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南東から見た畝傍山、麓に橿原神宮がある。向こうに見えるのは大津の皇子が眠る二上山。
2677年前の今日、皇紀元年正月(新暦2月11日)、神武天皇がこの地で践祚(即位)。

茶友との二晩三日の会話は続いた。
日本人の尊王とは、天皇という個人や皇室という閨閥そのものに対するものではない。
それは、神武天皇から受け継ぐ血、そのY染色体遺伝子を繋ぐ男系血統へのものであろう。
写真の二上山は、縄文時代より黒曜石を産する場所であった。
黒曜石は鋭利は石器であり、金属の出現までは刀剣、槍、矢じりの貴重な材質であった。
この黒曜石は産地が限られ、アジアでは日本列島のみと云っても良いほどである。
日本では黒曜石が古くから石器として広域に流通していたことは考古学の成果でわかる。
伊豆諸島神津島産出の黒曜石が、3万年位前のの南関東の遺跡で発見されている。
伊万里腰岳産の黒曜石が朝鮮半島南部の櫛目文土器時代の遺跡でも出土しており、
隠岐の黒曜石はウラジオストクまで運ばれている。
また先日、沖縄で返還された米軍基地から青森の亀ヶ岡式の縄文土器が発見された。
逆に、沖縄先島諸島の宝貝が東北・北海道の縄文遺跡で発見されている。
伊豆諸島から黒曜石を運ぶには、船で黒潮流れる外洋に出なければならない。
沖縄へ向かうには、海流に逆らった航海をしなければならない。
世界最古の土器といわれる縄文式土器が日本列島で出現していることは有名だが、
石器を研ぎ刃物にするという磨製土器の世界最古のものも日本で出現しいる。
下の写真は日本で発見された世界最古の磨製石器、材質は黒曜石。
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磨製石器の出現が考古学では旧石器時代と新石器時代の時代区分とされている。
縄文人・縄文文化の姿とは、その航海術や土器・石器で世界最先端文化を生み出していた。
縄文人Y染色体遺伝子を継ぐ世界最古の帝位、初代天皇即位が2677年前の今日である。
私が思うに、文化の交流はあっても、文化の融合はあり得ないということ。
文化とは価値観の体系であり、民族とは文化の共有者のことである。国民とは概念が違う。
文明と文化は根源的に違うもの、文明はグローバルへ、文化はローカルへと向かうもの。
国家間の交流とか条約締結より、民族間の交流と絆の方が本来のものであろう、と思う。
茶友は頷く、彼とは価値観の共有部分が多いようだと心の中で私は莞爾。
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