2017.09.09 蓼食う虫
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先日の野牡丹に続いて、シロバナ桜蓼(さくらたで)が花を付けた。秋である。

蓼食う虫(蓼虫)も好き好き、という言葉がある。
葉や茎の苦味が強い蓼、それを好んで食べる蓼虫の諺(ことわざ)だそうな。
人の好みは色々であるということらしいが。まま、私も同意するところである。
「氷蚕は寒さを知らず、火鼠は熱さを知らず、蓼虫は苦さを知らず、ウジ虫は臭さを知らず」
と記された南宋の書が、その諺の出典らしい。

確かに、私の友人でも左右真逆の思想を持ち乍ら妙に気が合う人がいる。
一か月前にガンで逝去した堺の友人もそうてある。彼は学生運動の闘士であった。
ヒダリ巻きの革命主義者、それが人からは国粋主義者とも云われる私と気が合った。
その葬儀には、遺族の方々から依頼で私が弔辞を読むことになった。
恐らく、脳ミソの構造や思想でなく、心の情や腹の据わりで近いものがあったのだろう。
人の思想の行き着く所は宗教、というより共産主義・革命主義も宗教の一つと私は思う。
共産主義で宗教を認めないというのは、イスラム教でキリスト教を認めないのと同じ類。
宗教も歪んでくると、洗脳・折伏が進みオカルト集団となり、狂気の沙汰を引き起こす。
隣国北朝鮮の世襲主義の共産思想というケッタイな代物は、まさに狂気に満ちて来た。
こんな事態で日本の政治家のすべきことは「国の安全」と「狂気の排除」である。
山尾しおりハンに聞かせることは、家族を守れない者には国を守れないといいうこと。
若い男と不倫お泊りで、亭主と子供にどう説明するのか。
相手の男もつまらん奴である。男なら自分が前面に出てしおりハンを守るのが筋。
事実無根なら、そして弁護士なら週刊誌を名誉毀損で訴訟することである。
それを、ホンマつまらん情けない紙一枚の逃げ口上。このお二人、蓼食う虫ではなかろうに。
「破われ鍋なべに綴(とじ)蓋ぶた」の諺の方がお似合いの様である。
どんな人にもそれぞれぴったり合う相手があるということ。似た者同士。
二人が蓼食う虫では蓼にも虫にも名誉毀損というもの。
私は蓼を食う。鮎には蓼酢、夏の好物である。
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