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幼馴染がプランタンごと持って来てくれた菖蒲「しょうぶ」が満開になった。
五月男児の端午の節句は尚武(しょうぶ)に繋がる菖蒲の花が付き物。
他に、出世を祈る鯉のぼり、武術習得を期する弓矢に刀剣そして兜を飾る。
日本の母とは、「武人の母」の心得というのが婦道の本髄されたようだ。
昭和17年5月に日本海軍の特殊潜航艇が豪州シドニー湾を攻撃し湾内で沈没。
潜航艇乗組員の遺体は豪州海軍の最高栄誉礼を受け、遺骨は日本へ返還された。
松尾敬宇大尉の遺骨を受け取った母君は涙をこらえて、気丈にこう詠んだ。
「君がため散れと育てし花なれど嵐のあとの庭さびしけれ」 、武人の母である。
私はこの話を子供の頃に父親から聞いていた。父は学徒出陣で海軍にいた。
昭和43年、その母君が故郷の押し花をシドニー湾で散華し死者たちの名を呼び上げた。
この話は現地でも大きく報道されて、日本にも伝わったので私は父の話を確認できた。
然しである、武人の母は日本の母だけではなかった話がある。
陸軍航空隊のエンジニア・パイロットとして戦死した来栖良中尉(特進少佐)の母。
イギリス人の両親のもとニューヨークで生まれたアメリカ人、アリス・ジェイ・リトル。
日本の外交官来栖三郎と結婚し、一男(来栖良)二女を儲けた婦人である。
夫と共に大正8年に来日、戦中そして戦後、夫を亡くした後も日本で暮らした。
戦後、来栖家の疎開地(別荘)に進駐軍が来た時のエピソードが残されている。
進駐軍の将校が軍服姿の来栖良の写真を見て、母・アリスに対して語りかけた。
「戦死したのは気の毒だが、これも日本軍の犠牲だね」。アリスは毅然として答えた。
アリス、「息子は祖国の為に戦い戦死した。私はそんな息子を誇りに思います」。
その将校は黙って再度写真を見て「いい男だ」とだけ云って立ち去ったという。
「武人の母」、そこに日本人もアメリカ人もないようだ。
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