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病院のひまわり遊歩道にコスモスが咲いていた。秋桜花とはよく云ったもの。

先月亡くなった堺の友人と私は左右真逆ながら気が合ったと前のブログで記した。
彼は革命主義者で私は国粋主義者という比較だったがよく考えると同穴貉(ムジナ)。
彼と私は流通業の左翼活動を行っていた者同士で、云わば同志であったと気付いた。
二人がしていたことは、流通業のボランタリー活動の推進ということであった。
ボランタス(自由意志・神の意思)を語源とする形容詞ボランタリーと名詞ボランティア。
英語圏では、ボランティアは志願兵で徴集兵ドラフトの対義語として使われているとか。
流通業のボランタリーチェーンとは大手チェーンへ対抗する弱小チェーンや個店の集合体。
始まりは左翼思想か宗教に基づく弱者救済活動からというのが多かったようだ。
そして、そのボランタリーチェーン本部には、共産主義者が少なからず居たものである。
私が現役の頃は、流通業のチェーンを業界内で三つに区分して認識されていた。
全国チェーンの大手をナショナル・チェーン、ダイエーやヨーカ堂・ジャスコ等である。
府県にまたがる中堅チェーンをリージョナル・チェーン、広島のイズミ・滋賀の平和堂等。
市町村の中で店舗展開する、な云わば地元の中小チェーンをローカルチェーンと呼んだ。
昭和49年の石油危機、トイレットペーパーが大手チェーンの買い占めにあって品不足になる。
そこで仕入量の拡大を企図して中堅チェーンが「共同仕入機構」を作る、後に私が企画室長。
ローカルチェーンは商品或いは業態或いは運営システムの協業を図る集合体を結成した。
個店や2・3店舗の弱小薬局も仕入力確保と運営システムの開発で仲間づくりをした。
亡き堺の友人は兄と共に有志を募り、また他の集団との合従連衡を図り、運営システムを開発。
堺の有志70店から日本全国2千店を超える「協業機構」を作り上げたの。
私も中堅チェーンの「共同仕入機構」を仕入以外の業務全般の「協業体」への変換を進めた。
そんな中で、日本一いや世界一の協同組合である灘神戸生協が我々の組織に加盟した。
灘生協は、社会運動家でスラム街のキリスト教伝道師・賀川豊彦の指導で大正10年に誕生。
大手に対する個の自由と存立の薬局ボランタリー、弱者救済の神の意思を実践した灘生協。
左翼活動家・社会運動家・神の意思の伝道家が流通業の奥底で汗を流したのである。
私は大日本帝国共産党のたった一人の党員である。これからも日の丸を掲げ赤旗を振る。


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