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黄昏(たそがれ)時が遅くなって来て、愛犬「ハナ」の散歩にもゆとり(余裕)ができた。

茶友との二晩三日の会話、彼が帰る日の朝餉は茶粥でなく「きつねうどん」にした。
彼曰く、飲んだ後はラーメンが好いが朝餉はうどんが好いとか、同感である。
まま、私はラーメンとは云わない、「支那ソバ」と云う。
香港へ行った時に、献立表に拉麵と書いてあるので注文すると焼きソバが出た。
私が云う拉麵を説明すると、それは「ヌードル・ウイズ・スープ」だと教えられた。
支那でいうラーメン(拉麵)とは手延ばし麺のことで、一般には焼きソバとして食す。
一方で、日本のラーメンは「うどん」を源流として支那麺を応用した日本料理である。
支那では日本の拉麺を「日式拉麺」と呼び、伝統的な支那の拉麺とは区別する。
よって、拉麵(ラーメン)とは「支那そば」と云うのが正しい呼び名であると知った。

茶友の話の本題は「茶の文化」ということ、支那ソバの話はさて置く。
茶友は「上つ方・うえつかた」と云う言葉と「自由閣・自在閣」と云う言葉を使った。
茶の湯のことは、ある時は「上つ方」、ある時は「下つ方」となることであるとか云う。
そして、自由自在にその時その場を作ることであると云う。
彼の話は、昨秋の春日大社の茶会で朋庵の人達が「下足番」に徹したことであった。
曰く、上の役でも下の役でも自在にこなすのが茶の心、それが出来ることこそ茶である。
つまり、上下という感覚から離れることで茶の文化が生まれたように思うと云う。
富貴・卑賎、地位・権威、煩悩・執念の外、解脱の心が茶の心ではなかろうかと云う。
茶友は、仏教系の大学に学び中国地方(支那でない)の基幹産業に勤務した。
在職のままで、禪と茶を全うした彼の言葉の玄旨に頷かされる。
その朝、私としては珍しく珈琲を出して彼を送った。
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