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今は昔のこと、私は石川県の能登半島へ毎月通ったことがあった。
羽咋というところに折口信夫父子の墓があったので怪訝に思った記憶がある。
訊くと、折口信夫は大阪の人だが養子・春洋が羽咋の人だからという話だった。
折口は春洋の命日を昭和20年2月17日、米軍の硫黄島上陸日としている。

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もっとも苦しき たたかひに 最くるしみ 死にたる むかしの陸軍中尉 折口春洋  
                            ならびにその 父 信夫の墓

折口 春洋(おりくち はるみ、旧姓:藤井)は歌人で国文学者、國學院大學教授であった。
38歳で二度目の召集を受け、昭和20年7月に硫黄島に着任、戦死。
彼が残した歌集「鵠が音(たつがね)」から二首。

洋(わた)なかの島に とよもし来たる讐(あた) つくして来よと 切(せち)にし思ふ
さ夜ふかく 心しづめて思ふなり。一人々々 みなよく戦はむ

硫黄島では、総力10万を超える米軍相手に約2万の日本軍は一か月余り戦い抜く。
日本軍は玉砕、米軍の戦傷者は2万6千余り。
それにしても、今日この日の日本、羽生が勝った羽生が負けたと喧しい。
過酷な条件の中で、本土防衛ため戦い抜き死んでいった75年前の日本人。
このことを思い起しても今日は良かろうかと。なぁ、信夫はん。
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