2017.02.24 風のこと
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長崎県壱岐・郷ノ浦港の近くに建てられている「春一番の塔」

この時期の新聞やテレビでの季語と云えるのは「春一番」と「東風・こち」。
安政6年2月13日郷ノ浦の漁師が出漁中、おりからの強風で船が転覆、53人の死者を出す。
昔から壱岐で「春一」と呼んだ強い南風を事件以降「春一番」と呼ぶようになったとの記念碑。
民俗学者の宮本常一は研究のため壱岐・郷ノ浦を訪れてこの「春一番」をいう語を採集。
宮本は昭和34年に壱岐で用いられている語として『俳句歳時記』で紹介した。
「春一番」という語の新聞初出は、昭和38年2月15日の朝日新聞「春の突風」という記事。
このため2月15日は「春一番名付けの日」とされたという、何時もながらの朝日の身勝手記述。
実際には、「春一番」という語は能登半島や志摩辺りで昔から使われていた記録があるらしい。

さて、東風吹かば匂いおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ。
誰もが知る天神はん・菅原道真の歌のお蔭で、東風(こち)は有名である。
因みに、大和西大寺の南の菅原が一党の本貫地、北の秋篠と共に野見宿禰の土師氏。
では東南西北、東風以外の風となると知名度は1翻(イーハン)落ちのようだ。
東風は「こち」、南風は「はえ」、北風(あなじ)、西風(ならい)。
漢字が伝わる前の古い大和言葉(縄文時代含む)から生き残った古語。
南風そのものは「春一番」ではない、「はえ」は隼人の語源という学者もいる。
隼人(はやと・はやひと)の「はや」が南風(はや)に由来する云々とかである。
私はテレビ漫画「タッチ」をよく見た。その女の子「ミナミ」の喫茶店が「南風」。
まま、この喫茶店名は「ミナミカゼ」であった・・。
北風(あなじ)は北陸から山陰、西風(ならい)は伊勢志摩から東国の風のようだ。
私には実感がないが、彼の地辺りでは苗字にもなっているとか。
私の号・風翁(ふうおう)は「かぜのおきな」であった・・。
そう云えば、昭和44年のフォークソング「風」、ええ歌や。
https://www.youtube.com/watch?v=7i1LZIqb_V4

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