IMG_20180103_160810.jpg
玄関の桜草の花が咲き出した。とは云え、季節は寒の入り。

今日の新聞に生命保険会社の調査報告が記事になっていた。
「大人になったらったらなりたいもの」というもので、小学生男子ベスト5位は。
1・学者・博士
2・野球選手
3・サッカー選手
4・警察官・刑事
4・医者
学者・博士が一位になったのは16年ぶり、ノーベル賞受賞が続いた影響とか。
男子のなりたいものに学校の先生は10位内に入っていないことが気になった。
(女子ではかろうじて10位が学校の先生、それも習い事の先生も含むとか)
先生とは教育者。学者と教育者の違いを男子小学生は気付いていることに感心。
大人の世界では、その違いに気付かないのだろうかと思われる節がある。
日本の学者は教職者、つまり先生という職で碌を食んでいる者が多い。
よって、教授や学部長・学長という肩書や講義・教育に身を費やすことになり易い。
そもそも教授という名前は教育者のものであって、学者のものではなかろうと思う。
何より、教育者としての資質と学者のそれとは似て異なるもの。
欧米ではその辺りのことを見越した上で学者を育成支援する社会風土があるという。
学者と教育者という二刀流を求める日本の仕組みは、人によって無理があろう。
ノーベル賞級の学者には学問一筋で、教育者の立場から解放することが肝要かと。
とか何とか思いながら、「陸軍大将」と答えた昔の子供のことを考えた。
「未は博士か大臣か」とも云ったが、最近の子には「大臣」つまり政治家志望がない。
その是非はルサンチマン的マスコミ人に聞きたいところだがどうであろう。
尤も、新聞記者志望も見当たらないのは子供に「目くそ鼻くそ」と見抜かれているのかも。
私は小学生の頃に獣医さんになりたいと思っていたが、目くそにも鼻くそにもなれなんだ。
ついでにもう一つ。
子供の上位2%がなりたいと志すものは、その国と社会の価値観を示すと聞いたことがある。

スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://houan7010.blog.fc2.com/tb.php/1377-60e10003