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鉄の道安風炉、結界には白菊一輪、今日は重陽、菊の節句
昭和五十年九月九日に打ち上げた人工衛星は「きく1号」と名付けられた

 先日のテレビで「エデンの東」が放映されていたので、久しぶりに観た
名曲とジェームス・ディーンの出世作としても知られ、数々の賞を受けた有名な映画だ
実はこの映画、私が最もよく観た映画でもある
高校生の時に初めて観て、えも云われぬ思いを受けた、多分あの名曲への感動もあった
以来、四十歳位まで五・六回は映画館に足を運んだものだ
本もそうだが、同じ作品でも此方の年齢が増すと受ける思いや視点が変わる

 物語の粗筋は、敬虔なクリスチャンである父親アダムとその双子の息子(アロン・キャル)の葛藤
母親ケートは幼い双子を残し家出をして買春酒場を経営、双子の兄アロンは真面目で婚約者ケートがいる
ジェームス・ディーン演じる双子の弟キャルは子供の頃から父親に説教されて育ち、愛に飢えていた

 結末は母親は自殺、兄は志願して戦死、父親は脳溢血で倒れ、弟が兄の婚約者と看病に就く・・
それだけの話だが、私の高校生の頃の感想は弟が悪い、兄が正しい、母親が悪い、父親が正しい、
最も許せぬ悪い奴は、兄の婚約者でありながら弟と接吻をする女である、何かこの映画はおかしい・・

 おかしいと思ったのなら、それで終われば良いものを、何か気になり再映たんびに足を運んだ
後に、この物語が旧約聖書を元にしていると知り、人の善悪や言動への宗教観なのかと勝手解釈
それからは観に行くこともなかったが、先日のテレビ放映を観て思ったことは「千道安」のことである

 利休には息子が二人いた、先妻の生んだ「道安」と後妻の連れ子「少庵」で、二人は同い年であった
利休の先妻とは堺の支配者三好長慶の妹(?事実かどうか)、後妻は松永弾正の妾(小庵の実父は久秀)でキリシタンであったといわれるが、千家の伝記では能楽師の妻(少庵の実父は能楽師)だったとされている
三好長慶を没落させたのは松永弾正、弾正を攻め殺したたのは織田信長、信長に仕えたのは利休
そんな経緯の同い年の実子と連れ子とは、双子のようなものとも云えるが、微妙な関係でもあったろう

 少庵は、利休に対し素直で忠実であったようだが、道安は利休に反発して家を出たりした
道安には、利休も一目置くほどの茶の力量があったらしく、茶に創意工夫を凝らした
その一つが「道安風炉」と云われているもので、今では最もよく使われて風炉である
他にも「道安囲い」と云われる茶室の点前座の作りや、金属の灰匙がある
道安の弟子の桑山貞晴(宋仙)は道安の茶を大和郡山藩藩主片桐石州に伝える
石州流は、徳川将軍家のお家流儀となり、後に柳営の茶と云われて大名茶の代表となる

 利休切腹後、道安も少庵も追放(大名茶人の引き受け?)となるが、後に許される
少庵は京千家を立て、その子宗旦の成長後は引退して、宗旦の後見役として暮らした
宗旦から始まる三千家のことは前に書いたが、町衆の茶として家元制度を作る
道安は嫡男として堺の本家を継ぐが、細川三歳の招きで細川家の茶頭となった
跡継ぎのなかった道安の堺千家は消滅し、道安の消息もよく分からないとされる

 「エデンの東」の双子の兄弟と道安と少庵とは立場が逆になるが、問題の根底は似ている
家庭内の父と息子の葛藤、その裏の兄弟間の気持ちの在り様、そして母親への思い
今回観た「エデンの東」の感想では、弟キャルのことを悪いとは思わなかった
兄の婚約者とのキ接吻も、まま目をつむった、母親にも一理あると多少の理解をした
泣きながら戦場へ逃避した兄には、彼も父との葛藤故の行動であったかと同情した
そして、父親には・・、彼こそが物語の主人公であったろうと、共感した
道安が「エデンの東」を観たらどう思うか、彼の感想を聞いてみたいと思った

 三十代の頃、私はエデンの東の舞台と設定された米カリフォルニアのサリナスまで行ってみた
サンフランシスコから車で四時間ほどのところにある瀟洒な街であった
母親の酒場があったされるモントレーの港町にも行った、サリナスの隣町で港にはラッコがいた

 実は、サリナスに知人が居たので訪れる気のなったのであった
その知人は父親がノルウェイ系で、母親が日本人であったが、ご両親は亡くなっていた
母親の形見の「キモノ」を見てくれと云うので見ると、箱の中にクシャクシャになった着物があった
五枚ほどの着物と襦袢や帯である、きっと母君の親が持たしてくれたものと思うと、グッときた
私は黙って、それらの着物類を畳み、箱に入れ直した
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