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茶友が来た日は天気が良く、奈良三条町にある風呂屋の煙突が空に映えていた。

郡山の古い商店街を茶友と歩いていた時、屋根を見ながら私が寅さん口上を云った。
「 見上げたもんだよ屋根屋のフンドシ。数の始まりが一なら国の始まりは大和の国。」
話の主旨は、○○屋という職種が少なくなり、サラリーマン社員の社会になったこと。
○○屋という業種店や職人店員が減り、量販店の社員ばかりになった云々と云う話。
屋根屋のフンドシと云ってもピンと来ない人が多くなったが、職人文化は残ってもらいたい。
とか云いながら大和の話になり、茶の始まりは京都でなく奈良であるとの話をしたのだった。、
奈良朝時代には奈良の各地で茶が栽培され貴族・僧侶の上流社会で喫茶されていた。
喫茶の始まりを栄西禅師が宋から茶種を持ち帰り、栂尾の明恵上人が栽培したとの話がある。
茶を生業とする京都の千家系統の茶人とその上米をはねる禅坊主が流布させた嘘話である。
京都の茶家や禅僧が一緒になってこの嘘話を吹聴し、茶を自分達の生業にを結び付ける仕儀。
南京虐殺事件と同様の大嘘話であると云って宜しかろう。
面白いことに、栄西開山の建仁寺では茶は奈良朝に伝わったと正しく記されている。

http://www.kenninji.jp/yousai/chaso.html

この私の話は、前のブログのオチとなる。
つまり、今から催される奈良の「珠光茶会」と称される奈良市の行事。
どういう訳か、京都の「偉い坊さん」が出張って来て音頭取りの主役になっている。
その脇について来ているのが京都の茶家とそれに繋がる茶人たち。
前のブログに記した奈良に縁があった茶匠や武将達の茶流は入っていない。
奈良の寺社は追随しているが、肝心の珠光流も珠光所縁の称名寺も不参加。
私の知る学者も企画論旨の奇妙さに気付きながら参加し、下手な言い訳を奏でる。
まま、茶券の販売力と客の動員力のことを考えた話で、歴史や文化の話ではない。
奈良は奈良たる自負と矜持があって然るべき、と私は思っている。
歴史と文化とは、それを生業の糧にしてしまうと腐臭が漂い卑下るもの。
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