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紫苑(シオン)、花言葉「君を忘れない」、日本では九州に自生種が残るが絶滅危惧種である
誰が付けたか別名は「鬼の醜草・オニノシコクサ」とか、可愛い花と思うのだが

今朝の産経新聞、曽野綾子さんのエッセイに『「おもてなし」への違和感』が書かれていた
曽野さんは、< 突然「おもてなし」と云う言葉が「絆」や「もったいない」という言葉のように、日本語社会の中に入ってきた。・・・今日本にあるのは、商業的「おもてなし」ばかりだ。自然のおもてなしは、その人の人間性に発し、商売上の「おもてなし」は表情にマニュアルがあるからすぐわかる・・・日本人は日常的なおもてなしの精神を復活すべきであろう。近所の同じ老世代と、ご飯を一緒に食べるだけでいいのだと私は思っている。> という

確かに、世の中の軽躁な言葉遊びとなる「オ・モ・テ・ナ・シ」騒ぎに一石を投じたものだろう
そして、自然体で朋と招き招かれたりという、いわば「茶事」の原点と共通する話であろう
それで「茶の心はオモテナシの心」と結び付けられては私も「違和感」を持つが、ここはここまで

さてである、曽野さんのエッセイの最後の部分の話には括目した
< イタリアのある地方の習慣として、信仰厚い家庭では、食事のテーブルに必ず一人分余分の席をつくるという。それは突然やってくる人 - 知人であることもあり、時には困窮している旅人の場合もある - が気楽に席について、いっしょに食べられるためである。そこには目に見えない神のいる席なのである。 >とあった
炉の火は落とさずに、不意の客に備えよ、という「不時の茶事」の心得があるが、どこか通じる話である
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