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人類の遺伝子の話を書くと、ブログ来訪者が減るという不思議な現象がある。
8千年前頃、満州の遼河流域に黄河や長江の文明に比する遼河文明が存在した。
遼河文明の遺跡の骨から検出された遺伝子の68%がN型という調査結果であった。
日本では縄文時代であり、その頃の北海道でも帯広辺りで土器が出土している。
やがて遼河流域には西からC型の蒙古族や満州族、南からO型の漢族が侵攻、N型は北へ離散。
遠くウラル山脈を越えたスカンジナビア半島のフィンランド人のY遺伝子の65%がN型。
アイヌのY遺伝子は88%がD型で10%前後がC型、Cはギリヤークかオロッコの遺伝子。
アイヌにN型が見られないが、三内丸山遺跡がある青森で8%四国・徳島で7%がN型
N型遺伝子の拡散ルートも興味深い。

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7万3千年位前のこと、スマトラ島のドバ火山が大爆発を起こしたらしい。
その火山灰はインド・アフリカをはじめ世界中を覆い日光を遮断したといわれる。
地球の気象に大きな影響を与え温度は急激に低下、多くの動植物も生存の危機を迎えていた。
東アフリカを誕生の地とするホモサピエンス(現生人類)も生死の際にあったとか。
生き残った人は大陸の南へ西へと向ったが、2百人前後と云われる人たちが「出アフリカ」。
アフリカ東岸とアラビア半島の間にある紅海の狭い海峡を渡り、アラビア半島南岸沿いに移動。
イランからインド西岸辺りで落ち着いた後に北へ東へ西へと向かい、地球上に拡がった。

そして時間が経ると、その人たちのY染色体遺伝子に変異が起こった。
アフリカではA型とB型であったが、7万年位前の出アフリカでDE型が現れ、D型とE型に分化。
次にC型が現れ、続いて現れたFT型は多くの亜種に分化、中のON型がO型とN型に分化。
O型は東アジアで十五億超の人口を有する大集団となるが、一方のN型はシベリアの少数民。
出アフリカを果たした人類はDE型C型FT型の三つの集団に大別される、そこで日本列島の話。
この三つの遺伝子集団が同一地域に残されている場所は世界中で日本列島だけだと云われる。
人類史から見ると、日本列島は極めて珍しい場所だとされるが、このことは大きな意味を持つ。
人類史では征服された民族の男は殺戮か奴隷として支配され、女は征服者の子を産まされる。
つまり、被征服者の男系遺伝子は残らないのが通例、中南米人のY遺伝子は欧州の父系一色。
原日本列島人は、他民族男性の遺伝子継承を認めるという特異な心根の持ち主であった。
原日本列島人の優しさや相手への思い遣りを持つ民族性は今の日本人に連綿と続いている、と思い度。
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