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今朝は、暑い飯に納豆と生卵を載せて食した。納豆は学生時代に東京で慣れた。
当時の奈良では、藁包み納豆を偶に見掛ける程度であって、納豆は食生活に無かった。
最近はスーパーの売り場に堂々と大量陳列されているので食習慣が変わったようだ。
逆に見かけなくなったのが、生卵の一気飲みである。
昔の生卵はもみ殻に置いて売られていた高価食材で、口にするのは病気の時が相場。
生卵を溶いた粥とバナナが置かれているのが病葉(わくらば)の光景であった。
その生卵の一気飲みをする男たちがいた、運動会や家族社員旅行での場面である。
生卵の殻にコンコンと穴をあけて口にし、上を向いて一気に飲み干すのであった。
「これで精が付く」とかノタマイながらニコニコ顔であった様子が今も目に浮かぶ。
私は生卵飯は好物であったが、生卵の一気飲みはどうも食感が合わなかった。
最近知ったことだが、世界の中で生卵を食する民族は希少というか日本人ぐらいとか。
他には朝鮮のユッケと台湾の搔き氷菓子に生卵の黄身を使うが、日本統治の影響とも。
欧米人にすき焼きを食べさせる時、生卵を割った椀を出すと凹んで箸を置くとか聞く。
日本人の卵の生食を奇異と感じる外人なんぞ意に介することはないが、面白い話がある。
ポーランド人の民族料理に生卵の黄身が付く、それはハンバーグの原形となった。

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ポーランド料理のタタル(Tatar・モンゴル人)、日本ではタルタルステーキと呼ばれる。
生肉に生卵の黄身をのせ、玉ねぎときゅうりのピクルスのみじん切りを盛ったもの。
生肉を使うところや卵の黄身が乗っているところなど、朝鮮料理のユッケに似る。
そのはずで、この二つの料理は同根、モンゴル軍の常食で馬肉の生食であった。
騎馬で遠征するモンゴル軍は馬を食糧にしたが、乗り潰した馬の肉は固い。
そこで切り刻んだ肉を馬の鞍の下にして乗馬、移動中の振動と圧力で柔らかくした。
その肉に塩なんかを振って食したものが、ポーランドのタタルや朝鮮のユッケの元祖。
東西で共に生卵の黄身を載せた料理になったのは、一種の収斂進化で興味深い。
あの騎馬軍団のモンゴル兵が鶏を連れていたとは聞いたことがないが、どうなのか・・。
まま、モンゴル兵が戦闘前に生卵の一気飲みをしていたのなら面白かろうと納得する。
このタルタルステーキはドイツにも伝播したが、ドイツ人は生肉を食するに抵抗があった。
そこで生まれたのがハンバーグステーキ、要はタルタルステーキを焼いたもの。
料理が生まれた土地名・ハンブルグからハンブルグステーキ、即ちハンバーグステーキ。
今や世界中に溢れるハンバーガーショップは、モンゴル軍欧州侵攻の歴史背景を持つ。
しかし、ハンバーグには生卵の黄身がない、ドイツ人は生卵にも抵抗があったのだろう。

昨年末に、酉年を迎えることで養鶏場から生卵10個入りパックが10パックも送られて来た。
知人の量販店へ納入することになった「自慢の玉子」とかであり、食すると確かに旨かった。
しかしである、10パックは多いのでご近所にも配ったが、皆さん好評であった。
玉子の良し悪しは生食で分ると云うもの、外人にはそれが分からないという可哀そうな話。


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