>田中
貝になる前にもう一つだけ。>上下という感覚から離れる<これが、日本神話が描く神々と人との関係性に重なって見えます。日本神話の神は、耶蘇会のデウスのように無謬性が強調されることはなく、民草と同程度にやんちゃであり、天照大神ですら祭祀する側に立つ場面もある。日本神話は、デウスと人間のような「上下二元論」ではないですね。禅僧の哲学を待つことなく、日本には「茶の湯」の様式を生む土壌があったとはいえないか?してみると、絢爛な時流に逆らうような侘び茶の完成は、縄文回帰のようにすら思えてしまいますw
紹鷗は青年期を吉野で、京には二十四歳から、それから堺。青年期の縄文風土を引きずるのは風翁と重なってきませんか?縄文育ち、都体験、市場参入w <

上つ方、すなわち上方の大和から、下つ方、すなわち坂東の荒武者はんへの返事でおます。
思いまするに、神道というものは曰く宗教に分類されるものではおへんやろう。
日本人の持つ日本文化、即ち日本列島で育まれた精神土壌の価値観体系でおます。
不浄を厭う心、死への見方や対応もアッサリというか、淡々と視界から遠ざけておす
心を暗くする或いは心を痛める要素を排除する、云わば精神衛生学の極めという風俗思想。
思いまするに、茶の湯とは神道の心根を源にして生まれたのではなかろうかと・・。
耶蘇はん、仏はん、邪まな思いで寄って来る茶人、禅坊主も、皆はん茶文化受け入れなさった。
但し、日本列島の精神土壌におへん方々には通用しまへん。
神道が日本列島以外には伝播せなんだのと同じ話だっしゃろなぁ。
紅毛人が茶の湯云々と云うても、所詮はブリーフはいて和服を着てるのと同じこと。
桃山期の耶蘇坊主、茶の世界に西洋思想の価値観体系とは違うものを見つけなはった。
一神教におへん止揚の精神衛生に触れて開眼されなはったということでおますのやろ。
その神道の聖地は吉野、縄文の地、紹鴎の生地でおます。

武野宗延はんと云う御仁が東京・池袋に居てはります。本名は岡本茂延はん。
母君が武野家の出、そして祖母の武野玉治はんが武野紹鷗の流れを伝える御仁とか。
そういう一族の希望もあり、今は紹鴎流武野宗家15代家元ということでおます。
御仁は「利休の師、武野紹鴎」と云う本を上梓されており、他に「武野紹鴎―茶・禅の心」
「幸せを呼ぶ蓄財道―茶人武野紹鴎の真髄に学ぶ」、「大和史空白の謎」の著書。
電話で何度か話をさせてもろたことがおますが、不動産鑑定が本職とかいうこと。
私に対しては「奈良の御方に、それは恐縮です」とか、中々に腰の低い御仁でおした。
蓄財の教授をしていなさるとは、紹鴎の遺伝子を母方から受け継がれていなさると納得。
私は、紹鴎はんが茶の最高峰にある御方と思いまする。
およそ、与四郎宗易 はんの及ぶところではおへん、と存じおりそうらう。



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