昨日は女房殿と郡山城追手門で開催された「幽玄と楽斎二人展」に出掛けた。
川崎幽玄・明治38年生まれ平成12年没、大和指物師、戸屋15代目の三男。
尾西楽斎・明治43年生まれ平成15年没、郡山赤膚焼五代目陶芸師。
二人は共に郡山生まれで先生と呼ばれることを嫌った職人堅気の持ち主であった。
生前の幽玄はんには何度も自宅までお邪魔して、色々面白いお話を聞かせてもらった。
上田流宗家の和風堂の復元に当たっては欄間や炉縁等を提供して頂いた。
五代目楽斎はんとはお会いしたことはないが、朋庵元塾生の祖父で陶芸の師でもある。

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幽玄と楽西二人展の会場となった大和郡山城追手門。
この建物の中で二人の遺作が展示され、郡山所縁の石州流の呈茶があった。

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幽玄はんは木工技術の特許を幾つかお持ちで、その一つが竹木の平面化技術。
写真上がその竹板、写真下はそれを使った襖の引き手。

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私には懐かしい奈良公園旧図書館の建物、今は郡山城に移築されていた。
閉館時間であったが、私が少し中を見せてほしいと云うと来られた管理人は偶々高校の先輩。
当時の図書館の思い出話が重なり、中へ入れてもらえた。其処彼処から半世紀前の臭いがした。
そう云えば、4月30日は図書館の記念日とか。
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茶会の席主の言では、陶芸道具を全て尾西楽西窯の作品で通したとのこと。
面白かったのは焼き締め器に三つ人形蓋置を使って花を入れた工夫。花台は春日杉。

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二人展を後にして元塾生と「東京もんじゃ焼き」なる店に入った。
女房殿は、聞いたことはあるが食べたことはないとか、まま興味半分で注文。
食べている女房殿に私が「どんな?]と聞くと、女房殿「まあまあやけど、お好みの方がええ」
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