2018.01.03 犬の居ぬ集落
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東吉野村の建つ日本オオカミの像である。
日露戦争たけなわの38年に捕獲された日本オオカミの若い雄、英国に持ち去られた。
5年位前、古代史愛好仲間4人で熊野から吉野・宇陀という神武街道を訪ねた。
宇陀・吉野は私の幼少期から小学校三年まで過ごした場所、懐かしい旅であった。
大雨の中で崖崩れもあり、古事記の記述・北山川でなく十津川から吉野川へ向かった。
西行や藤村所縁の温泉宿から東吉野村・鷲家口の天誅組終焉の地を訪れた。
その途中で寄ったのが、この「日本オオカミ終焉の地」とされる処であった。
私が宇陀に住んでいる時は集落ごとに犬が集団をつくっていた、猟犬仲間である。
我が家には集落の犬のボス的存在の「クマ」という名の日本犬がいた、地犬である。
集落の雌犬は繁殖期になると山に連れていかれ二・三日の間は水と共に山に置かれた。
曰く「ヤマ犬」、狼の子種を受けさせ、狼犬を得るという昔からの話が残っていた。
宇陀と東吉野は隣村同士、その話はつい昨日までの実感ある言い伝えである。
体格があり強かった「クマ」は狼の血を引くといわれていたが白かったので紀州系であろう。
この「クマ」は父たちが仕事で宇陀から五条まで車で出掛けた折に東吉野まで付いて行った。
皆が途中で「クマ」の健気さと東吉野ということで車に乗せ仕事場に同行させたことがあった。
日本犬の気質を表す言葉に「一代一主」があるが、日本人の感覚に添う話である。

さて、その東吉野には「窪垣内・くぼがいと」という集落がある。
吉野和紙で有名なところであるが、もう一つあることで知られている。
この集落には犬が居ない、というより犬を飼わない村の掟があるという。
話は、大海人皇子(後の天武天皇)が的に追われてこの地に来た際のこと。
老夫婦が皇子を船の下にかくまったが、敵方の犬が船の周りの臭いをかぎ始めた。
翁が犬を殺してしまったという、それ以降犬を飼うと火事や病気が起こるといわれている。
そして、ここの神社には狛犬も置かれていないという徹底ぶりである。
この集落には未だに犬が一匹もいないのに、「クマ」が道を走ったのではマズかったとか。
そんなこんなで、いぬ年、思い出した懐かしい話であった。
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