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秋篠川沿えの畑に咲くカボチャ・南京の花。最近古妻南京を見なくなったが・・。
まま、縄文期には無い植物ではある。

今朝五時からNHKで「アイヌ ネノ アン アイヌ」という番組が放映されたいた。
「アイヌ ネノ アン アイヌ」とは「人間らしい人間」を意味するアイヌの言葉とか。
番組では浦川治造はん(昭和13年、北海道浦河町の生まれ)を紹介していた。
前半は浦川はんの半生で北海道では差別を受けた云々とNHK好みの話
後半は浦川はんの今のウタリ活動で、自前で作る竪穴式住居なんぞの話。
浦川はんが云う「縄文人はアイヌの祖先、縄文人の生活文化はアイヌの原像」。

さて、思い起したのが二つの研究所の研究発表。
国立遺伝学研究所集団遺伝研究部門および総合研究大学院大学の遺伝学専攻グループ。
日本人の中に占める縄文人由来の遺伝子の割合は12%とか15%とか論じていた。
この二つの研究対象の遺伝子とは母親から伝わるミトコンドリア遺伝子のことである。
一方、父親から伝わるY染色体遺伝子の研究では日本だけに見られるのがD1b型(旧D2)。
この遺伝子は縄文人遺伝子と云われ、アイヌ88%、沖縄56%、日本本土42~56%である。
日本人全体では12%ないし15%と云われる母系縄文遺伝子だが父系遺伝子では半数を占める。
人類史では、征服民族の父系遺伝子と被征服民族の母系遺伝子が残るとされる。
日本列島では縄文人の父系遺伝子が最大値を占めながら、母系では12・15%。
これを普通に考えれば、縄文男性に支那・朝鮮・南洋の女性が嫁いで来たことになる。
縄文人が他民族を征服、女だけを連れ帰ったのか、それとも多民族の女だけが日本に来たのか。
このことに関連して云えば、縄文遺跡から戦闘を想定させる発見はないということ。
それに、縄文遺跡には犬の埋葬や人との同葬が見られるが、弥生遺跡には食犬の痕があるとか。
色々、想像したくなる話である。
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