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薄っすら雪景色の今朝であった。愛犬「ハナ」は尻尾を下げて外へ出た。
さて、亦もや、2014年のブログ記事に拍手が入った。
その記事を開けてみて、追記の必要ありと思った。

> 年が明けた、また一年の始まりである
人並みに、人生とは何なのか、何であったのか、とか思う旬である
茶の美学と人生といえば大袈裟だが、今年はあることに気付かされた
茶で云う「不完全の美」は、人生にも通じるということである
西洋や印度、唐土の宮殿や庭は整然と構成されたものが多い
まるで定規では測った様に作られている、実際に測って作られているのだろう
同じように彼の地の器物等もそうである、左右対称で歪みや凹みは余り見られない
というより、歪み凹みは失敗作か駄作とされているようだ
だが、日本の茶人は人為のないその歪みや凹みに、「不完全の美」を見出した
世界の美術史上、全く稀有な美感、美学とも云えるであろう
私は結構、人生というものをあれこれ考えるところがある、(見かけのタイプとは違って)
今頃にして気付いた「人生は不完全の美」
何となく、ホッとした思いで雑煮の紅白餅を口にした <

この書き込みから三年経って、漸くこの記事の内容が「不完全」だと気付いた。
この記事に追記する。

朝鮮陶工が何百何千と器を焼き上げたものは程好い形であったろう。
その中で、偶々不出来な或いは失敗したものへの識別的な美観というもの、
それが「不完全の美」であり、作り手の思いを離れたところの審美である。
「完全を極める力」があっての「不完全の美」とも云い替えることが出来よう。
下手な陶工の不細工作や奇を衒う作家の臭い芸風には「不完全の美」は無い。
確かな技術で素直に作陶してこそ、偶々の不完全が生まれる。
人も素直に生きてこそ、「不完全の美」が染み出るというもの。
それは「未達・未完の美、果たせぬ夢の美」とも云えるであろう。
紅白雑煮を食べてホッとしていた三年前の自分に「喝一枚!」。
そして、今の自分には「大喝三枚!」。
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