2017.06.13 6月6日のこと
6月6日、女房殿が足首を骨折した日ながら、思い出深い日でもある。
40年前の広島で私が居酒屋チェーン店を志し、「野武士」出店をした日でもある。
産経抄に6月6日が紫陽花の日であることに梅雨入りが重なったとあった。
そして日本原産である紫陽花の原語が「あづ さあゐ」であるとの薀蓄披露があった、
「あづ」とは「集まり」の「あづ」、「さあゐ」とは「小さな藍色」を意味するとか。
前に卒塾者の方から頂いた紫陽花の原種・山紫陽花が今年も花を付けた。
確かに小さな藍色の花が可愛く集まって咲いている。梅雨に映る花である。
女房殿にとって、紫陽花が一番お気に入りの花である。
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鹿児島の知覧、大戦末期に陸軍航空隊の特攻基地となった場所である。
神風特攻隊は海軍用語、陸軍機の特攻部隊は「振武隊」、機は「隼・はやぶさ、疾風・しっぷう」。
昭和20年6月6日、その日20歳の誕生日を迎えた宮川三郎軍曹、富屋食堂の鳥浜トメに云う。
「母さん、いよいよ出撃命令が出ました」
「母さん、お世話になりました。お国の為に見事に散ってまいります」
「そして、また母さんのところに帰って来たい。そうだ、このホタルだ」
「私はホタルとなって、母さんのもとに帰って来ます。ホタルを見たら私だと思ってください」
6月6日の夜9時の時報がなった頃、一匹の蛍がトメたちの部屋に入って来たという。
孫の運動会の6月9日、娘婿が出してくれた焼酎は知覧の「華蛍」。この時期の限定品とか。
この焼酎瓶の裏には、宮川三郎軍曹のことが記してあった。
私は一人ちゃぶ台に坐り、コップで飲む。
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特攻機を見送る知覧女学校の生徒、花を手にして振り続ける姿と出撃する搭乗員。
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