娘宅から下の男児の初節句祝いの声が掛かり、女房殿と出掛けた。
婿殿の御両親は名古屋から前日にご到着、娘一家5人とジジババ4人で9人の会食となる。

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庭には鯉のぼりが揚げられていた、私は近所から菖蒲の花を貰って来て渡した。
鯉幟(のぼり)とは吹流しを鯉の形に模して作った幟で皐幟(さつきのぼり)とも。
旧暦の皐月(5月)5日までの梅雨の時期の雨の日に揚げたらしい。
男児の出世と健康を願って庭先で飾られ、本来は真鯉(黒い鯉)のみ。
それが、明治時代から真鯉(まごい)と緋鯉(ひごい)の対で揚げるようになって、
昭和頃から家族を表すものとして子鯉(青い鯉)を添えたものが主流となった。
最近では、女の子の分も含め家族全員の鯉を上げる家もあるとか。
ご多聞に漏れず、娘宅でも姉二人分の子鯉も付けていた。(幟屋の口車に乗った?)

娘宅のテーブルは9人も座れることが出来ないので、私には側に卓袱台が置かれた。
女房殿は孫たちと一緒に居たい様子であったが、向うの親と私への気遣いで私の卓袱台へ。
向うのテーブルの楽しそうな様子を上目で見ながら、私たちは卓袱台の膳に箸を付ける。
下の写真は端午の節句膳、最近の仕出し屋は色々凝って来たと云うか面白い膳である。
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ここで私は、五月の短歌会に一首ひねり出した。
沼川を 忍び渡るや こひの道 けふは雲間を のぼりゆくこひ
・・・愚作。またアレコレ云われること必定。
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