今朝の産経一面「日露『領土』進展なし」であった。
安倍政権の日露交渉団はロシアに完敗、ロシア側は乾杯であったろう。
世耕担当大臣や岸田外務大臣の面構えを見ていると勝つ気がしなんだが案の定。
先の大戦の終戦後に、北方領土と日本婦女を守るために戦った男たちがいた。
昭和20年8月18日、侵攻して来たソ連軍との占守(しゅむしゅ)島の戦いである。
この話は以前にブログ記事とした、添付する。
http://houan7010.blog.fc2.com/blog-entry-442.html

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千島列島の最北端に赤で示された小さな島、それが占守島である。
北海道の東端沖の四島が南千島、いわゆる北方四島である。

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戦車第十一連隊隊長池田末男大佐。
昭和20年8月18日未明、ソ連軍が占守島を攻撃、上陸を開始する。
池田大佐は戦車第11連隊本部で師団長から戦闘配備命令を受ける。
ソ連軍上陸部隊の攻撃で日本軍守備隊の孤立を知ると、戦車隊員を集合さす。
「赤穂浪士となって恥を忍び後世に仇を報ずるか、白虎隊となり民族の防波堤として後世の歴史に問わんとするか」、
「赤穂浪士たらんものは一歩前に出よ、白虎隊たらんものは手を挙げよ」と部下に問う。
池田連隊長の言葉が終わる間もなく、嘆声とともに全員の手が挙がったという。
全員が戦闘を決意したことを受け、敵・ソ連軍に向けての出撃命令を下す。
池田戦車第十一連隊長は師団と旅団の両司令部に打電。
「連隊はこれより敵中に突撃せんとす。祖国の弥栄(いやさか)と平和を祈る」
ソ連軍を撃破し日本軍守備隊を救援するも、続く戦闘で戦車が攻撃を受け炎上、戦死。

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北海道を守る陸上自衛隊第七師団の戦車連隊は第十一戦車連隊の名を継ぐ。
十一を「士」と読み、「士魂戦車連隊」として北海道の守りに就いている。
後日譚ながら池田連隊長の御子息は自衛隊に入隊、士魂戦車連隊隊長になったという。

世耕はんや岸田はんの顔付・所作を見るに、喧嘩に向いているとはとても思えず。
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