IMG_20170305_080951.jpg
白内障で略全盲となった愛犬ハナ、下り階段ではソロリと前足で確認しながら降りる。
大小便は家でしないので散歩に連れ出すが、尻尾を下げて道面を鼻で確認しながらヨロヨロ足。
すれ違った洋犬が吠えた時、ハナは胸を張って尻尾を巻き上げ、見えない目で睨みを利かした。
ハナの性格・仕儀には感心させられることが多くあり、私が諭されるような気分にもなる。

昨日の二時過ぎ頃、チャイムが鳴ったので出ると鮨屋の友人が一升瓶を持って立っていた。
「連絡くれんか」と云うと、「電話を忘れた、留守やったらどうしょうと思った」と彼。
私が21歳、彼は17歳の時に大阪・ミナミの料理屋で共に働いて爾来半世紀の付き合い。
彼は山口・下関の人間で、大洋漁業に勤務した父親は彼が小学校四年の時に他界。
母一人兄弟四人の暮らしとなり、彼は中学を出ると給料がもらえる大洋漁業の海員学校に行く。
学校を卒業した彼は、延縄(はえなわ)船の乗組員として東シナ海辺りで魚を獲っていたとか。
ある時に、漁船の網巻きウインチに手を取られ、左手の親指を切断する事故に遭った。
彼は落ちた親指を医務室で何とか接合してもらったが、少々歪んでくっ付いたままになった。
退船、退職した彼は、魚を扱う仕事がしたくて鮨の見習い希望で料理店に入った。
私も学生生活を止めて大阪で調理見習いを始めた頃で、馬が合って行動を共にしたもの。

私が量販店で食品売り場の直営化の任にあった時、彼を呼んで鮮魚売り場をつくった。
東京のスーパーマーケットの再建仕事の時も、彼に手伝ってもらい市場仕入れを改善。
市場とは築地市場であり、豊洲市場のニュースは臨場感があり話は盛り上がった。
私はすき焼きを作り、彼の好物である丸餅を十個掘り込んで煮て、ビールを開けた。
彼は、この四月いっぱいで鮨屋を閉じると云うことであった。
理由は二つ。
一つは、彼の糖尿病が悪化しており手足が痛み、視力が弱くなって来ていること。
二つは、店があるビル街は景気が悪く、常連が多かった火災保険の本社が東京へ移ったこと。
「この十年で、大阪から二千社の本社が東京へ行った、ナンバの通りや店は外人だらけ」。
続けて、「もう鮨屋で魚の話をしながら、日本酒を楽しむ客は居らんようになったわ」。
「娘も息子も家庭を持って何とか暮らして居る、ワシはもうええやろう、引き際じゃわ」。
私、「ええがな、夜の世界と昼の世界で五十年、ように生きて来た、ままこんなもんや」。
彼、「そうやな、もうええな、面白かったな、色々あって小説が書けるわ、なぁ井谷さん」。
私、「うん、ホンマやな」。 彼は何やらモゴモゴ云いながら転(うたた)寝を始めた。
彼がひょっこり起き上がり、戻って行ったのは八時を過ぎていた。
ひょっこり来て飲んで、ひょっこり起きて帰るひょうたん島人間。
まま人間、人柄・性格は変わらないものである。
スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/1164-d335fe7e