2013.09.13 ブ・シ・ドー
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イネ科イネの穂、これはヒノヒカリ、奈良米の主流である
確かに、竹の花に似ている

 我が家の新聞は産経である、今日の朝刊に評論家・屋山太郎氏の記事があった
先に私が書いた「オ・モ・テ・ナ・シ」に関連した内容だったので面白く読んだ
氏は、オモテナシという言葉を女性の表現として、否定的には評していない
(私は旅館の女将の言葉と信じて疑わないが・・)
然し、男性的な表現をすれば「武士道」であろうと氏は云う
つまり、オモテナシの心とは、武士道精神であるという訳である
今の世評では「オモテナシ」にイチャモンを付けかねたのたろう、と氏の思いを忖度する

 氏は、父親と剣道の師から武士道の何たるかを学び取ったとしている
先の敗戦後、原爆で殺された人達や東京空襲で重傷を負った父親に、氏は仇を取ると云ったそうな
すると、父君からは「米国との戦争は終わったんだ、勝負がついたからには諦めよ、仇を撃つことよりは『潔い』ことの方が難しいんだよ」と諭されたとか
また、大学の剣道の試合に出て、勝って面を外しし笑顔を見せた時、剣道の師から竹刀で背中を叩かれ、耳元で「笑うな!負けた相手の心情を思いやれ」と云われたとか

 氏は、この二つの出来事で武士道の何たるかを悟ったと云う
あらゆる勝負事や立ち振る舞いに通じるもので、克己心の深い意味と繋がると説く
そして、いじめ問題の裏にある「義を見てせざるは勇なきなり」という武士道精神の衰退を憂う
武士道の「惻隠の情」の意味合いを以って、オモテナシの心を説明している
まま、当らずとも遠からじの感じもするが、氏も苦しかろうと、惻隠の情を持って異論は控える

 思い出したのは、数学者・藤原正彦氏の話である
氏はその著で、やはり「惻隠」を武士道精神の根底と述べていた
やはり氏も、父君(新田次郎)から武士道の薫陶を受けたとのことである
シッカリと云い聞かされたのは「卑怯な振る舞いをするな」ということであったらしい
グローバル化に向けた英語教育の充実や早期英語教育の実現とかの世論が高まる頃
大学の数学教授であった氏は「一に国語、二に国語、三・四が無くて五に数学」
そして云うに、「他のことは十以下である」との教育論を展開した

 オリンピック招聘が決まり、「オモテナシ」や「英語」が声高に云われる世になるであろう
が、私は、両氏の話に首肯する


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