2016113013020000.jpg
我が朋庵の一坪露地、紅葉は今が盛りと照り輝いている。

春日茶会の後、風邪をこじらせていたが漸く治癒したようだ。
茶会のことでメールや手紙を頂いた。
皆、朋庵塾生の下足番に対する仕事ぶりと姿勢への感状・賞賛であった。
雨の中、ひたむきに下足番と云う役目に専心した朋庵塾生への手向けである。
私は、只々有難く嬉しく思い、便りを下さった方々へ逆感状を送り度思った次第。
「士は己を知る者の為に死す」という武の心、それを知る方々の惻隠の情であろう。

頂いた中に、学生時代を奈良で過ごしたという御婦人からの手紙があった。
奈良に居た間、円照寺の山村御流の花を学び、奈良の地を巡り歩いたとか。
彼女は茶会の前日に奈良に入り、浄瑠璃寺や岩船寺へ参ったという。
有名観光場所でなく、やや遠くながら隠れ寺を訪ねたということである。
次の機会には法蓮の一条通りを歩き秋篠寺まで行って見たいともあった。
法蓮という町は私が生まれ育ち、小中高の学校に通った処である。
御婦人は「青春を奈良の地で過ごせたのは私の財産です」と記されていた。

私は嬉しくなった、「人が自慢して良いのは故郷と友人である」。
とは私の高校時代の古文の先生の談、今以って私はその先生の言葉に納得。
由って、奈良のことと朋庵塾生のことは大いに自慢したい。
私は三十代初め頃、立原正秋という小説家の著書を通読していたことがある。
朝鮮半島出身で九歳で日本に来て、日本語と中世文学の勉強に傾倒した御仁である。
彼は昭和五十五年に逝去するが、その二か月前に家族皆で立原姓に改姓した。
その年に彼が発表した遺作ともいえる「帰路」という作品がある。
その中で彼は云う、日本人の帰路は「奈良と茶」であると。
その話に私は大いなる感銘を受け、今は更にその思いを強めている。

朝鮮人であった彼が、日本人であることの意味を突き詰め続けたその答えである。
その「帰路」という本に接した時、私は広島で上田宗箇流の茶を習い始めていた。
本を読み終えた私は、自分の恵まれた環境背景を嬉しく思った記憶が残る。
自慢しても良いもの、それは故郷と友人、高校時代の古文の先生の言葉、是である。
その先生が宿直の時、家が近かった私が宿直室へ行くと、一升瓶で酒を注いでくれた。
先生と生徒の在り方、法蓮町の古き良き時代の話である。



スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/1100-95fa218e