2017.07.22 椿の実
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近隣宅の玄関先に植えられた椿に実が生っていた。椿は日本原産種。
その実から採れる椿油は丁髷(ちょんまげ)と日本刀の手入れの必須品。

前のブログの書き込みはCS放映「日本の一番長い日」を見た後であった。
文芸春秋社社員の半藤一利が書いた作品を映画化したものである。
昭和20年の終戦に向けた日本中枢部の一連の動きを描いている。
役所広司の阿南惟幾陸軍大臣、山崎努の鈴木貫太郎首相、本木雅弘の昭和天皇。
政府・陸海軍の中枢部は夫々に苦悩し決断する話を描くノンフィクション作品だとか。
私には、昭和天皇の台詞が「わたくしは・・云々」というのは頂けなかったが・・。

気になったのは当時の服装である。夏八月でありながら皆が詰襟長袖の制服である。
確かに、終戦当時の写真を見ると長袖の制服や背広を着ている姿が写っている。
気になったので調べてみると昭和20年8月の平均気温は東京で26・7度とあった。
ここ10日の東京の平均気温は28・2度、8月に入るともっと上がるだろう。
ついでに冷房のことも調べてみたら、大阪商人の客サービス精神が垣間見えた。
日本初は昭和7年芝浦製作所が大阪朝日ビルに、8年大丸大阪店に納入稼働。
大阪金属工業(現ダイキン)が11年に南海電鉄の特急車両に導入、好評だったとか。
大阪金属は12年に海軍の潜水艦にも納入、勿論戦艦大和は冷房設備有り。
戦前の満州の大地を駆けた超特急あじあ号は全車両に冷房装置を完備していた。

終戦当日、阿南陸相は晒を巻いて割腹、介錯を断り自らの手で頸動脈を切った。
特攻作戦を指揮した宇垣纏海軍中将が玉音放送後に特攻出撃し海上に消える。
比べて東条英機は隣家の医師に頼んで心臓の位置に墨で印をつけてもらったとか。
が、自決せず、進駐軍が自宅に来た9月11日に拳銃で腹を撃つが命を取り留める。
兵に戦陣訓「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず」とのたまった御仁。
その東條英機の醜態、これが示すものはエリート然たる昭和軍人官僚の実態。
拳銃自殺は頭ないし口腔を撃つ。腹を撃つ拳銃自殺とは聞いたことがない。
もしかしたら、東條は椿油を持っておらず、刀の手入れが出来てなかったのかも。
そんな話が頭を巡った中での前のブログ書き込みでした、またも冗文お粗末。
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