箕(み)
2016111514500000.jpg
箕(み)に入れた楠木(くすのき)灰、手掛かりの下が壊れている。

陶工の塾生が楠木の灰を土嚢袋に入れて持って来てくれた、炉灰に最適なもの。
水に浸けて灰汁(あく)抜きをしてあるので、水気を取るため箕に移した。
箕は穀物の実をふるって、殻(から)やごみを除けるための農具である。
今の人は箕を塵取りだと思っているようで、箒と一緒に置いてあるところが多い。
昔の農家では、干した稲穂を脱穀機に通し、落した籾を箕でふるっていた。
横から大きな赤い団扇で煽ってゴミや殻を吹き飛ばしていたのである。
更に、もみ殻と分ける脱稃(だっぷ)という作業にも箕は欠かせない道具であった。

私の子供の頃、吉野では「山の人」のことが時々話題に上がった思い出にある。
吉野川流域の山間で支流の川原に簡素な蓆(むしろ)小屋を見ることがあった。
小屋の付近には焚き火の跡があったりもした。村の人が云う「山の人」に住まいである。
「山の人」とは「サンカ」と呼ばれる人達であったことは後から聞いた。
サンカは「山窩」や「山家」という字が当てられ、定住をしない人達であるとも後日に知った。
そのサンカの人達のことを「箕作・みつくり」とも云うと知ったのは学生時代である。
民俗学者・柳田國男の『「イタカ」及び「サンカ」』と題された人類学雑誌寄稿文が初めとか。
朝日新聞の三角寛という記者が創作を加えたサンカ小説を発表し、世間に流布した。
サンカは明治期には全国で約20万人、先の大戦直後に約1万人ほどいたと推定されている。
実際にはサンカの人口が正確に調べられたことはなく、数値は推計に過ぎないとかである。
このサンカの生業とされたのが「竹細工」であった、「茶筅」もその一つといわれた。
世界各地にも「箕」があり重要な農具とされているが、多くは木の皮や蔓・藤を使ったもの。
東アジアには竹材を使う文化が稲作文化と相まって広がっており、箕も共通する。。
日本には、竹細工に係わる人達を賤民扱いする俗説が横行している現状もある。
「山の人」も多くは賤民扱いされ、今ではその姿を消したという哀しい歴史がある。
九州民謡の「五木の子守歌」にある歌詞の一節、
♪ おどぅま かんじん かんじん あんひとたちゃ よかしゅう・・♪ とある。
九州辺りで「かんじん」と呼ばれていた人達も「山の人」であるという、そうすると、
♪ 盆からさーきゃ おらんど~ ・・♪ と続くのは哀しいというか、切ない子守の歌である。

写真の箕は手掛かり部分の下が湿った灰の重みで外れ千切れている。
この前の稽古の時に誰かが動かした所為であろう、犯人は・・・。
箕から出たワビサビ(^^)。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/1090-0abae2cf