2017.04.22 立てば芍薬
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游鯉の下に芍薬(しゃくやく)を立てる。菖蒲(しょうぶ)の花はまだ見当たらなかった。

 「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」、とは美人を形容する言葉とされる。
と思っていたが、聞くと、元々は生薬の用い方の例えとからしい。
「立てば芍薬」の”立てば”は気のたっている女性を意味し、芍薬の根により改善。
「座れば牡丹」の”座れば”はペタンと座っているような女性を意味し、「お血(おけつ)」。
「お血」の「お」は「瘀」で病・やまいの意、牡丹の根の皮の部分により改善。
「歩く姿は百合の花」はナヨナヨと歩くような心身症を意味し、百合の球根で改善。
では、爺の場合は何と云うのか考えてみた。
「立てばスカンポ、座ればザクロ、歩く姿は枯れススキ」・・まま、ショムない。

昨夕は、私の古い友人の鮨屋の店じまい慰労を兼ねた一年遅れの古希の祝会。
大阪・和歌山の友人と奈良の私の三人を其々の会社後継者が催してくれた。
能書シャンペンや其々の名か刻まれたグラス、それに世界最軽量の折り畳み傘。
それなりの気遣いをして貰い、三人は夫々の後継者と共に楽しく酒宴を持つ。
仕事の付き合いから始まった30年越しの友人関係を語り合った。
お互いの回顧談は、「信義」を通したというのがオチで納得、後継者達も首肯。
思うに、人生とはその人自身の記憶と人の記憶との重なり、記憶リンケージ。
いい記憶を重ねて生きたいものである。
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