2017.02.26 226の日
manamako_20170226080429804.jpg
以前使った赤ナマコの写真。

昨夕、娘が赤ナマコをニ体持って来てくれたので、写真に撮ろうしたがスマホで四苦八苦。
漸く自分のパソコンに送信は出来たがアップロード失敗、以前使った写真を再登場。
赤ナマコの身はコリコリとして私の好物、大根おろしにポン酢と一味唐辛子で食す。
青ナマコは身がふにゃけた感じで私は好まない。同じナマコでも人間同様に違いがある。

今日の産経一面に「非漁業者のナマコ密漁横行」とあった。
昨年には1308件の摘発があった書かれている。
アワビの密漁も増えており、暴力団の資金源になっているとか。
考えてみれは、干しナマコや干しアワビは江戸時代の日本の代表的輸出品であった。
それは支那料理には欠かせない高級食材として扱われていた。
と、思いながら私は今朝は昨日の残りの赤ナマコを再度アテに、朝酒を楽しむのでる。

ところで、今日は2月26日、226事件の日である。
やや風化されて来た感があるが、日本人として忘れてはならない事件であろう。
「昭和維新の断行」を叫んで決起した歩兵第1・第3連隊、近衛歩兵第3連隊。
約1500人の兵士が、首相官邸、内大臣邸、教育総監邸、警視庁、朝日新聞などを襲撃。
三宅坂から永田町一帯を占拠した事件、昭和11年(1936)年2月26日のことである。
これまで色んな書物や映画で、その真実・史実を語る話が多く世に出されている。
私も少々は知ってるつもりであったが、昨日の新聞情報で初めて知ったことがあった。
事件決起の青年将校達には、マルクスの資本論を読んでいたと云う話である。
つまり、青年将校らは国家社会主義運動の旗手であったとも云えるということ。
そして、銃殺されるにあたっては、ほぼ全員が「天皇陛下万歳」を叫んで逝ったとか。
以下は、事件の三日後の戒厳令司令部発令の文面である。
 下士官兵ニ告グ
一、今カラデモ遅クナイカラ原隊ヘ帰レ
二、抵抗スル者ハ全部逆賊デアルカラ射殺スル
三、オ前達ノ父母兄弟ハ国賊トナルノデ皆泣イテオルゾ
    二月二十九日   戒厳司令部

私は感動を覚えたのは、この令に下士官兵の誰一人も動かなかったことである。
青年将校たちの行動に同調していたのか、それとも上官命令に殉じていたのか、
この下士官兵に先の大戦で絶望的環境にありながら戦い抜いた日本兵が重なる。
そして、今の日本には珍しい愛国思想に立つ左翼というものの具現であったろう。
226事件、私は新たな事実を知ったようで嬉しくも哀しく思う今日である。
226事件の出動部隊は、後日のノモンハン事変の最前線に投入され略全滅した。
「大日本帝国共産党」、私一人の党であるが、226事件の青年将校と兵下士官は入党。
で、今日の226慰霊の直会の膳に「赤」なまこを出し、私が神饌の独り酒を愉しむ次第。

http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009060037_00000http://cgi2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009060037_00000
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